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聖国の大神官長様がやって来た

06 置いてけぼりは嫌です

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 ブチギレしてるけど、頭はスーと冷えていた。だからか、口調と声音も冷たくなる。私は馬車に乗っている者たちを一瞥してから踵を返した。これ以上、視界に入れたくなかったから。

 裏切られたのだと思った。

 いくら腹黒でも、死者に対して敬意は持っていると信じていた。聖職者だと信じていた。祈りたいって言ってきたのも、神官としての義務やアピールのためでなく、純粋に本心からだと思っていた。勝手にね。

 でも、実際は違ったみたい。

 あの女も前大神官長と同じだったったんだ。それがやけに悔しくて、無意識のうちに唇を噛み締めてしまった。

 その場から早く離れたくて、数歩足を進めた時だった。

「ならば、貴女方は残りなさい。私は行きます」

 私以上の冷たい声が、私の足を止めた。私は弾かれたように振り返る。

 大神官長様が馬車から降りようとしていた。付き人たちは、まるで金縛りにあったかのように動けないでいるようだ。

 それぐらい、その声音には威圧があった。

 大神官長様は、普通に介助を必要とせずに馬車から降りると、私とイシリス様に向かって歩いて来る。

「私の付き人の無礼な態度、深くお詫びいたします」

 私たちの側まで移動すると、大神官長様は頭を深々と下げた。

 今度は私たちが固まったね。固まらなかったのは、イシリス様だけ。

 聖国の大神官長様が頭を下げる。

 王族や皇族が頭を下げても、聖国の大神官長様が頭を下げることは決してない。それが常識で、実際、大神官長様が頭を下げた話を聞いたことはなかった。

 なので、イシリス様以外全員が驚愕し固まっていた。私もね。

「なぜ、こんな芝居をした?」

 全員が固まっている中で、唯一固まっていないイシリス様が尋ねた。

 ……芝居?

 イシリス様は全てわかっていたのね。当たり前か……

「見極める必要がありましたので」

 特に悪びれずに、大神官長様は答える。

「見極める……?」

 私はオウム返しのように尋ね返した。

「はい。以前から、聖職者らしからぬ言動と態度が目についていましたので。とはいえ、私の前では一切、そのような態度は見せません。なので、少し彼らを試してみることにしました。その結果、ベルケイド王国の方々に、ただなる迷惑と不快な思いを味あわせてしまい、申し訳ありません」

 そう告げると、大神官長様は再び深々と頭を下げた。 

 裏切られたわけじゃなかったんだ。少しホッとする。だけど、完全に気持ちが晴れることはなかった。

「……つまり、私たちを利用したってことですか、大神官長様」

 あの女らしいと思う。

「ミネリア……」

 私が厳しい声でそう告げると、ラリーお兄様が物言いだけな表情で私の名を呟いた。

 ラリーお兄様が言いたいことはわかってる。大人気ない態度だってわかってるよ。それでも、言わずにはいられなかった。

 コロッと騙されたから?

 利用されたから?

 何も知らされずにいたから?

 たぶん、全部ね。

 そもそも、大神官長様が私に相談する必要なんてない。それほど、近しい間柄でもないのに。勝手に自分一人で怒っているだけ。

「ミネリア皇女殿下……申し訳ありません」

 大神官長様は私を伺いながら謝ってくる。それが、私をさらにイラッとさせた。

「謝る必要はありませんよ、大神官長様。こちらこそ、未熟者で申し訳ありません」

 私は固い声で謝罪すると、頭を軽く下げ、今度こそ踵を返して大神官長様から離れた。

 少し、頭を冷やす必要があると思ったから。

 つくづく、自分がまだまだ子供だって思うわ。

「ミネリア、そんなに大人ぶらなくていい。まだ、成人前なんだから。子供だろ、ゆっくりと、自分のペースで成長すればいいんだ」

 イシリス様の言葉に目頭が熱くなったよ。

「……ありがとう、イシリス様」

 私を慰めるために変化を解いたイシリス様の胸元に飛び込む。その毛並みを存分に堪能した後、私は小さな声でお礼を言った。

 イシリス様は優しいからそう言ってくれるけど、私は少しでも大人になりたいと思った。肉体面も精神面も。

 だって悔しいじゃない。私一人が置いてけぼりされてるみたいで。

 
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