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第五章 呪いが解けるまで楽しむ予定です
仮面
しおりを挟む私が部屋に戻って来るのを、神獣様とニコさんが待っていてくれた。食事も取らずに。
そして、五体無事に戻って来た私を見ると、神獣様とニコさんは強張っていた表情を柔らかくした。心配してくれたんだね。すっごく嬉しい。
神獣様とニコさんのそんな顔を見たら、ホッとしたのか、その場に座り込みそうになったよ。必死で踏ん張ったよ、これ以上心配させたくないからね。
魔王様とのディナー、最後は和やかな雰囲気になったんだけどね……それでも、メチャクチャ緊張してたからね。肩と首がバキバキで痛いわ。
「マリエール、大丈夫だったようだな」
神獣様が私の傍に歩み寄る。
いつでも、優しい言葉を掛けてくれる神獣様。その言葉の温かさに、心が満たされることに慣れてしまった自分に改めて気付く。
……何で、私はあの時、即答できなかったんだろう。
「マリエール? どうかしたのか?」
神獣様が心配そうに、私の顔を下から覗き込む。
しっかりしなきゃ。ちょっと気まずいけど。だからかな、神獣様と視線を合わしにくい。なので、わずかだけ視線を外し答える。
「大丈夫ですわ。ただいま、神獣様、ニコさん。軽い小言で終わりましたわ。なので、安心してください」
不自然じゃないよね。
私は神獣様とニコさんを安心させるために、微笑んだ。神獣様から少し視線を反らしたままで。
敏い神獣様だから、私のちょっとした変化に気付いたと思うけど、神獣様は何も訊いてはこなかった。そのことにホッとしている自分に、私は嫌悪感を抱く。でも、表情には出さない。微笑んだまま。
自分が嫌になっていると、ニコさんの様子がおかしいことに気付いた。だって、小刻みに揺れてるもの。
「……ニコさん? どうかしたの?」
ニコさんの顔を覗き込みながら尋ねる。すると、ガシッとニコさんに両腕を握られた。
「よかった~~生きてた……」
そう大きな息を吐き出すように言われた。
「ありがとうございます、ニコさん。心配掛けてごめんなさい。大丈夫ですよ。魔王様は、無用な殺生はなさいませんわ。そのような愚か者ではないでしょ。ニコさんが遣える方ではありませんか。なので、ニコさんは責任を感じる必要はないですよ」
ニコさんの私を心配する気持ちが嬉しくて、張り付いた仮面の笑みが少しだけ剥がれた。
あぁ……そうか……ここには、私を腫れ物のように扱う人がいないんだ。
神獣様は別として、私を本気で心配して、本気で怒る。私を特別扱いしない。例え人族とは思えない強さを見せても、私を恐れ距離をとる人はいない。
私が私として、ただのマリエールとして、ここでは生きていける。素が出せるのね。
だから……私は躊躇した。
今まで、私は状況と立場によって、色々な仮面を使い分け被り続けていた。
高位貴族、王太子妃の仮面、家族の前でも素顔を晒すことはなかった。できなかった。それは、運命共同体の関係である、カイン殿下の前でも同じだった。違うわね。殿下の前だから、特に外せなかった。殿下に触れられる度に、体が強ばるのを隠していた。
愛してるのにね……
一度も取ることができなかった仮面は、いつしか、素顔と一体化してしまった。どれが、本当の私なのかわからなくなることもあった。
なのにーー
そんな仮面が、スルリと落ちて砕けた。
その心地良さが、当たり前の幸福感が、私が即答できなかった理由なのかもしれない。
でもそれは、私の我儘だ。
私は、私の役割を果たさなければいけないのに。壊れた仮面を綺麗に直して、また被らないと。本当の私は表に出てはいけないのだから。
それは誰も望んではいない。
「……それでも、責任は感じます。当然でしょ。マリエールさんは、大事な友人なのだから。それよりも、マリエールさん、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ。休んだ方がいいですね。えっ!? どうしたんですか!? マリエールさん!! どこか、痛いんですか!?」
ボロボロと泣き出す私に慌てるニコさん。
うん。痛い……心が痛いよ…………
ニコさんの温かい声が心に沁みるから。
もう一度、仮面を被る勇気が持てないよ。どうしよう。
「マリエール、もう休め。疲れてるのだろう。今はゆっくりと休んで、目を覚ましてから考えればいい」
暗くなる私に、神獣様はどこまでも優しかった。
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