269 / 354
第五章 呪いが解けるまで楽しむ予定です
とんでもない真実を知りました
しおりを挟む「どうした? マリエール。酔ったか?」
神獣様は、黙り込んだ私の顔を覗き込みながら尋ねる。
ヒドラから降りた神獣様は本来の大きさに戻っていた。これはこれで良い。中型犬ぐらいも良いけどね。
「大丈夫ですわ、神獣様。ちょっと、感動していただけですわ」
「感動? 何に対してだ?」
神獣様は首を傾げる。
おかしなこと言ったかな? 反対に私が傾げたいよ。
「いえ、よくここまで回復したなと、感動していましたの。数百年前ですが、壊れた大地を元に戻すのは大変だったでしょう」
嘗て、魔王を倒すために、アレクは魔界へと乗り込んだ。死闘だったと聞いているわ。あのアレクが、死闘だと言うくらいよ、どれほど大地が裂け壊れたかーー。その事実を知っているだけに、この光景を見たら感動して言葉が出なかった。
「ん? 何を言ってる? 壊れてないぞ」
「そもそも、この地で闘っておらぬからのう」
…………ん?
「……はい?」
「あれは脳筋だったからのう。闘いに夢中になって、魔界を壊されたらたまらん。闘い方を知らない魔族も大勢いるしの。なので、別世界を擬似的につくったのだ」
ん? 今、私、とんでもない事実を知っちゃったんじゃない? 世界をつくった?
「……え、マジで?」
「思いっ切り闘える場所を提供すると言ったら、喜んでおったのう……あの、脳筋は」
「どっ、どうした!? 大丈夫か、マリエール!?」
ヘナヘナと座り込んだ私を心配する、神獣様。その声も耳には届かない。
いやいや、だとしたら、今までの歴史はいったい何!? 魔族に勝利し、脅威から人間を護ったという事実が根本から崩れるじゃない。退けたのではなく、魔族が私たちの世界に興味なくなったから大丈夫だっただけじゃない。それは裏を返せばーー。
「ようやく、気付いたか。始めから言っておるじゃろ。この魔界に人間が来るのは初めてだと」
したり顔をする魔王様。
確かに、言ってました。
「まぁ、真実を知るということは、時として残酷な面もあるのだ。勉強になったな、マリエール」
下手に慰めるよりいいわ。
「……言えない。誰にも言えない」
「言えるわけないのう。もし言ったら、マリエール、お前は人間の敵になるからのう。安心せい。儂は人嫌いじゃ。好んで、自分から接しようとは思わぬよ」
もの凄く楽しそうに言わないでくれますか、魔王様。まぁでも、次代の魔王様が人嫌いでよかったわ。じゃあ、何で私ここにいるの?
「お前は例外じゃ。誇れよ」
いや、誇れないって。誇れる相手いないし。
「ほぉ~誇れぬのか」
魔王様はそう呟くと、パチンと指を鳴らした。
再登場する、ヒドラさん。口を開けないでください。とても生臭いです。
「魔王!! やりすぎだ」
神獣様が、私とヒドラの間に割り込みヒドラを威嚇する。すると、ヒドラの動きがピタッと止まった。口を開けたまま、魔王様と神獣様を交互に見ている。少しコミカルな動きよね。
でもね。
いい加減腹が立ってきたんだけど。だって、自分の意に添わなければ、ヒドラを使って脅すのよ。これで、三度目よ三度目。力づくで意のままに操ろうとするなんて、上に立つ者としてどうなの。
「魔王様って、人間を奴隷か人形だと思っているのですか?」
「ほぉ~儂に質問か。そうじゃのう、思っておるの。儂よりも遥かに弱い。そして、醜い」
「確かに、醜くくて弱いですね、人間は。賛同いたしますわ。そんなか弱い人間を脅すなんて……小物と同じではありませんか。魔王の名が泣きますよ」
「よほど、死にたいらしい」
魔王様の声が低くなる。
「死にたくはありませんよ。でも、私にも、人としての挟持がありますから」
「挟持か……馬鹿らしい」
「馬鹿で結構ですわ」
本当に私は馬鹿だ。長いものに巻かれるのが、正解なのは重々承知している。それが、弱い種族の生き方だということも。でも、心が血を流す。痛みに身を引き裂かれそうになる。諦めれば、その痛みは緩和していくだろう。
でも、私は諦めることはできなかった。
というか、その選択肢が始めからなかった。
だって、一度でも諦めたら、私が今この場に立っていることはなかったから。神獣様と一緒に魔猪を狩ることもなかったし、魔界に来ることも、この光景を見ることもできなかった。
本当に私は馬鹿だと思う。でも、そんな生き方しかできない私を、愛してくれる人や仲間がいる。後悔するとしたら、その人たちに謝れないことかな。
神獣様、カイン殿下、ごめんなさい。
魔王様が顔を近付ける。小さな手が、私の頬を撫で、首元で止まった。
「……マリエール、お前はとんだうつけよの。儂がお前を殺すと思ったか。ちょっと、遊んだだけなのに、儂は悲しい」
えっ……嘘、冗談だったの…………
「だから、やり過ぎだと言ったのだ」
確かに、神獣様は何度もそう言ってたけど。
「悪かったのう。マリエールの反応が楽しくて、つい」
悪びれず、そう答える魔王様。
「そもそもだ。マリエール、こやつが気に入らなければ、我の連れだとしても魔界には来れなかったぞ。連れて来るだけで、かなり気に入っておったのだ。少々、天の邪鬼な部分があるが、許してやってくれぬか」
神獣様の言葉を聞いて、魔王様に視線を向けると、プイッと視線を外されてしまった。代わりにヒドラに視線を向けると、口を閉じ、目を伏せ頭を下げていた。
その様子に、思わず笑みが浮かぶ。
「……わかりました。神獣様がそう仰るのなら。この件は水に流します」
「よかったな、魔王、ヒドラ」
魔王様はそっぽを向いたまま。ヒドラは嬉しそうに、私に頭を擦り付けてきた。
うん。可愛い仕草だよ。ヒドラだけど。躊躇しながらも、目の間を撫でてあげたら、とても気持ち良さそうに目を閉じた。
不意に強い視線を感じて目を向けると、頬を膨らませていた魔王様がいた。私と視線が合うと、背を向け歩き出す。
「グズグズするでないわ」
私と神獣様は目を合わせる。神獣様が「やれやれ」と溜め息を吐いた。私は苦笑する。
ほんと、魔王様って天の邪鬼よね。でも、可愛い。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
5,413
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる