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引っ越しました
しおりを挟む帰りの馬車では襲われなかった。
噂を聞いて、数時間後に決行は、さすがに無理があったみたいね。となると、あと二日。計四回、まいた餌に喰らいついてくれるかな。できれば、喰らいついてほしいけど。
そんなことを考えながら帰ってくると、いつも玄関の扉の前に待っているカイナル様の姿が見えなかった。今日は遅番だと聞いていないから、屋敷にはいるはずなんだけどね……
「完全に、怒らせたみたい。それとも、飽きられたのかな。だとしても、私からは絶対に謝らないし、折れないから」
後半は、私なりのカイナル様への宣戦布告。
ここに連れられてきて七年目になるけど、その中で一番の大喧嘩。私も、変に意固地になっているってわかってはいるけど、素直になれない。
昨晩は、それでも……勇気を出して少しだけ、素直に自分の気持ちを口にしてみたけど、大撃沈。まぁでも、カイナル様の本音を改めて聞けてよかった。私を護りたいという気持ちは素直に嬉しいよ。大事な人に大事にされてるって、幸せに感じるよ。でもそのために、籠の鳥になれって言われるのは受け入れられないの、どうしても。それは間違ってると思うから。
玄関にいないってことは、カイナル様自身、意見を変える気はないってことだよね。今までどんなに忙しくても、疲れていても迎えにきてくれてたもの。
そして、笑って出迎えてくれて抱えてくれた。
頭では理解していても、多少の希望をもって、出迎えのために控えている執事に訊いてみた。
「今日、カイナル様は急に仕事が入ったのかしら?」
「いいえ。屋敷にて実務におわれております」
斜め十五度くらい頭を下げてから執事は答えた。
「そう、ありがとう」
私はそう答えると屋敷に入る。
なんか……色褪せて見えるわね。そうか……カイナル様がいないだけで、こうも見え方が変わるんだ。
「大丈夫ですか? ユリシア様」
急に立ち止まった私を心配して、リアは床に跪き、顔を覗き込み尋ねる。私はにっこりと微笑んでから答えた。
「大丈夫よ。その代わり、リアにお願いがあるの。客室を一つ用意してくれないかな。できれば、私の部屋にある日用品も一緒に持ってきて欲しいの」
「えっ!? 引っ越すんですか!?」
リナが驚いたように尋ねる。
「ええ、しばらく引っ越した方がお互いのためにいいと思うから」
「今回の件に片が付いたら、自室に戻るんですよね?」
そう訊かれて、私は小さく首を横に振った。
「確かに、あの女の件が引き金だけど、根本的な問題は別にあるの」
沈んだ顔でそう力なく答えたら、リアはそれ以上なにも言わずに「畏まりました」と答え、準備のためにその場を離れた。私はエントランスで一人待っているのもなんなので、図書室に向かった。読みたい本もあったけど、カイナル様の執務室から一番離れた場所にあるから。自然と、足はカイナル様がいない方へと向いてしまう。嫌いなわけじゃないのに、ほんと……色々難しいね。ふと、思う。
部屋を変えるって、軽率なことをしたかな?
噂好きな侍女たちには、もってこいのネタになるわね。新人の侍女の中には、私のことを疎ましく思っている人もいるからね。彼女たちに隙を作っちゃったか……でもいいや。そんなことを考えていたら、人の気配がした。
「ユリシア様、用意ができました」
部屋の用意ができたので、リアが私を呼びにきてくれた。
「ありがとう」
私は読んでいた本を棚に戻し、リアの後ろに付いて図書室を出た。
客室に向かう途中、向いの廊下からカイナル様の執務室が見えた。カイナル様は忙しく仕事をしているようだった。確かに、屋敷にはいたわね。
「ユリシア様、後で、あのバ、いえ、カイナル様をのして起きます」
リアの心遣いに笑みが溢れた。
「ありがとう。でもそれを実行したら、リアが辞めさせられるから嫌かな。リアにはずっと、この屋敷で働いてほしいから」
そう答えると、リアが嬉しそうに微笑んだ。
「わかりました。カイナル様には手を出しません」
「ありがとう、リナ」
そんなことを話していると、客室に到着した。リナがドアを開けると、完璧までに、私の部屋の様子が再現されていた。さすが、リナ。武術にも長けて、侍女の仕事も完璧なんて、超ハイスペックだわ。
但し、カイナル様が私に贈ったプレゼントの品々は、服と数点のアクセサリー以外は元の部屋に置いたままのよう。持ってくるように言おうか悩んだけど止めた。一応、盗まれないように、リナにはそれとなく示唆しておいたわ。
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