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学園は勉強するところです
やっと僕だけを見てくれた
しおりを挟むあの女性と初めて会ったのは、僕が九つの時だ。公爵家を継ぐために、遠縁の僕が選ばれ呼ばれた時だった。
ひと目見て、目を奪われたんだ。
あまりにも綺麗で、そこだけまるで空気が違って見えた。
たぶん……その瞬間からだと思う。他の人はいらない。彼女の瞳に僕だけが、ずっと映っていて欲しいと願ったのは。
だけど彼女の目は、決して僕だけを映してはくれなかった。
優しい声で僕の名前を呼んでくれる。
僕の頭を撫でてくれる。
自分の婚約のせいで、家族から引き離された僕をいつも気に掛けてくれた。
そして、上級階級に馴染めない僕に、根気よく色々教えてくれた。時には庇ってくれた。
それだけだ。それだけなんだ。
僕が望むのは、そんな優しいマリアナじゃない。
いつから、そんな風に想うようになったのか……僕にも正直分からない。
始めは一緒に笑えるだけでよかったんだ。その目が家族を見る目でも我慢も出来た。僕は弟だ。義理でも。
例え隣に立てなくても、マリアナの特別な一人にはなれるのだから。それで我慢しなくてはいけない。そう、自分に言い聞かせてきた。
だって、マリアナが見詰める先にいるのは、婚約者のアルベルト王太子殿下だけだって、僕は知ってるから。婚約とか関係なく、マリアナはアルベルト王太子殿下を愛している。
何年も僕だけを見ていて欲しいって……願い続けている自分は、相当拗らせてしまってると分かってはいる。
分かってはいるが、この想いはどうやっても止まらない。マリアナと似た女を抱いてもだ。虚しさだけが残る。
どんなに僕が一途にマリアナを欲しても、マリアナは絶対に僕を欲しない。その心は僕の色には染まりはしない。手に入らないもの程余計に欲しくなるんだって、ほんとだとつくづく思い知った。
だから、僕は敢えてマリアナから距離をとることを決めた。彼女を傷付けたくないから。
でも、心は正直だ。
マリアナに会いたい。
だけど、会えない。
相反する強い想いに、疲弊していた時だ。
あの女、ソフィアに会ったのは。
始めは、軽蔑と侮蔑しかなかった。貴族としての常識が全く備わってなくて、婚約者がいる相手でも平気で近付いて行く。聖魔法が使えるから聖女と言われてるが、それを取ったら、只の娼婦に過ぎない。
マリアナとは正反対の女。それがソフィアだった。
当然、ソフィアは僕にも近付いて来た。
僕にはマリアナがいるから、当然ソフィアには見向きもしない。かなり邪険に扱った。それでも、ソフィアは僕に近付いて来る。感情的になることもあった。クラスメイトはそんな僕を同情的な目で見る者もいたが、反対に眉を顰める者もいた。
心の中で溜まっていた澱が吐き出されたからなのか、いつしか僕は、ソフィアがそれほど嫌ではなくなっていた。楽しく思う時もあった。
やがて、ソフィアを通してウィリアム殿下やギルバート、リベルという仲間も出来た。
それぞれ立場や背負っているものが違うが、皆、ソフィアに救われた者たちばかりだった。
ソフィアは僕に教えてくれたんだ。
「マリアナ様の目にルイスを焼き付ける方法なら何でもいいんでしょ。だけど、マリアナ様に乱暴なことはしたくない。なら、話は簡単。憎まれればいいんじゃない?」
「乱暴なことはしたくないって、言っただろ」
「さすがの私も、マリアナ様に夜這いをしろって言ってないわよ。マリアナ様の大事なものを壊せばいいんじゃないかって、言ってるの」
「……大事なものを壊す?」
「そう。壊せなくても、傷付けられることが出来れば、その瞬間、マリアナ様はルイスだけ見てくれるんじゃない」
マリアナの大事なものを壊すーー。
その瞬間。
僕は確かに暗闇の中で、一筋の光が差し込むのが見えたんだ。
光の先が破滅しかなくても構わない。これから先の人生の全てを掛けてでも叶えたい、強い願い。
その願いが叶う瞬間まで、僕は僕の道を突き進んでやる。如何なる代償を払うことになってもだ。
だから……許してくれ、リベル。
友である君を、真っ先に捨て駒として手に掛けた僕を。
おそらく君を直ぐに捕まえなかったのは、泳がせて僕らを捕まえるつもりだからだ。現に、騎士がこちらに向かって来ている。ああ、アルベルト王太子殿下も一緒ですか。
無意識のうちに笑みが浮かぶ。
彼こそが、僕が壊し傷付ける対象者。
その後ろに、僕が人生を掛けた女性が思い詰めた表情で立っている。
その目は真っ直ぐ僕を見詰めていた。
僕だけをーー。
やっと僕だけを見てくれたね。でも、まだまだ足りない。もっと、僕を見てくれ。
…………僕の愛しいマリアナ。
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