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矜持
しおりを挟むこの状況自体おかしいし、異常事態だから、ある程度は心積もりをして聞いたのだけど……遥かに斜め上をいく内容で頭が痛くなったよ。だから、思わずぼやいてしまったわ。「……それ、冗談ですよね」ってね。
いや……まずありえないし、考えられない。冗談であってほしかったよ……いや、マジで。
「あいにくと、冗談でも、質の悪い余興でもないんだよ、ユリシア……」
アジル殿下が心底疲れた顔で告げた。
「余興でも嫌ですよ、アジルお兄様。神経疑います……それにしても、まさか、コーマン国王陛下の侍女の一人として、我が国に入国するなんて……どんだけ妄信的なのですか!?」
呆れ果て、溜め息さえも吐けないわ。
状況がわかってるの、ほんと。
ユベラーヌは我が国に入国拒否されてるのよ、永久的にね。なのに、こんな勝手をして国交断絶されたいの!? それとも、多額の賠償金を支払いたいの!?
先日の国境の件で、散々国の面子を落とすことになって、北の塔に幽閉されたって聞いたけど、そこを抜け出したの!? ということは、協力者がいたってことよね。それとも、北の塔に幽閉されたのも見せ掛けだった? たぶん……コーマン国王陛下の行動を見たら、残念だけど後者だってことがわかるよ。でも、暗部が確認してたはずよね。
つまり、私たちの手前、ある程度演出をしてたってことになるよね。それはそれで問題だよ。
平民上がりの小娘だから、そこまで事が大きくならないと考えていたのかな? ならば、甘すぎるわ。激甘だわ。
これは貴族間の話じゃない。国が相手の話。
アジル殿下やスノア王女殿下を見ていてわかったことがあるの。
外交は舐められたらいけないし、隙をつくってはいけない。
いくら内々にすませても、絶対人の目はある。私たちが先日の件を表沙汰にしなくても、知っている国はあるってこと。コーマン国王陛下は、どうやらそれを忘れてしまったみたいね。もちろん、ユベラーヌも。
おそらく、あの女の目を完全に曇らせ濁らせたのは、矜持を皆の前でへし折ったから。
「……不法入国をしてからの足取りはつかめてますの?」
訊かなくてもわかるけどね。つかめていたら、こんなにピリピリした空気してないよね。
「つかめてはいない。王都までは一緒だったと言っている。あいつは今、陛下に詰問されているところだ」
カイナル様がアジル殿下の代わりに答えてくれた。あいつって、コーマン国王陛下だよね。
「なるほど……なら、王城に侵入している可能性は格段に高いわけですね」
「安心しろ!! シアは俺が守り抜く。最悪「それは駄目です」
私は厳しい声でカイナル様の台詞を遮った。
「このお披露目会を中止することだけは絶対に駄目です。この国に傷を付けることになります」
「だとしても!!」
カイナル様の中で、私が一番で、なにがあっても護り抜かなくてはならない存在――
ほんとに、重いよね。国よりも大事なんて。番を持つってこういうことなんだと、あらためて実感したよ。私も、覚悟決めないといけないよね。
「私は、カイナル様や、今も会えずにいるお兄様たち、それにリアお姉様が命を張って護っているこの国に、傷を付けることは絶対に嫌です。それに、中止にしたら、我が国は舐められますよ。小国であるコーマン王国に恐れをなしたと――そんなこと、この私が許すわけないでしょ」
これは、私の矜持をかけた戦いなの。
たぶん、それはユベラーヌも同じ。
あの女は、国境の件まで強者だった。自分が命じ、それを他者が行動にうつす。
命令する側とされる側。
その中間はなく、あの女は命のやり取りに関してさえ、平気で命令を下していた。それが今回、初めてされる側と落とされた。想像さえもしなかったでしょうね。
矜持の高いあの女にとって、それは屈辱以外なにもなかった。死よりも辛い立場へと追いやられた。
だから、私を排除し、カイナル様を手に入れ、また命令する側へ、強者へと戻ろうとしているのだ。根底に、カイナル様への異常なまでの執着があるのは言うまでもないけどね。
「ユリシア……」
私の決断に誰も反対などできなかった。カイナル様でさえも。少し考えてから口を開く。
「……カイナル様、リアお姉様を呼んでもらえますか。それも内々で。お願いします」
私のお願いに、カイナル様は渋々「わかった」と答えてくれた。
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