今度こそ絶対逃げ切ってやる〜今世は婚約破棄されなくても逃げますけどね〜

井藤 美樹

文字の大きさ
上 下
46 / 354
第一章 人生、まてしても超ハードモードから始まるようです

もう一つの断罪(執事視点)

しおりを挟む


 パーティー会場で屑一家の断罪が行われていた頃、この場所でも、もう一つの断罪が行われようとしていた。




 門番は何をしてるんだ!!

 突然、騎士を含め二十人を超える大人数で彼らはやって来た。

「貴方たちはいったい何者ですか!? いきなり押し掛けて来て!! ここはラング公爵家のお屋敷ですよ!!!!」

 普段声を荒げることのないラング家の執事である私が、突然現れた侵入者に対し怒鳴る。

 ソフィアお嬢様のお祝いの準備で忙しいのに。何の用だ。また、あの子憎らしい娘の仕業か。だが、もうあの娘はいない。伯爵家に養女に出された。あの庶子の家にな。あの娘にはお似合いだ。これで、ソフィア様の未来は約束されたも同然だ。

「我々は、グリード公爵家の者です」

 無表情の青年が答える。

 グリード公爵家? 公爵家にグリードはいない。伯爵家ならいるが。まさか、あの伯爵家か。

「いつから、伯爵家が公爵家になったのです?」

 やはり、あの娘の仕業か。本当に、底意地の悪い娘だ。旦那様や奥方様、ソフィア様を、散々苦しめ続けた上、大事な日まで台無しにしようとしてるのか!?

 不愉快を隠そうとせずに私は尋ねる。

 しかし、目の前にいる青年は気にも留めずに平然としている。それが、却って不気味だ。

 まさか、本当に公爵家に格上げになったのか……?

 思案していると、青年がニヤリと笑みを浮かべた。

 笑み……?

 それは一瞬で、見間違いと思った程だ。嫌な予感がする。何故か背中がゾワッとする。

 青年は無表情のままゆっくりと口を開いた。

「何の祝いがあるかは存じませんが、今この時をもって、ラング公爵家の取り潰しが決定しました。これから、この屋敷はグリード公爵家の管轄になります。これが、その旨が記された書状です。ご確認を」

 ……何を言ってる?

 ラング公爵家が取り潰されただと……

 私は青年が持って来た書状を乱暴に奪い取ると確認した。

 確かにこの書状には、ラング公爵家の取り潰しと、屋敷の所有権がグリード公爵に渡ったことが記されていた。王印も捺されている。疑いようもない。間違いなく、国王陛下が下したものだった。

 頭で理解するよりも早く、体が反応した。

 目の前が真っ暗になった。体に力が入らない。膝から崩れ落ちる。 

 ほんとに……ラング公爵家は取り潰されたのか…………

 呆然としている私を、青年はニヤリと嘲笑い見下ろしていた。

「そこに隠れている侍女。そう、貴女です。この屋敷で働く者全員をここに呼んで来なさい。早く」

 柱に隠れていた侍女に青年は命令する。脱兎の如く、侍女はその場を後にした。

 その場に残ったのは、グリード公爵の者たちと私だけ。

「…………旦那様……奥方様……ソフィア様は…………」

 私の呟く声が聞こえたのだろう。青年は冷たい目で私を見下ろしながら答える。

「ラング元公爵は貴族籍を剥奪され、今は地下牢に投獄中。愛人である女もな。その連れ子も一緒だ」

「……愛人……連れ子……?」

 そう呟くと、更に馬鹿にした口調で答える。

「罪状を読んでないのか? そこにちゃんと書かれているだろ? 議文書偽造ってな。婚姻届を偽造したんだ。お前たちが馬鹿みたいに心酔していた奥方様とお嬢様は平民だった訳だ」

 奥方様とソフィア様が平民……そんな馬鹿な!? 私は……平民に仕えていたのか……

「ところで、私も貴方に訊きたいですね。……どうして、マリエール様をそこまで虐げた? 平民に意地悪をしたからか? 笑わせる。唯一の味方である母親が死に、一か月もしないうちに本宅に愛人を引き込み、母親の部屋を愛人仕様にした。ましてや、自分の居場所を奪われ、廃墟に追いやられた子供が、少し意地悪をしたからってそれが罪になるのか?」 

「…………」

 まるで、自分のことをゴミのように見下ろす青年に、私は何も言い返せなかった。

「お前たちにも訊きたいな。誰か教えてくれないか?」

 集まった者を見渡し、青年は問いただす。誰も声をあげない。いや、あげれない。

「連れ子が泣いていたから、マリエール様が虐めた? お前らは阿呆か。実際、その目でマリエール様が虐めている場面を見たのか?」

 そう訊かれて、始めて私たちは気付いた。誰一人、あの娘が、ソフィア様を虐めた場面を見た者がいないことに。

 もしかして……虐めていない…………そんな……だとしたら、私は…………

「だけど、私は知っている。いや、が知っている。一人を除き、この場にいる全員がマリエール様を虐げ、時には罵倒し、虐待をし続けたことを。中には、あろうことか剣を向けた者もいる。武器も持たない、十歳の子供に対してだ。成人した大人がよく出来たものだ。恥を知れ!! 心底、私は軽蔑する。この場にいる全員を。よって、一人を除き、全員をこの時をもって解雇する!! 全員、荷物を持って屋敷から出て行け!!!!」

 静かだったホールが途端に喧騒に包まれた。全員が、青年に対し膝を折り嘆願する。

 この場に残してくれと。

 あの娘に謝らせてくれと。

 それは全部、自分の保身のためだ。この場に追いやられても、誰一人、心から謝ろうとする者はいない。

 その醜さに、青年は冷たい視線を更に冷たくする。まるで、汚物を見るような目で自分たちを見据えると、低い声で言い放った。

「これは主である、グリード公爵様の意向だ。紹介状も何もない。反対にお前たちを紹介した者、或いは家族に対し、正式な抗議文を既に送ってある。分かったらさっさと出て行け。ここにお前たちの居場所はない。素直に出て行かないのなら、騎士に引き渡す」

 その声と同時に半ば叩き出される私たち。

 グリード公爵家の侍女だろう。手際よく荷物が運び出されている。どれもが、元奥方様とソフィア様の物ばかりだ。

「これを全部売っても、マリエール様の賠償金の一部にもならないな」

 その独り言に、私は頭に血がのぼった。反射的に殴り掛かる。だが、全く相手にならなかった。今度は、青年によって、床に叩き付けられる。

「騎士に引き渡しますか?」

 グリード公爵家の一人が青年に尋ねる。だが、青年は「いや、いい」と断わった。

 そのまま私は、男たちに引きずられ、門の外に物のように捨てられた。

 目の前で閉まる、鉄門。

 今、自分にあるのはただ、ただ、絶望だけだ。

 紹介状もなく、抗議文を送られた私たちの未来はないだろう。

 どこで、自分は間違った……

 私はただ……旦那様を不幸せにする者を許せなかっただけだ。それだけだったんだ……



しおりを挟む
感想 326

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

「宮廷魔術師の娘の癖に無能すぎる」と婚約破棄され親には出来損ないと言われたが、厄介払いと嫁に出された家はいいところだった

今川幸乃
ファンタジー
魔術の名門オールストン公爵家に生まれたレイラは、武門の名門と呼ばれたオーガスト公爵家の跡取りブランドと婚約させられた。 しかしレイラは魔法をうまく使うことも出来ず、ブランドに一方的に婚約破棄されてしまう。 それを聞いた宮廷魔術師の父はブランドではなくレイラに「出来損ないめ」と激怒し、まるで厄介払いのようにレイノルズ侯爵家という微妙な家に嫁に出されてしまう。夫のロルスは魔術には何の興味もなく、最初は仲も微妙だった。 一方ブランドはベラという魔法がうまい令嬢と婚約し、やはり婚約破棄して良かったと思うのだった。 しかしレイラが魔法を全然使えないのはオールストン家で毎日飲まされていた魔力増加薬が体質に合わず、魔力が暴走してしまうせいだった。 加えて毎日毎晩ずっと勉強や訓練をさせられて常に体調が悪かったことも原因だった。 レイノルズ家でのんびり過ごしていたレイラはやがて自分の真の力に気づいていく。

姉妹差別の末路

京佳
ファンタジー
粗末に扱われる姉と蝶よ花よと大切に愛される妹。同じ親から産まれたのにまるで真逆の姉妹。見捨てられた姉はひとり静かに家を出た。妹が不治の病?私がドナーに適応?喜んでお断り致します! 妹嫌悪。ゆるゆる設定 ※初期に書いた物を手直し再投稿&その後も追記済

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

処理中です...