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第五章 保護者二人、愛し子を取り返すために奔走する
第九話 翼の色
しおりを挟む((翼の色?))
勿論、伊織とサスケは伊吹のことを覚えていた。
何度か、錦に連れられて本屋に遊びに来ていたからだ。極度の人見知りで、いつも錦の後ろに隠れていたな。確か……翼の色は灰色だったと記憶している。まさか……。
「天狗の優劣が翼の色だということは知っていますが。しかし、それだけの理由で……」
「貴殿方が思うそれだけの理由で、翔琉たちはそこまでしたのです」
琉花は絞り出すような小さな声で、だがはっきりと答えた。
天狗の優劣は、伊織の言う通り翼の色で決まっていた。
漆黒で艶があるほど優れていて、反対に色が薄ければ薄い程劣っていると認識されている。でもそれは迷信に近いもので、実際はそんなことはなかった。
そうでなければ、灰色の翼を持つ伊吹が、猛者が多い天狗たちの族長を務めることなど到底出来なかった。ましてや、長子という理由だけで、錦が指名することもなかった筈だ。
しかし現実は、錦が考えるより厳しかったようだ。
錦はある程度それを理解したうえで、それでも伊吹なら大丈夫だと判断した。長年側にいた翔琉も、重盛も、その実力をいずれ理解出来るだろうと、錦と琉花は信じていた……。
あまりに馬鹿げた、身勝手な理由に、伊織もサスケも呆れて言葉が見付からなかった。
ーー翼の色。
たったそれだけのためだけに、翔琉と重盛、そして二人を支持する一派は、睦月の命と全ての天狗族の命を賭けたっていうのか。何て愚かだ。愚か過ぎて、吐き気がする。そんな二人に、心痛な面持ちで重里が話し掛けてきた。
「……サスケ様、伊織様。御二方は、私の翼の色が灰色だとご存知だと思いますが……」と。
変化を解いた重里の背中には灰色の翼が生えていた。重里はそう前置きしたうえで言葉を続ける。
「重盛は、私を認めることがどうしても出来ませんでした。この姿を見ても分かると思いますが、私は重盛より法力の力が強いのです。自分より遥かに劣っていると思っている者が、実際には自分よりも力を持っている。その事実が、重盛は耐えられなかったのです。……昔から重盛は周囲の者たちに、私と比べられ辛い思いをしていました。おそらく……重盛は自分と翔琉様を重ねているのだと思います」
たがら……錦と琉花は悪くないのだと、重里は語った。
((何て甘ちゃんなんだ))
サスケと伊織は半ば呆れる。
「……翔琉も重盛も、それに加担した者たちも、皆いい大人なんだ。誰かのせいで起こしたっていう、責任逃れは通用しない」
黙って聞いていたサスケは、錦たちを見据えるとそう言い放つ。
厳しい言葉の裏に、誰の責任でもないという意図が含まれていたのを、錦たちは確かに感じ取っていた。伊織は黙って聞いている。伊織もサスケと同じ考えだったからだ。
錦はサスケから視線を逸らせ顔を伏せると、もう一度「……すまない」と告げた。そして、琉花も重里も顔を伏せ「「ありがとう(ございます)……」」とか細い声で礼を言う。
しかし、サスケと伊織の表情は厳しいままだ。
((おそらく、それだけが理由じゃないだろう……))
伊織とサスケは錦たちに視線を向けたまま考えていた。
主に対して、絶対の主従関係を築くのが天狗であり、それが何より幸せだと感じているのが天狗であった。
つまり、翔琉と重盛たちは、睦月を主と思わなかったということだ。
神獣森羅様の化身である前に人間である睦月を、彼らは主とは認めなかった。理由は明確だ。
翔琉と重盛は人間を蔑んでいるからだ。
〈常世〉に住んでいる人間は、伊織を含めると睦月しかいない。
他の人間は五体満足でいる者は少ないし、例え五体満足でいたとしても、精神が壊れてしまった者が殆どだ。力もなく、寿命も短い人間は、彼らの中で最も下位の立場なのだ。
だから……翔琉と重盛は、この計画を立てることが出来、実行に移すことが出来た。
そしてその考えが、天狗の、いや、常世全体の常識だと勘違いした。
狭い世界しか知らない彼らが導き出した答えは、下手すると、謀反が成功したとしても……天狗の地位そのものを失墜させる程のことを仕出かしたのだ。その認識が彼らには一切ない。常識がない彼らが、その火消しが出来るとは到底思わない。
実は、天狗たちが騒いでいることを知った時、伊織とサスケは伊吹について探りをいれていた。どういう人物で、どれ程の手腕を持っているか調べたのだ。
結果、伊吹はかなりの手腕だということを知った。翼の色など関係ないとまで称される程だ。
そこに至るまでの苦労を考えると、自然と伊吹の人柄も分かってくる。錦が伊吹を推したのも十分理解出来た。伊吹なら、弟たちが仕出かしたことを収めることが出来るだろう。それも、睦月が無事に限るが。
無事に収めることが出来ても、責任は必ず誰かが負わなければならない。
そうなると……伊吹は首謀者として、翔琉と重盛に重い処罰を与える筈だ。どのみち、成功してもしなくても、翔琉と重盛の未来は暗いに違いない。
今まで必死で築き上げてきた伊吹自身の信頼も、ガタ落ちするだろう。
伊織とサスケがそう考えるくらいだ。
おそらく錦も琉花も、そして重里も、その未来を想像出来た筈。
大切な子供や弟が負うべき未来を考えると、錦や琉花、重里の苦しみ、身を引き裂かれる程の辛さがひしひしと伝わってくる。大事な者だからこそ、その辛さは計り知れない。
だからといって、手を貸すことは絶対出来ない。するつもりもない。
もし手を貸せば、天狗全体の信用が失墜し、今まで築き上げてきた全てを失うことになりかねない。それこそ、弱き者、子供や年寄りまで及ぶ。かつて族長であった者が、息子がいくら可愛くても、それを許すわけにはいかなかった。
伊織とサスケは睦月のことが大事なのは変わりない。だがそれでも、錦は大事な存在だ。大切な仲間だと思っている。
だからこそ、苛立ちながらも、苦しむ錦たちに掛ける言葉を、伊織とサスケはどうしても見付けることが出来なかった。
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