今度こそ絶対逃げ切ってやる〜今世は婚約破棄されなくても逃げますけどね〜

井藤 美樹

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第六章 友人からお使いを頼まれました

聞かれてました

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『…………マリエール』

 思わず、神獣様に『嫌わないで』って声を出そうとしたら、私の名を呼ぶ声がした。その声は、私を押し止めるには十分だった。
 
『カイン殿下……』

 振り返ると、泣きそうな顔をしたカイン殿下が立っていた。

 さっきの話、聞かれたの……? 

 たぶん、ううん、間違いなく、さっきの話を聞かれたわね。そもそも、ここは夢の中。私がゼリアス様に呼ばれたのなら、カイン殿下が呼ばれていてもおかしくはないわ。

『……マリエールは、そこにいる犬が好きなのか? 愛してるのか? 子をなして番いたいほどに愛しているのか?』

 カイン殿下が矢継ぎ早に訊いてくる。

 その目は感情が全く籠もっていない。代わりに、黒い火が見えるわ。完全に病んだ部分が出てるわね。まぁそれは、ひとまず置いといて、カイン殿下はおかしなことを言ってるわね。思わず、首を傾げてしまう。

『神獣様と子をなす……? どうやって? そもそも、種族が違いますよね。それに、カイン殿下、神獣様は犬ではなくフェンリルですよ』

『種族が違っても、番うことはできるぞ』

 ゼリアス様が教えてくれた。カイン殿下がゼリアス様を激しく睨む。

『……番ったら、ずっと一緒にいられるのですか?』

 思い切って、ゼリアス様に訊いてみた。

『まぁ番ったら、ずっと一緒にはいられるが、ずっと一緒にいたいがために番うのか?』

 すると、ゼリアス様に反対にそう訊き返された。

『今が、とても楽しいのです。マリエールを演じることなく、自分らしく生きてるって、心からそう思えるのです。……それは、神獣様が私に新しい世界を見せてくれたからですわ。一緒にご飯を食べて、時には怒ってくれたり、心配してくれたり、一緒に大声で笑ってくれたり、全てが初めてだったのです。それを失うのが怖い。……ほんと、馬鹿ですよね。神獣様に番ができて、神獣様の中で、その女性が一番になるのが怖いのです』

 まるで、幼子のようだと自分でも思う。

 ゼリアス様はなんとも言えない表情をして、神獣様を見下ろしている。

『それって……マリエールにとって、その犬は親みたいなものってことか……』

 カイン殿下がブツブツと呟いている。そんなカイン殿下を、神獣様が唸りながら睨んでいた。

 親……うん、それに近いわね。でも、親じゃ番になれないよね。あっでも、愛情は後から変わるものかもしれないし……

『マリエール、それは、神獣様に失礼だよ』

 いつの間にか、後ろに来ていたカイン殿下に肩を掴まれた。

 あっ、また口に出してた。

『マリエールは俺のことを愛してないのは、よくわかった。知りたくはなかったけど、薄々はそんな気がしていたんだ。糞女神のせいとはいえ、何度も何度も、マリエールを傷付けて殺してきたからね。俺が触れる度に、マリエールが緊張してるの、俺が気付かないと思ってた?』

 泣きながら笑っているような表情で、カイン殿下は告げる。

『……ごめんなさい』

 そんな表情をさせて。

 カイン殿下は私の頬に一度手を添えようとしたが、止めて、私の手を掴んだ。

『謝らないで。マリエールの本心を知ることができてよかったよ。でも、俺は諦めない。時間が掛かっても、マリエールの気持ちを、もう一度自分に振り向かせてみせる。そのために、俺は全てを投げ捨ててもいい。……覚悟しといて。俺は、マリエールの心をもう一度手に入れてみせるから』

 そう告げた後、カイン殿下は掴んだ私の手を自分の口元に持っていき、軽くキスする。

『糞ガキ!!』

 神獣様がめっちゃキレてる。

 カイン殿下は完全無視。いいのかな……

『それじゃあ、マリエール待ってて。すぐに会いに行くから』

 再度、手の甲にキスをすると、カイン殿下は颯爽と帰って行った。

 マジで、魔界に来るきなの……



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