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学園は勉強するところです

どうしてそんな顔をするんだ

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 俺は第一騎士団長の三男として生まれた。

 一番上の兄は八歳上で、今は第五騎士団の副団長を務めている。目下、後継のために修行中だ。二番目の兄はアルベルト王太子殿下と同級生で、今は側近の一人として活躍中だ。

 本来なら、自慢出来る兄たちだろう。

 物心が付くまでは、俺はそんな兄二人を自慢に思っていたし、大好きだった。いつか、兄たちのようになりたいと素直に思っていた。

 真実を知るまでは。

 この王国には、長子が家を継ぐと決まっている。その長子が女性の場合も同じだ。婿を取り家を継ぐ。余程のことがない限り、その決定が覆ることはない。

 兄二人は妾腹。

 俺は正室から生まれた。

 その母も俺を生んで直ぐにこの世を去った。生まれつき体が弱かったそうだ。

 なので俺を育てたのは、兄の母である妾だった義母だ。今は正室として本宅に堂々と住んでいる。本来なら、男爵家の非嫡子が騎士団長の正室などなれやしない。それを跡継ぎを生んだ理由で、非嫡子を嫡子と戸籍を変え無理矢理輿入れさせた。騎士団長がだ。

 騎士団長である父上とその女との関係は、本当の母上と婚姻を結ぶ前からあった。当然だ。あの男と母上との婚姻期間は五年しかなかったのだから。

 誰でも、長子が家を継ぐことは知っている。

 だから特に、貴族は気を使う。遊ぶ場合は避妊をするか、生まれて来ても非嫡子にするか。大体は避妊を選ぶ。

 だけどあろうことか、あの男は女に子を生ませ、非嫡子にはしなかった。誰にも気付かれずに匿い続けた。母上と結婚してからもだ。

 母上が死に、一年間喪に服してから女を本宅に招き入れた。その一年間に、着々と準備と手回しをして。

 平民や一部の貴族は父上とあの女の結婚を純愛と呼んでいるが、何が純愛だ。何が障害を乗り越えて結ばれた二人だ。胸糞悪い。

 あの女を妻にしたいがために、わざわざ体の弱い母上を娶ったのだろう。騎士団長の妻が体が弱いなんて、普通あり得ないだろ。全て計画の上だ。それのどこに、純愛がある? 何が障害を乗り越えただ。自ら障害を用意したんだろ?

 女も女だ。

 何が学生の頃から愛していただ。日陰の身でもよかっただ。何をほざく。だったら、何故父上の前から姿を消さなかった。何故、父上と結婚した。何故、母上の部屋にいる。

 下手な言い訳などしないで、素直に言ったらどうだ。

『どうしても、騎士団長の妻になりたかったから子を生んだの。元々、あの人と結婚するは私とだったのよ。あの人が先妻を迎えたのも、私と結婚するため。貴方が生まれたのは予想外だけどね。自分の不運を恨まないでね』と。

 まぁそう言ったところで、許す気なんて更々ないな。といって問題を起こせば、あの女が悲劇のヒロインになる可能性もある。

 何より、母上が悪く言われるだろう。母上さえ死ななければこんなことにならなかっただろうと。それだけは許さない。死して尚も母上を貶めるのは。

 それに、これ幸いと喜んで俺を放り出すだろうな。父上にとっての息子は兄たちだけだ。俺は息子じゃない。家族でさえないんだ。只の異物。排除したくてしたくて堪らない、異物。

 だからこそ、俺は居続けてやると決めた。とはいえ、ただ居続けるだけじゃ面白くない。だったら、どうしたらいい? 一人、悶々と考えていた時だ。ソフィア孃が珍しく俺に声を掛けて来た。

 ソフィア孃の噂は、そういうのに疎い俺でも知っていた。

 婚約者がいる男に平気で声を掛ける、まるで娼婦のような女。あの女のようだとずっと思っていた。ただ希少な聖魔法が使えるからか、国が保護しているらしい。そのせいか、いつも第二王子であるウィリアム殿下といることが多かった。

「おかしいと思わない?」

「何がだ?」

 かなり邪険な物言いだったと思う。それでも、特に気にすることなく話を続ける。

「どうして、優秀な人が跡を継げないの?」

「長子じゃないからだろ」

「でも、国や家のためなら、優秀な人が跡を継いだ方がよくない?」

 正直驚いた。そんなことを考えている人がいることに。

「…………そうだな」

「でしょ。ウィリアム殿下もギルバート様も可哀想。とても優秀なのに、一番になれないなんて」

「煩い」

 そんなこと、一番俺が身にしみて知っている。だが、俺が何をしようと変わりはしない。

「何もしなければ変わらないよ。力を持たないと」

「力……?」

「そう、力。ウィリアム殿下なら、その力になれると思うよ。ギルバート様がS組に上がって、ウィリアム殿下の側近になったら、誰もギルバート様を無視出来なくなるんじゃない」

 三男の俺がウィリアム殿下の側近に……。

 確かに、優秀なウィリアム殿下の側近になったら、アイツらはさぞかし苦虫を潰したような顔をするだろうな。いい気味だ。

 ましてや、ウィリアム殿下が王太子になったら、アイツらはどんな顔をするだろう。

 見てみたい。ガラガラと足元が崩れていく中で立ち尽くしている、アイツらの絶望に満ちた表情を。

 ソフィアの言葉が、それまで悶々と考えていた俺に一筋の光を与えてくれた。

 どんな手を使っても、どんな犠牲を払っても、俺はウィリアム殿下を王太子にしてみせる。

 今でもその気持ちに揺らぎはない。

 でも、現実は……。

 どこで間違えたんだ。

 ああ……婚約を断られたところか。

 すまないな、リベル。君一人に罪をなすりつけようとして。

 血塗れのリベルの体を起こし、傷口に着ていた上着を強く当てる。

 やっぱり、リベルは泳がされたようだ。怒号と共に騎士たちが中庭に流れ込んで来た。アルベルト王太子殿下の姿も見える。ということは、アイツも……。

 当初の予定とはかなり違ったが、これでアイツらは終わリだ。

 次兄はアルベルト王太子殿下の側近を続けることは出来なくなり、あの男も騎士団長の座を下りることになるだろう。当然、長兄が継ぐ筈の騎士団長の座と家名もなくなる。

 自然と笑みが浮かんだ。

 そんな俺の笑みを見て、アイツはとても悲しそうで辛そうな表情をしている。ただ……俺を責めるような、憎しみを持った目ではなかった。反対に慈愛を満ちた目だった。

 それはまるで俺のことを……。

「違う……。違う!! 俺が見たいのは、そんな表情じゃない!!」

 俺は叫ぶ。その声は悲鳴に近かった。

 ……どうして、そんな表情をするんだ。


 

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