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第五章 呪いが解けるまで楽しむ予定です
霧の中
しおりを挟む現金なもので、死なずにすんだと思った途端、お腹がグ~と鳴った。
瞬時に真っ赤になったわよ。だって、お腹の音聞かれたんだよ。淑女教育以前の問題だわ。乙女のお腹の音を聞かれるなんて~~。
「なぜじゃ? 腹が鳴るってことは、健康の証ではないか」
首を傾げる、魔王様。
「それは、本心ですか? それとも、また私をからかってます?」
幼女の姿とはいえ、魔王様は女性だよね。わからないから、訊いてみた。もちろん、食べながら。また鳴らすのは嫌だもの。
遠慮なく頬張る私を見て、魔王様は苦笑する。
「大概、マリエールも言うのう。不敬罪もいいところじゃ」
掌に黒い炎を出す、魔王様。
「脅しても怖くありませんよ。だって、殺気をまるで感じませんもの」
十分前とはまるで違う。
「殺気はなくても、殺すのは簡単だがのう」
「確かにそうですね。でも、魔王様は私を殺しはしませんわ。魔王様は、無意味な略奪をするような方ではありませんもの」
ニッコリと微笑みながら答える。
「魔王に言う台詞ではないのう」
口角は上がってはいるけど、私には微笑んでいるようには見えなかった。
「ただ、種族が違うだけでしょ。言葉は通じます。意思の疎通はできますわ」
「それは。マリエールだからだろう。普通の人族は儂らを恐れるわ」
自嘲気味に笑う、魔王様。
違うと言ってあげたいけど、言えない。嘘だから。気休めにもならないから。かえって、不快にさせる。
「……そうでしょうね。人族は自分たちとは違う毛色の者を排除する性質がありますからね。魔族は、力が弱い者が対象のようですけど」
「ある意味、実力主義の世界じゃからのう」
力が弱ければ、強くなればいい。ただそれだけのこと。単純と言えば単純。だけど、
「力の種類が限られてますけどね」
「それを言うでない」
苦笑しながら魔王様が咎める。魔王様自身、自覚があってよかったです。
「すみません」
「気持ちがこもってないのう。まぁ、よい。ところでな、マリエールはいつまでここに居られのだ?」
さり気に訊かれた。一瞬、体が強ばる。
そうだよね。いつまでも、居られやしないよね。
居られるのは、私に掛けられた呪いが解けるまで。
本来の肉体を取り戻すまでの、限られた時間しかここには居られない。
だって私には、婚約者がいるんだから。呪いが解かれたら、また、敷かれたレールの上を歩かなくてはいけない。
それが、約束された未来だから。
〈呪いが解けるまでですわ。愛する婚約者がいますから〉
素直にそう言ったらいいのに、言葉が出てこない。どうして……?
「……そうですね。こればかりは、神獣様に訊かないとわかりませんわ」
代わりに出たのは、曖昧な台詞だった。嘘は吐いてはいない。でも、魔王様に心は読まれているはず。
「神獣が良いと答えれば、マリエールはこの地に残るのか?」
心を読んでいるはずなのに、魔王様はそう尋ねてきた。
どう答えたらいいんだろう。そもそも、正解があるの? わからない。自分の気持ちがわからない。先が一切見えない霧の中にいるみたい。
「……わかりません」
それしか言えなかった。
「ならば、考えればいい。時間はたくさんあるのだ、答えが出るまで悩むがよい」
今までの黒い笑みではなく、優しい慈愛がこもった目で魔王様は微笑む。
なぜ、私が霧の中にいるのか。そこから脱出するためには、私が考え、答えを見付けなければならない。誰もヒントをくれやしない。それだけは、わかっていた。
食事を終えた友人が部屋を出て行くのを、儂は「ゆっくり休め」と声を掛け見送る。
ドアが閉まってから、儂は側にいる侍女に問い掛けた。
「どう思う?」
「初々しいですね」
侍女が食器を片付けながら答える。
「儂もそう思う。それにしても、悩む時点で、答えはあらかた出ているのだと思うのだが」
魔界に来て、マリエールが婚約者のことを思い出したのは、儂に促された時だけだ。それに気付けば、簡単に答えが出るものを。
「それに気付かないから、初々しいのではありませんか」
「なるほど。そういう見方もできるのか。……人というよりも、恋心ほど不可解なものもないのう」
「そうでございますね」
侍女の言葉に、儂はやれやれと大きな溜め息を吐いた。
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