上 下
210 / 354
第三章 超ハードモードの人生に終止符を

それが、どうかしましたか

しおりを挟む


 糞女神が肉体を持ったーー。

 その事実が、私たちにどれ程の光をもたらすか、目の前にいる大聖女様には分からないだろう。

 それは本当に、本当に、僅かな光。

 だけど、その光は明らかに強くなったのを私は全身で感じたんだよ。それは殿下も同じだと思う。

 微かに、その体が震えているから。

 だってそうでしょ。私や殿下がどんなに魔力があって強くても、糞女神とはいえ、神様を殺せる可能性は低かった。皆無だった。

 創世神ゼリアス様の使徒になったとしてもね……。それ程、神に挑むってことは困難だということなの。神に造られた存在の私たちにはね。正直、痛め付けるのも命を対価にしてやっと出来るのが現状。

 そうーー現状。今までは。

 私はこの日を忘れない。絶対に。

 散々自分たちの人生を狂わせ、そしてその命を、自分の身勝手な願いのために、欲望のために奪い続けてきた。

 そんな糞女神を殺せるのよ。いや、違うわね。苦しめ、殺すことが出来るのよ。

 自然と口角が上がるわ。俯いているから、目の前にいる大聖女様には見られなくてすむわね。誰にも見せられないわ。今の私の顔。

 とても醜悪で恍惚に満たされた笑顔だから。

 人間の醜さが全面に出た笑顔よね、たぶん。使徒がこんな顔したら駄目だと思うけど、止められない。

 人が居なかったら絶対声を上げて笑ってたわね。声を出さずに我慢した自分を褒めたいわ。

「…………王太子殿下。グリード様。貴方がたは一つ忘れてはいませんか?」

 暫く黙っていた大聖女様が、厳しい声でそんなことを訊いてきた。あまりにも厳しい声だったから、意識が少し大聖女様に向いた。隣を見上げれば、殿下も同じだった。

「邪神ビーアスを倒すということは、一人の人間を殺すということです。その未来を奪うということと同じです」

 そりゃあ、そうよね。だから何? 今更、倫理を問われてもね……返事なんて思い浮かばないわ。でもね、これだけは言えるわ。

「「それが、どうかしましたか?」」ってね。殿下と綺麗にハモったわ。

「……人の命を奪うのですよ」

 まさか、一切動揺もせず、そう切り替えしてくるとは思わなかったみたい。反対に、大聖女様の方が明らかに動揺してるよ。

「それは分かっている。その上で質問しているのだが」

 殿下が平然と答える。別に追い込んではいないんだけどね。

 大聖女様は返答に困っていた。言葉が出てこないみたいだね。まぁ、普通の人生を歩んでたら出てこないわね。

「大聖女様も創世神ゼリアス様と一緒に、邪神ビーアスと敵対し、私たちに手を貸して下さってます。直接手を下すか、下さないかの差ですわ」

 ほんと、我ながら意地悪な言い方よね。でもね、今更そんなこと言われても困るのよね。少なくとも、私たちより早く、大聖女様は対処法を知っていたんだから。使命感と罪悪感に苦しむのは分かるけど、私たちを巻き込まないで欲しい。

「…………」

 大聖女様は私を厳しい目で見る。

「……いくら悩んでも、答えは出て来ることはないでしょうね。
 如何なる人間であっても、人の未来を奪う権利は私たちにはありませんわ。例え、創世神ゼリアス様が許して下さっても。それでも、私たちは躊躇わずに奪うでしょう。
 ……これでも、十分理解していますのよ。只の私怨で動いていることを。
 ただ……全てを終わらせたいのです。
 奪われ続けた未来を取り返したいのです。殿下と一緒に」

 そっと殿下は私の肩を引き寄せてくれた。

「…………奪われ続けた未来……」

「大聖女様。私とマリエールは何度も何度も、奴らに未来を奪われてきた。何も手を下さなければ、四年後また死ぬだろう。
 これは、私とマリエールの存亡を掛けた戦いなんだ」

「…………」

 押し黙っている大聖女様に私は静かに告げる。

「理解してもらわなくても構いませんわ。初めから無理でしょうから。だって、私たちの苦しみと痛みを理解なんて出来ませんでしょ。
 平然としている私たちを、内心非難されても構いませんわ。
 なので、二度とこのような質問は止めて欲しいのです。決して交わることのない、平行線を辿るだけの問いに、何の意味があるのでしょう。虚しいだけですわ」

 それに、お互い嫌な思いをするだけだし。

「歩み寄ることは出来ないのですか?」

 不可能ね。

「表面上は出来るだろう。しかし、心から歩み寄ることも理解することも不可能だ」

 私が口を開くより早く、殿下がはっきりと否定してくれた。


しおりを挟む
感想 326

あなたにおすすめの小説

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【1/23取り下げ予定】あなたたちに捨てられた私はようやく幸せになれそうです

gacchi
恋愛
伯爵家の長女として生まれたアリアンヌは妹マーガレットが生まれたことで育児放棄され、伯父の公爵家の屋敷で暮らしていた。一緒に育った公爵令息リオネルと婚約の約束をしたが、父親にむりやり伯爵家に連れて帰られてしまう。しかも第二王子との婚約が決まったという。貴族令嬢として政略結婚を受け入れようと覚悟を決めるが、伯爵家にはアリアンヌの居場所はなく、婚約者の第二王子にもなぜか嫌われている。学園の二年目、婚約者や妹に虐げられながらも耐えていたが、ある日呼び出されて婚約破棄と伯爵家の籍から外されたことが告げられる。修道院に向かう前にリオ兄様にお別れするために公爵家を訪ねると…… 書籍化のため1/23に取り下げ予定です。

冤罪を受けたため、隣国へ亡命します

しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」 呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。 「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」 突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。 友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。 冤罪を晴らすため、奮闘していく。 同名主人公にて様々な話を書いています。 立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。 サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。 変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。 ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります

せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。  読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。 「私は君を愛することはないだろう。  しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。  これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」  結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。  この人は何を言っているのかしら?  そんなことは言われなくても分かっている。  私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。  私も貴方を愛さない……  侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。  そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。  記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。  この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。  それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。  そんな私は初夜を迎えることになる。  その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……    よくある記憶喪失の話です。  誤字脱字、申し訳ありません。  ご都合主義です。  

処理中です...