202 / 354
第三章 超ハードモードの人生に終止符を
御方のために(神父視点)
しおりを挟むアイリーンが、カフェでマリエールにしてやられた日の深夜ーー。
とある落ちぶれた教会の一室で、私は一人待っていた。
今から会う御方は、私のちっぽけな命よりも大切で尊い方だ。久し振りの謁見に高揚する気持ちが抑え切れない。
それでも何とか、はやる気持ちを抑えながら立って待っていると、御方が侍女を一人連れ現れた。
貴族令嬢としてはかなり小柄な出で立ちの御方だが、醸し出す雰囲気は少女ではない。十代前半か、いって半ばぐらいにしか見えなくても。
こんな場所に何故貴族令嬢が……?
それも、平凡なひょろりとした神父と密会を?
他者から見たら逢い引きのように映るかもしれない光景だ。だが、直ぐに気付くだろう。御方と私の間にはあの独特な甘い雰囲気は全くないことに。
挨拶を交わした後、私は今回の謁見の要件を述べた。
「……アレをあのまま放置していてよいのでしょうか? 何も知らないとはいえ、心配でなりません。
あの忌々しいマリエールはかなりの切れ者です。このままでは、我々の存在を敵に知られる可能性が……。
大事になる前に、アレを連れ戻しましょう」
優雅にソファーに座る御方に、私は必死に進言する。御方の許可がおり次第、直ぐに私兵を動かせるように手配していた。
だが、焦る私とは違い、御方は特に困った様子を見せない。いつもと同じように落ち着き払っている。まるで、全てを予想していたみたいに。他の者の目には不気味に映るだろうその姿も、私にとっては神秘的に映っていた。
「あの娘に、元々何の期待もしていないわ。
だって、馬鹿だったから。
でも、その馬鹿さ加減が気に入っているのよ。とても純粋でしょ。自分の欲望に。欲望を叶えるためには何だって利用する。親でも友だちでも。その貪欲さに。本当に純粋よね。
そう思わない? ナイド」
コロコロと御方は笑う。
幼い外見と醸し出す雰囲気、そして声が、かなり差があるように感じる。
当然だ。
御方が使うのは年端もない少女の肉体だからな。ましてや、御方の服装のせいもあるだろう。少女が一般に着るようなドレスを御方は好まない。
御方は特に黒を好む。
以前は不吉だと思っていた色だが、今は最も好む色となった。
いつも、御方はベールで顔を隠している。口元さえ見えない。顔全体を覆うベールだ。
長袖では暑い季節だというのに、今も顎下までキッチリと覆うドレスを着ていた。なのに、汗一つかいてはいない。ましてや、同色の手袋まで身に付けている。全く肌を露出していなかった。
今日も全身真っ黒だ。
喪服のような出で立ちのせいで、まだ少女なのに、何処かの高位貴族の未亡人のような雰囲気を漂わしている。
御方はそのことに気付いているだろうか。ふと……そんな考えが頭を過ぎった。
「確かに、アレは貴女様の仰る通りとても純粋ですが……。だとしたら尚更、早急に連れ戻すべきです」
私は引かない。
正直に言えば、引けなかった。
長年計画し、実験を繰り返し、やっと実行するまで漕ぎ着けたのに、あの馬鹿のせいで台無しにされたらたまったものじゃない。
目の前におられるこの御方のためにも、何としても成功させなければならない。
「ナイド……貴方の忠誠、とても嬉しいわ。
でもねーー貴方はいつから私に意見をする程偉くなったのかしら。
あまりにも身の程知らずな事を言うのなら、消すわよ」
御方の口調は全く変わらない。声音も。
だけど、私はそれが本気だと気付いた。私は両膝を床に付き、頭を垂れて出過ぎた真似をした事を謝罪をする。
「……まぁでも、ナイドの言う通り、近いうちに呼び戻さないといけないわね。
もうこの体も持ちそうにないから」
御方は変わらず、コロコロと笑っていた。
ならば私は、御方のために新しい体を至急用意致しましょう。お任せ下さい。私は御方に遣えるために存在している、只の神父なのだから。
26
お気に入りに追加
5,437
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は処刑されないように家出しました。
克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。
サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。
能力『ゴミ箱』と言われ追放された僕はゴミ捨て町から自由に暮らすことにしました
御峰。
ファンタジー
十歳の時、貰えるギフトで能力『ゴミ箱』を授かったので、名門ハイリンス家から追放された僕は、ゴミの集まる町、ヴァレンに捨てられる。
でも本当に良かった!毎日勉強ばっかだった家より、このヴァレン町で僕は自由に生きるんだ!
これは、ゴミ扱いされる能力を授かった僕が、ゴミ捨て町から幸せを掴む為、成り上がる物語だ――――。
ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?
ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。
一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?
忌み子にされた令嬢と精霊の愛し子
水空 葵
恋愛
公爵令嬢のシルフィーナはとあるパーティーで、「忌み子」と言われていることを理由に婚約破棄されてしまった。さらに冤罪までかけられ、窮地に陥るシルフィーナ。
そんな彼女は、王太子に助け出されることになった。
王太子に愛されるようになり幸せな日々を送る。
けれども、シルフィーナの力が明らかになった頃、元婚約者が「復縁してくれ」と迫ってきて……。
「そんなの絶対にお断りです!」
※他サイト様でも公開中です。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
全てを諦めた令嬢の幸福
セン
恋愛
公爵令嬢シルヴィア・クロヴァンスはその奇異な外見のせいで、家族からも幼い頃からの婚約者からも嫌われていた。そして学園卒業間近、彼女は突然婚約破棄を言い渡された。
諦めてばかりいたシルヴィアが周りに支えられ成長していく物語。
※途中シリアスな話もあります。
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。
シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。
ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。
それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。
それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。
なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた――
☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆
☆全文字はだいたい14万文字になっています☆
☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる