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第八章 今度こそ絶対逃げ切ってやる
さよなら、私の初恋
しおりを挟む――私が私を捨てる。
なに意味不明なこと言ってるのって、普通思うよね。でもね、それは的を得た言葉なんだよ、実際その通りだから。一応訂正しておくけど、自死なんて最悪な悪手じゃないわよ。それって、私が負けって気がするからね。
認識魔法を極めちゃったら構築できたって言った方がいいかな……そう、極めたらその理論に達することができたの。理論に達したら、構築し編み出すことは、さほど難しいことではなかったわ。時間ならいくらでもあったからね。
私が編み出した魔法はね、私という存在そのものをこの世界から切り離す魔法なんだよ。
大量の光が私とカインを包み込む。それは一柱となって天へと昇る。しかし直ぐに収束し光は消えていく。
私はカインの頬に両手を添えていた。
カインは困惑した顔をしている。そうだよね、なにも起きていないんだから、この時点まではね。両頬に添えていた手をカインの首に回して、私は自分の方へと引き寄せた。
私は背伸びをしてカインへと顔を近付ける。
そして、カインの唇に私の唇を重ねたの。
私の初めてのキスは貴方にあげる。
カインの唇は温かくて、ちょっと荒れていた。吃驚して固まっているカインに、私は微笑しながら唇を離した。
「さよなら……私の初恋…………」
私がそう囁き終わると同時に、魔法陣もわずかに残っていた光も消えた。
カインは膝から崩れ落ちその場に倒れ込んだ。彼が目を覚ました時、その記憶から私は消えているだろう。それはカインだけじゃない。私を少しでも記憶している者すべてが対象になるの。それは、私の名が書かれた書物もね。
マリエールという女は、この世界には存在しなくなる。
正確に言えば、認識されないの。
書物の文字が消えることではなく、読めない、あるいはくすんで見えるようになるの。そこまで言えばわかるよね、認識されない存在である私はいわば透明人間と同じ。私はこの世界から弾かれた存在となったの、自分の意志でね。
会話はできても、私がその場から一歩でも離れたら忘れてしまう。認識されないからね。
それが、私が編み出した魔法。アレクから逃げ出すためにね。
私はしゃがむと、気を失って倒れているカインの頭を撫でながら言った。
「……アリエラという呪いは、もう存在しないわ。アリエラに捕らわれず、自分の人生を生きて。私は貴方に闇に堕ちてほしくはないの」
私の想いはカインには届かない。それでも、私は言わずにはいられなかった。
ほんと、私は身勝手だよね。そして我儘だ。人の気持ちを最悪の形で踏みにじったのだから。私の顔から一切の表情が消えていた。だけど、涙だけが止まらず流れ落ちている。
私は立ち上がるとカインに背を向けた。
そして歩き出す。振り返らずに私は魔国に戻った。カインの襲撃がないことを伝えるために。
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