上 下
38 / 331
学園は勉強するところです

やっと僕だけを見てくれた

しおりを挟む


 あの女性ひとと初めて会ったのは、僕が九つの時だ。公爵家を継ぐために、遠縁の僕が選ばれ呼ばれた時だった。

 ひと目見て、目を奪われたんだ。

 あまりにも綺麗で、そこだけまるで空気が違って見えた。

 たぶん……その瞬間からだと思う。他の人はいらない。彼女の瞳に僕だけが、ずっと映っていて欲しいと願ったのは。

 だけど彼女の目は、決して僕だけを映してはくれなかった。

 優しい声で僕の名前を呼んでくれる。

 僕の頭を撫でてくれる。

 自分の婚約のせいで、家族から引き離された僕をいつも気に掛けてくれた。

 そして、上級階級に馴染めない僕に、根気よく色々教えてくれた。時には庇ってくれた。

 それだけだ。それだけなんだ。

 僕が望むのは、そんな優しいマリアナじゃない。

 いつから、そんな風に想うようになったのか……僕にも正直分からない。

 始めは一緒に笑えるだけでよかったんだ。その目が家族を見る目でも我慢も出来た。僕は弟だ。義理でも。

 例え隣に立てなくても、マリアナの特別な一人にはなれるのだから。それで我慢しなくてはいけない。そう、自分に言い聞かせてきた。

 だって、マリアナが見詰める先にいるのは、婚約者のアルベルト王太子殿下だけだって、僕は知ってるから。婚約とか関係なく、マリアナはアルベルト王太子殿下を愛している。

 何年も僕だけを見ていて欲しいって……願い続けている自分は、相当拗らせてしまってると分かってはいる。

 分かってはいるが、この想いはどうやっても止まらない。マリアナと似た女を抱いてもだ。虚しさだけが残る。

 どんなに僕が一途にマリアナを欲しても、マリアナは絶対に僕を欲しない。その心は僕の色には染まりはしない。手に入らないもの程余計に欲しくなるんだって、ほんとだとつくづく思い知った。

 だから、僕は敢えてマリアナから距離をとることを決めた。彼女を傷付けたくないから。

 でも、心は正直だ。

 マリアナに会いたい。

 だけど、会えない。

 相反する強い想いに、疲弊していた時だ。

 あの女、ソフィアに会ったのは。

 始めは、軽蔑と侮蔑しかなかった。貴族としての常識が全く備わってなくて、婚約者がいる相手でも平気で近付いて行く。聖魔法が使えるから聖女と言われてるが、それを取ったら、只の娼婦に過ぎない。

 マリアナとは正反対の女。それがソフィアだった。

 当然、ソフィアは僕にも近付いて来た。

 僕にはマリアナがいるから、当然ソフィアには見向きもしない。かなり邪険に扱った。それでも、ソフィアは僕に近付いて来る。感情的になることもあった。クラスメイトはそんな僕を同情的な目で見る者もいたが、反対に眉を顰める者もいた。

 心の中で溜まっていたおりが吐き出されたからなのか、いつしか僕は、ソフィアがそれほど嫌ではなくなっていた。楽しく思う時もあった。

 やがて、ソフィアを通してウィリアム殿下やギルバート、リベルという仲間も出来た。

 それぞれ立場や背負っているものが違うが、皆、ソフィアに救われた者たちばかりだった。

 ソフィアは僕に教えてくれたんだ。

「マリアナ様の目にルイスを焼き付ける方法なら何でもいいんでしょ。だけど、マリアナ様に乱暴なことはしたくない。なら、話は簡単。憎まれればいいんじゃない?」

「乱暴なことはしたくないって、言っただろ」

「さすがの私も、マリアナ様に夜這いをしろって言ってないわよ。マリアナ様の大事なものを壊せばいいんじゃないかって、言ってるの」

「……大事なものを壊す?」

「そう。壊せなくても、傷付けられることが出来れば、その瞬間、マリアナ様はルイスだけ見てくれるんじゃない」

 マリアナの大事なものを壊すーー。

 その瞬間。

 僕は確かに暗闇の中で、一筋の光が差し込むのが見えたんだ。

 光の先が破滅しかなくても構わない。これから先の人生の全てを掛けてでも叶えたい、強い願い。

 その願いが叶う瞬間まで、僕は僕の道を突き進んでやる。如何なる代償を払うことになってもだ。

 だから……許してくれ、リベル。

 友である君を、真っ先に捨て駒として手に掛けた僕を。

 おそらく君を直ぐに捕まえなかったのは、泳がせて僕らを捕まえるつもりだからだ。現に、騎士がこちらに向かって来ている。ああ、アルベルト王太子殿下も一緒ですか。

 無意識のうちに笑みが浮かぶ。

 彼こそが、僕が壊し傷付ける対象者。

 その後ろに、僕が人生を掛けた女性ひとが思い詰めた表情で立っている。

 その目は真っ直ぐ僕を見詰めていた。

 僕だけをーー。

 やっと僕だけを見てくれたね。でも、まだまだ足りない。もっと、僕を見てくれ。

 …………僕の愛しいマリアナ。

  

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】本当の悪役令嬢とは

仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。 甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。 『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も 公爵家の本気というものを。 ※HOT最高1位!ありがとうございます!

〖完結〗では、婚約解消いたしましょう。

藍川みいな
恋愛
三年婚約しているオリバー殿下は、最近別の女性とばかり一緒にいる。 学園で行われる年に一度のダンスパーティーにも、私ではなくセシリー様を誘っていた。まるで二人が婚約者同士のように思える。 そのダンスパーティーで、オリバー殿下は私を責め、婚約を考え直すと言い出した。 それなら、婚約を解消いたしましょう。 そしてすぐに、婚約者に立候補したいという人が現れて……!? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話しです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。