言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹

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成り立てほやほや王女殿下の初仕事

08 引き際

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 特級ポーションが効いたのか、それとも、特級ポーションが来るまで、上級ポーションを使って保たしていたのがよかったのか、先兵の呼吸が安定してきた。心配していた、黒く爛れ腐っていた箇所は、少し変色しただけですんだみたい。食い千切られた箇所も治っている。

「…………もう、大丈夫でしょう」

 治療師の声に、その場にいる全員ホッと胸を撫で下ろした。 

「よくやったな」

 イシリス様が頭を撫でてくれた。

「よかった……本当によかった……ありがとうございます!! ミネリア王女殿下!!」

 いつの間にか目を覚ましていた相棒の先兵が、涙ながらに私に礼を言った。

「当然のことをしたまでですわ。貴方たちは、我がベルケイド王国の大事な民ですもの」

「ミネリア王女殿下……」

 いやいや、そこまで泣かなくても……皆、感動したように私を見てくるし、ちょっと恥ずかしいんだけど。なので、私は軽く咳をしてから話を反らすことにした。

「それで、訊きたいのだけど、マントの町は生きる屍に支配された状態なのかしら?」

「はい……これまでの村とは違い、生きる屍がばっこしております」

「そう……で、あの少年は?」

「教会の地下室に隠れていたのを保護しました」

 建物は壊れても、地下室までは及ばなかったってことね。そこまでの頭脳はないみたい。本能が勝ったってところね。

「他に生存者は?」

 そう尋ねると、先兵は少し顔を曇らせる。

「実は……地下室にもう一人隠れていました。しかし……」

「噛まれていたのね」

「はい。皮膚は黒く爛れ、腐臭がし、生きる屍に変貌する一歩手前の状態でした。辛うじて、人の意識が残っていたのでしょう、俺たちに少年を託し、自ら地下室の扉を閉めました」

「そう……」

 私は胸の奥が痛み顔を歪ませる。

「そのすぐ後、俺たちも襲われてしまい、このようなことに」

「……わかったわ。今はゆっくりと休んで」

 私は治療師に二人を頼むと、テントを出た直後、

「あんた、偉いんだろ!! 姉さんを助けて!! まだ、あの地下室にいるんだ!!」

 少年が私に縋り付き、懇願する。聖騎士が引き離そうとしたのを、私は止めた。

 そう……先兵に少年を託したのは、彼の姉だったのね。私も助けてあげたい。でも、それは不可能だわ。

「先兵に貴方を託した時、彼女はもう呪いで生きる屍化していたそうよ。今から向かっても、貴方の姉を助けることはできないわ」

 酷だが、はっきりと私は告げた。

「あのおっさんは助かったんだろ!! なら、姉さんも!!」

「貴方の姉さんがこの場にいるのなら、治療はできるわ。でも、いない」

「だったら、助けに行ってよ!!」

 少年は私の上着を掴み、涙をボロボロと流しながら必死で助けるよう懇願する。

 その時、お父様が言った言葉が頭を過ぎった。

 情に流されるなーー。

 その通りだわ。

 情に流されてはいけない。

 私はこの隊全員の命を預かっているのよ。私の無責任な一言で、死ぬ者が出るのがわかっているのに、それを突き通すことはできない。ましてや、ここは他国なのよ。

「私の民を、他国のために、これ以上危険な目に晒すわけにはいかないわ」

「……どうしてだよ!! 戦う力があるのに、見捨てるのかよ!!」

 少年の目には憎しみの炎が宿っていた。それを咎めるつもりはない。

「貴方にどう思われても構わない。私は私の民を護るわ。むざむざ、死にに行くのを認めるわけにはいかない」

 憎まれても、この決定を覆すつもりはないわ。

 少年は「絶対、俺はお前を許さない!!」と怒鳴ると駆け出した。

「ミネリア王女殿下は間違ってはおりません」

「ああ。ミネリアは間違ってない」

 聖騎士とイシリス様がそう慰めてくれる。イシリス様は私の肩を抱き寄せ、抱き締めてくれた。

「私は、あの少年に恨まれるでしょうね」

 そうポツリと呟いてから、私は聖騎士に向かって告げた。

「この時点をもって、ベルケイド王国に帰還します」

 生者の臭いに敏感な生きる屍。

 このままこの場に留まれば、囲まれるのも時間の問題だからね。マントの町はそれなりに大きな町だったし。いくら、イシリス様の結界があって安全でも、囲まれれば面倒だからね。

 ここが引き際だわ。



 
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