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拉致監禁されました
しおりを挟む大きなベッドにふかふかな布団。
庶民の誰もが一度は寝てみたいと夢見ると思う。さらに今はオプションも付き。美青年の寝顔が間近で鑑賞できますよ。喉から手が出るほど欲しいって、あげますよ。熨斗の代わりにリボンを付けて。本当に貰ってくれるのならね。
「そんなに怒らないでくれ……ほら、これ美味しいぞ」
私の口元に、一口大に切った生クリームたっぷりのケーキを差し出すのは、私を拉致した張本人。私の機嫌を取ろうと必死だ。
あの時は軍服を着ていたけど、今はラフな格好で当然のように私の横に座っている。隙あらば、膝の上に乗せようとしてくるから質が悪い。一回乗せられた時は硬直したよ。頭に頬を寄せスリスリ。首筋から匂いも嗅がれた。赤の他人がしているんだから、完全に変質者だよね。
すっごく嫌だけど、あまり強くは抗議できないの。だって……この軍人様、庶民の私でも知っている超有名人だった。彼の帰還を祝うパレードを遠くから見たことがあるから、私でも顔は知っていたの。求婚された時は、余裕がなくて気付かなかったけど。
そう――この軍人様、僅か二十歳の若さで数々の武功をあげ続けた英雄カイナル・コルディー様。白銀の守護神その人だったの。
それだけでも頭が痛いのに、コルディー公爵家の三男って。マジどうしよう……庶民の私がどうこう言える相手じゃない。だからといって、このままなし崩し的に婚約させられて結婚なんて嫌。
私が一番嫌なのは、亜人族は番をテリトリー内に閉じ込めてしまうこと。そうなったら、簡単に外には出られなくなってしまう。夢を叶えることもできなくなるし、家族にも会えなくなっちゃう。今の時点で会えないしね……涙出そう。
「いりません。家に帰らせてください」
もう何度も繰り返し言った台詞。心折れそうだよ。
「それは駄目だ。頼むから、食べてくれ。もう二日もろくに食べてないだろ……頼むから、食べてくれ」
カイナル様は悲壮な声で私に頼み続ける。
その表情を見ると心底腹が立つ。なに、被害者面してるのよ。そもそもの原因はカイナル様じゃない。六歳の子供を親元から切り離して拉致監禁。食べ物なんて喉を通らないの当たり前でしょ。私の我が儘のような言い方しないで!! 本音を言えば、怒鳴り散らしたい。そうしたら、ますます子供扱いされる。この場でそれは悪手。だから、グッと我慢する。
「…………どうして、帰らしてくれないんですか?」
要点だけ話す。ボロが出そうだから。大人ぶってるって言われても、まだ六歳だよ。一人は辛いよ……泣きそうになる。必死で堪える。
「帰ったら、もう俺とは会ってはくれないだろ?」
「はい、そうですね」って、さすがに言えない。言いそうになったけど。
カイナル様は会えないと思っているから、私を開放してくれないの? だったら、会うことを約束したら開放される?
もしそうなら、糸口があるかも。どのみち、なにもしなかったらこのまま監禁コース直行。会うのは嫌だけど、ここは妥協するしかない。あとがないなら、駄目元で試してみる価値はあるよね!!
「……会うと言ったら、帰してくれますか?」
私の台詞に、カイナル様は息を呑む。反応したよ。だけどなぜかさらに、悲壮感が増してきた。
「その場限りの言葉ではなく、本当に、俺と会ってくれるのか?」
カイナル様、私の言葉疑ってるの?
そりゃあそうよね。疑う気持ちはわかる。カイナル様からの求婚を断ってるからね。彼が私に捧げようとした白百合は、ベッドの枕元に飾られている。
つまり、私とカイナル様の間になんの繋がりもない。
正直、カイナル様が私にしたことを許す気は始めからないわ。それが亜人族の習性だったとしてもね。私は人族だから理解できない。その気持ちがカイナル様に伝わってるから出た質問。
俯いているからカイナル様の表情は見えないけど、代わりに垂れた耳と尻尾が教えてくれる。可愛いけど、ここは心を鬼として踏ん張らなくては。私の未来がかかってる。なら、ここでたたみかける!!
「時間を決めませんか? 朝は仕込みとかで忙しいし、昼はご飯時を過ぎたら店はすきます。なので、昼過ぎから夕方までなら会えます」
ほんとは会いたくないけど。
「短すぎないか?」
難色はしめされたけど否定はされていない。いける!!
「なら、ここで、夕ご飯を食べて帰ります」
これでどう? これ以上は無理だからね。
「一緒に夕ご飯を食べてくれるのか?」
霧が晴れた空のように、とても良い笑顔で念押しされたよ。気になるところはそこなの? 時間じゃないの? でもまぁ、開放されるのなら構わないか。
「はい」
私はにっこりと微笑んで答える。
「わかった。それで妥協しよう。但し、送り迎えは俺がする。構わないか?」
一抹の不安はあるけど、ここで嫌って言えないよね。すべてが水の泡になるかもしれない。
「はい。でも、できれば、装飾のない馬車でお願いします」
たぶん噂が広まってると思う。だからこれ以上、悪目立ちはしなくないんだよね。店には影響はないと思うけど。
「わかった。手配しよう、ユリシア」
すっかり機嫌が治ったカイナル様。
名乗った覚えないんだけど。でも、まぁいいわ。家に帰れるんだから。それはいいけど、私は少しカイナル様の言動を不審に感じた。その理由は意外と早くわかるんだけどね。
思い返してみれば、その兆候はあったよね……
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