婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹

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学園は勉強するところです

私たちはこの瞬間、人間を止めた

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 鉄格子の嵌った護送車に乗せられること一週間。

 やっと伯爵家に着いたわ。皆ともここでお別れよね。ほんと、この一週間苦痛だったわ。だって、この私が話し掛けても無視するんだもの。その上、陰気な目で注意してくるのよ。あり得ないわ。男ってほんと痛みに弱いのよね。

 確かに、あの尋問は拷問だったわ。でもね。素直に罪を認めれば痛みは最低限に抑えられるのよ。この時点に来て、しらを切っても意味ないじゃない。

 それに尋問が終わったら、ポーションくれたし、痛いのはほんの数回だったわ。死ぬ程痛かったけど。尋問が終わってから数日間は、さすがにショックが抜け切れなかったけど、今は大丈夫。復活したわ。あれ以上の痛みってないでしょ。

「ほら、さっさと降りろ」

 護送の兵士に乱暴に腕を掴まれて引っ張り出された。

 ちょっと乱暴にしないでよ。お尻が痺れて痛いんだから。文句を言いそうになったけど、ここは我慢しなくちゃね。一応、今は犯罪奴隷なんだから。今はそうだけど、私のように可愛くてスタイルが良ければ、伯爵様の目に留まる可能性大よね。もし伯爵様の目に留まらなくても、息子がいればOKかな。

 私たちを出迎えてくれたのは、中々イケメンのおじ様だった。執事さんかな。彼を落としたら、少し融通してくるかな。繋ぎにはちょうどいいよね。

 あれ、リベルがメイドさんに連れて行かれちゃった。「餌」って言ってたけど、聞き間違いだよね。まさか、人間を餌になんかしないよね。

「君たちはこっちだ。付いて来なさい」

 執事さんが私たちに命令する。

 仕方ないわね。私たちは執事さんの後を付いて行く。味方がいないうちは大人しくしとかなきゃね。

 この時まで、正直舐めてた。

 犯罪奴隷に落とされても何とかなるって思ってた。この顔と体があればね。何でそんな自信を持ってたんだろう。よく分かんない。

 でもね……これだけは言えるよ。

 私たちの地獄は、この瞬間から始まったんだってーー。




 通されたのは、鏡一つない部屋だった。

 鏡どころか、家具一つないよ。窓もなかった。あ……椅子はあるね。でも、部屋の隅に一脚置かれてるけど。意味あるの? なんか、不気味だよ。それに、この部屋何か生臭い。思わず、眉を顰めてしまう。臭いが体に染み付いたらどうするのよ。

 そんなことを考えていた私は、この部屋がどういう部屋か知らなかった。もし知っていたとしても、何も変わらない……。

 部屋に入った途端、ギルバートがいとも簡単に拘束された。手足を縛られ乱暴に床に転がされている。

「キャ!!」

 なっ、何!? 突然の出来事にどう反応したらいいか分からないよ。いったい、何が起きたの!?

「さて、セリア様の要望だ。ルイス、ソフィア、君たちには魔力の底上げをしてもらう」

 セリア!? またあの女。犯罪奴隷になって終わったんじゃないの。それに、魔力の底上げって何よ。

「手っ取り早く魔力を上げるには、魔力切れで死に掛けるまで魔力を使うのが一番の近道だ。まぁ、最低ルイスはニ十回。ソフィアは五十回は死んでもらおう」

 ……どういうこと? 

 隣にいるルイスを見たら、ルイスは真っ青になってブルブルと震えていた。意味分かったの? 

「ルイスは分かったようだな」

 表情と声は変わらないのに、とても楽しそうに聞こえるのは私だけ。ううん、違う。ルイスもそう思ってる。なんとなく分かった。

「これから、君たち二人がやることは簡単だ。ルイス、お前はギルバートを魔法で攻撃しろ。そして、ソフィア。お前はギルバートを回復魔法で癒やせ」

 ルイスがギルバートを攻撃する……? 何言ってるの?

「さぁ、早く始めろ」

「……で、出来るわけないだろ!!!!」

 ルイスは震えながら後退った。全身で拒否している。当たり前じゃない。何言ってるの、この人は!? 

「ルイスにそんなことさせようなんて。出来る筈ないじゃない!!!! 酷いわ!!」

 ルイスが言えないのなら私が言ってあげる。友だちだもん。

「酷い? 犯罪奴隷の君たちに対してか?」

「犯罪奴隷でも人間よ。人権があるわ!!」

 当たり前のことを言っただけなのに、執事さんはおかしそうに笑い出した。後ろに控えていたメイドさんも。

「何も変なこと言ってないじゃない!!」

 折角、恋人になってあげようと思ったけど止めたわ。絶対になってあげない。

「……君たちに、そもそも人権なんてない。君たちは道具だ。嫌なら、リベルと一緒にになってもらうだけだが」

 そう言えば、リベルが連れて行かれた時、メイドさんがそんなことを言ってた。……まさか、嘘だよね。

「…………餌? 冗談だよね……」

 誰か嘘だって言ってよ……。

「冗談? 冗談を言った覚えはないが」

 そう告げてから、執事さんは魔法具を起動させた。

 映し出されたのは、見知らぬ男女。

 人間を餌にして魔物をおびき寄せている映像だった。おびき寄せ易くするために、わざと腕を斬りつけている。

 身を寄せ合う男女。

 血の臭いに引き寄せられた魔獣。

 魔獣は興奮したのか、荒い息をしながら餌に近付く。そして喰らいついた。

 反射的に、出口のドアノブを激しくガチャガチャと回した。ドアは開かない。ドアを背にズルズルと座り込む。

 その間も映像は続いている。

「……それで、どうする? 友だちを守るために自ら餌になるか。それとも、友だちを裏切り餌になるのを避けるか。選ぶのは君たちだ」

 まるで悪魔のような囁きだった。

 そして……

 私とルイスは…………

 この瞬間、人間を止めた。

 私は一生忘れない。

 絶望に染まったギルバートの目をーー。



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