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第八章 今度こそ絶対逃げ切ってやる
約束
しおりを挟む私が誰よりも愛する人が、泣きそうな声で必死に私の名前を叫んでいる。
聞くだけで胸が苦しくなるほど、私だけを求める声。
でもそれは……今の私の名前じゃない。遥か昔に呼ばれていた名前。私が捨てた名前……命と一緒に…………
『愛しているわ、アレク……』
告げると同時に胸が苦しくなって、真っ赤な血を吐き出す。一度吐き出すと、止まらなくなった。胸が痛い。身体中が鋭い刃物で刺されているような痛みが襲う。鉛のように身体は動かない。かすかに、目が開けられるだけ。
……私はそれほどの罪を犯したのですか?
ただ……一人の男を愛しただけ。それが罪なのですか?
薄れていく意識の中で、私は声にはならない想いを天に問いかける。
『俺も、アリエラ、お前だけだ!! お前を愛し続ける!! 生まれ変わっても絶対見つけ出して、俺はアリエラとともに生きる!!』
絶望の中でも、アレクは私に愛を告げてくれる。私を求めてくれる。その幸福感が、私の心を温かく包み込んで護ってくれた。
『…………あ……りがとう、約束よ……』
だから、私はその想いに答える。
そして、アレクは私に止めを刺してくれた。私がこれ以上苦しまないように。追手に追われていた時、遅延性の毒を盛られていたから。
どんな毒でも、光魔法を扱えるアレクなら解毒できる。でも、その毒だけは消すことはできなかった。なぜならその毒は、この世界を守護する女神がもらたしたものだったから。唯一解毒する方法があるとしたら、逆属性である闇魔法なら治せたかもしれない。でも、闇魔法を扱える者をアレク自身が、その手で根絶やしにしたのだ。
アレクが女神を選ばなかったことによる、報復。いや、嫌がらせ。
アレクと私が取れる選択肢は一つだけだった。
まだ温かい私をアレクは抱いたまま湖へと沈んだ。
「……エール、マリエール!!」
今度は、今の私の名前を呼ぶ声が聞こえる。その声を私は知っている。魔国でできた友だち。神獣様の友人で、私も知り合って仲良くなった。
「…………魔王様」
掠れた声しか出なかった。ゆっくり目を開けると、私はベッドに寝かされていた。
「大丈夫か!? 目を覚ましてよかった。どこか痛いのか? 声が掠れておるな。熱が引かぬせいか」
涙を流している私を心配そうに見下ろす魔王様。その横には、グールのニコさんもいた。ということは、ここは魔国……どうやってと考えるよりも、頭に浮かんだのはラックさんの容態だった。
「ま、魔王様!! ラックさんは無事ですか!?」
私がそう尋ねると、呆れた声で魔王様は答えてくれた。
「我が身の心配よりも、ラックの心配か……安心せい、ラックは無事じゃ。念のために休養を申し付けてはいるがな」
魔王様の言葉に私は安堵した。そこで、私は気付いた。神獣様の姿が見えないことに。
「魔王様? 神獣様は、どこに?」
訊いた途端、魔王様とニコさんの顔が曇る。
それだけで、なにかあったのだと悟った。同時に浮かぶのは、カインの顔。まさか――!?
私は飛び起きる。頭の痛みと目眩が襲った。ズキンズキンと痛む側頭部に手を添えながら、私はもう一度尋ねた。
「神獣様はどこにいるのですか?」
返ってきたのは沈黙。
私はよろける身体で毛布を剥ぐとベッドから下りようとした。止める、魔王様とニコさん。私は二人の腕を掴み、再度繰り返し尋ねた。
「神獣様はどこにいるのですか?」
隠せぬと思ったのだろう、魔王様は渋々教えてくれた。
「……神獣はここにはおらぬ。今、神界にいる」
神界に!? なぜ!?
「…………追ってきたカインに殺られたんですね」
それしか考えられない。意識を失う直前、神獣様の言葉に違和感を感じた理由がわかった。気付いていたんだ、神獣様は。傍にカインがいたことに。ラックさんの治療でよそにまで神経がいってなかった。あの時、意識を失わなかったら――
私は悔しくて、下唇をギュッと噛み締める。血の味がした。
「殺られてはいないが、かなりの深手をおってな、今は神界で療養中じゃ」
死ななくてよかった……
身体から力が抜けた。再度ベッドに戻される。
「神獣様は闘わなかったのですね」
神獣様とカインの実力はほぼ互角。闘っていたら、私とラックさんは巻き添えをくらって死んでいたはず。それに、神獣様も。
「そうじゃ」
魔王様はそう肯定すると、ゆっくりと話し始めた。
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