344 / 354
第八章 今度こそ絶対逃げ切ってやる
闇魔法
しおりを挟むラックさんが目を覚ましたのは、カインとのやり取りをしてから三時間後だった。念のために、私たちは森の中に身を潜めていた。
「どこか、痛い所とか苦しい所はありませんか?」
私は水筒をラックさんに渡しながら尋ねた。
治癒魔法をかけたとはいえ絶対じゃないしね。ラックさんのことを考えるのなら、宿屋に泊まって休ますべきなんだけど……正直、それは避けたい。顔は知られてはいないとはいえ、目立つ行動は控えたいから。とりあえず、国を出るまでは。
「大丈夫だよ、マリエールちゃん。ほら、俺って身体は人より強いから」
私の意図を察したラックさんは、笑いながらそう言ってくれた。カインのことには触れてはこない。
確かに、魔力量が多い魔族は人間よりも遥かに身体が丈夫にできている。それが身体にも影響を与え、通常の攻撃なら傷一つ付けることはできない。それをいとも簡単に、カインは瀕死な状態を負わせた、一撃でね。
傷は確かに治ってはいる。でも、ラックさんの状態が芳しくないのは容易に見て取れた。まるで貧血みたい。ジッとしているだけで、生命エネルギーが徐々に漏れ出てるような感じがする。あながち、その表現は間違ってはいないと思うわ。さっきまで、私が背負っていたから魔力の補充ができて大丈夫だったけど、下ろした今はそれが謙虚に出ていた。優しいラックさんは隠そうとしているけどね。私はラックさんの身体の不調の原因に思い当たる所があった。
「ラックさん、今から試したいことがあるのですが、試してもいいですか?」
私はラックさんを寝かせると尋ねた。反対しても試すけどね。
「試す? いったいなにを?」
カインが元勇者であることは話す必要はないかな。暗部に属してるんだから知ってるかもしれないけど。まぁ自分から墓穴を掘る必要はないわね。
「よく聞いてください、ラックさん。カインは聖属性の魔法が使えます。おそらく、ラックさんはそれで攻撃された。本来、治癒魔法は光属性だから、傷を治すことは魔族であるラックさんでも可能でした。でも、聖属性の魔法の残滓は消すことはできません。いわば、今ラックさんは呪いをかけられ、徐々に生命エネルギーを削られている状態です。さっきまでは、私がラックさんに魔力を流していましたが、それは緊急処置でしかありません。なので、今から私が残滓を消します。闇魔法で」
「闇魔法!? どうして、マリエールちゃんが!?」
驚くのは当然だよね。闇魔法は魔族しか使えない魔法。その中でも、上位魔族しか使えないとされている魔法だからね。そもそも、闇魔法に対抗して聖魔法が神から人に授けられたって話だし。授けた糞女神は退場したけどね。
「言っときますが、私は生粋の人族ですよ。魔族の血は一滴も入ってはいません。私が使える理由は自己防衛のためですね」
糞女神の呪いのせいで、私は十八歳までしか生きられなかった。糞女神のお気に入りのアレクが私を殺すせいで。
アレクは元勇者。聖魔法の使い手。なら、私がそれに対抗して生き延びるためにするべきことは――答えは一つしかないよね。そうは言っても、簡単にはいかなかった。でも……私には受け継がれる記憶と時間は十分にあった。十八歳で死ぬけど、必ず生まれ変われるからね。記憶を持って。
「自己防衛って……?」
よくわからない顔をしてるわね、ラックさん。まぁそうだよね。
「ラックさん、闇魔法でも治癒ができるって知ってますか? 但し、光魔法とは違い、実際に傷がないと作用しない特徴があります。あと、激痛を伴います」
その代わり、完璧に治せることができる。喪失した身体の部位も再生できるし、より強固にすることも可能なの。光魔法ではそこまでできない。全魔力を全振りしたらできるでしょうけど。効率悪いよね。その対価として痛みが伴うのだけど。
「つまり……今から俺を傷付けて、闇魔法を使うってことかな?」
「はい。それで、カインの聖魔法の残滓は消えるはずです」
絶対とは言えないけど。
「しないと、俺は死ぬのかな?」
「魔力を流し続けてくれる人がいるのなら、生きてはいけます。但し、今までと同じような生活はできないでしょう」
仕事はまず無理。家から出ることも難しくはなるわね。
「……それは困るな、死んだも同じじゃん。それは嫌だから、思いっ切りやってくれない」
特に悩む様子もなくて、あっけらかんとラックさんは言った。
「私に命を預けてくれるんですか?」
悩まないラックさんに、私は少し困惑する。
「悩んでも仕方ないよね。生きる可能性があるなら、俺は生き残れる方に賭けるよ。それに、マリエールちゃんを信頼しるから」
「私を?」
「俺に闇魔法が使えることを打ち明けてくれたから。それに、君はとても優しくて良い子だ」
ニコッと微笑むラックさんに、私は小さい声で答えた。
「ありがとう……」
「俺の命、マリエールちゃんに預けるね」
「わかった。絶対に助ける」
私はそう告げると、ラックさんにハンカチを噛ませた。悲鳴が上がらないように、神獣様に遮音と認識阻害の結界を張ってもらった。
残滓を消せるだけの闇魔法をぶつける。
普通の怪我なら弱めるだけ。この残滓を消せるだけとなると、ラックさんにはもう一度瀕死な状態になってもらわなければならない。
私は持っていた剣を鞘から抜くと、横になっているラックさんに突き立てるように構えた。
「じゃあ、今から始めます。ラックさん耐えてくださいね」
私はそう告げると剣を振り下ろした。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
5,406
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる