43 / 46
第五章 保護者二人、愛し子を取り返すために奔走する
第九話 翼の色
しおりを挟む((翼の色?))
勿論、伊織とサスケは伊吹のことを覚えていた。
何度か、錦に連れられて本屋に遊びに来ていたからだ。極度の人見知りで、いつも錦の後ろに隠れていたな。確か……翼の色は灰色だったと記憶している。まさか……。
「天狗の優劣が翼の色だということは知っていますが。しかし、それだけの理由で……」
「貴殿方が思うそれだけの理由で、翔琉たちはそこまでしたのです」
琉花は絞り出すような小さな声で、だがはっきりと答えた。
天狗の優劣は、伊織の言う通り翼の色で決まっていた。
漆黒で艶があるほど優れていて、反対に色が薄ければ薄い程劣っていると認識されている。でもそれは迷信に近いもので、実際はそんなことはなかった。
そうでなければ、灰色の翼を持つ伊吹が、猛者が多い天狗たちの族長を務めることなど到底出来なかった。ましてや、長子という理由だけで、錦が指名することもなかった筈だ。
しかし現実は、錦が考えるより厳しかったようだ。
錦はある程度それを理解したうえで、それでも伊吹なら大丈夫だと判断した。長年側にいた翔琉も、重盛も、その実力をいずれ理解出来るだろうと、錦と琉花は信じていた……。
あまりに馬鹿げた、身勝手な理由に、伊織もサスケも呆れて言葉が見付からなかった。
ーー翼の色。
たったそれだけのためだけに、翔琉と重盛、そして二人を支持する一派は、睦月の命と全ての天狗族の命を賭けたっていうのか。何て愚かだ。愚か過ぎて、吐き気がする。そんな二人に、心痛な面持ちで重里が話し掛けてきた。
「……サスケ様、伊織様。御二方は、私の翼の色が灰色だとご存知だと思いますが……」と。
変化を解いた重里の背中には灰色の翼が生えていた。重里はそう前置きしたうえで言葉を続ける。
「重盛は、私を認めることがどうしても出来ませんでした。この姿を見ても分かると思いますが、私は重盛より法力の力が強いのです。自分より遥かに劣っていると思っている者が、実際には自分よりも力を持っている。その事実が、重盛は耐えられなかったのです。……昔から重盛は周囲の者たちに、私と比べられ辛い思いをしていました。おそらく……重盛は自分と翔琉様を重ねているのだと思います」
たがら……錦と琉花は悪くないのだと、重里は語った。
((何て甘ちゃんなんだ))
サスケと伊織は半ば呆れる。
「……翔琉も重盛も、それに加担した者たちも、皆いい大人なんだ。誰かのせいで起こしたっていう、責任逃れは通用しない」
黙って聞いていたサスケは、錦たちを見据えるとそう言い放つ。
厳しい言葉の裏に、誰の責任でもないという意図が含まれていたのを、錦たちは確かに感じ取っていた。伊織は黙って聞いている。伊織もサスケと同じ考えだったからだ。
錦はサスケから視線を逸らせ顔を伏せると、もう一度「……すまない」と告げた。そして、琉花も重里も顔を伏せ「「ありがとう(ございます)……」」とか細い声で礼を言う。
しかし、サスケと伊織の表情は厳しいままだ。
((おそらく、それだけが理由じゃないだろう……))
伊織とサスケは錦たちに視線を向けたまま考えていた。
主に対して、絶対の主従関係を築くのが天狗であり、それが何より幸せだと感じているのが天狗であった。
つまり、翔琉と重盛たちは、睦月を主と思わなかったということだ。
神獣森羅様の化身である前に人間である睦月を、彼らは主とは認めなかった。理由は明確だ。
翔琉と重盛は人間を蔑んでいるからだ。
〈常世〉に住んでいる人間は、伊織を含めると睦月しかいない。
他の人間は五体満足でいる者は少ないし、例え五体満足でいたとしても、精神が壊れてしまった者が殆どだ。力もなく、寿命も短い人間は、彼らの中で最も下位の立場なのだ。
だから……翔琉と重盛は、この計画を立てることが出来、実行に移すことが出来た。
そしてその考えが、天狗の、いや、常世全体の常識だと勘違いした。
狭い世界しか知らない彼らが導き出した答えは、下手すると、謀反が成功したとしても……天狗の地位そのものを失墜させる程のことを仕出かしたのだ。その認識が彼らには一切ない。常識がない彼らが、その火消しが出来るとは到底思わない。
実は、天狗たちが騒いでいることを知った時、伊織とサスケは伊吹について探りをいれていた。どういう人物で、どれ程の手腕を持っているか調べたのだ。
結果、伊吹はかなりの手腕だということを知った。翼の色など関係ないとまで称される程だ。
そこに至るまでの苦労を考えると、自然と伊吹の人柄も分かってくる。錦が伊吹を推したのも十分理解出来た。伊吹なら、弟たちが仕出かしたことを収めることが出来るだろう。それも、睦月が無事に限るが。
無事に収めることが出来ても、責任は必ず誰かが負わなければならない。
そうなると……伊吹は首謀者として、翔琉と重盛に重い処罰を与える筈だ。どのみち、成功してもしなくても、翔琉と重盛の未来は暗いに違いない。
今まで必死で築き上げてきた伊吹自身の信頼も、ガタ落ちするだろう。
伊織とサスケがそう考えるくらいだ。
おそらく錦も琉花も、そして重里も、その未来を想像出来た筈。
大切な子供や弟が負うべき未来を考えると、錦や琉花、重里の苦しみ、身を引き裂かれる程の辛さがひしひしと伝わってくる。大事な者だからこそ、その辛さは計り知れない。
だからといって、手を貸すことは絶対出来ない。するつもりもない。
もし手を貸せば、天狗全体の信用が失墜し、今まで築き上げてきた全てを失うことになりかねない。それこそ、弱き者、子供や年寄りまで及ぶ。かつて族長であった者が、息子がいくら可愛くても、それを許すわけにはいかなかった。
伊織とサスケは睦月のことが大事なのは変わりない。だがそれでも、錦は大事な存在だ。大切な仲間だと思っている。
だからこそ、苛立ちながらも、苦しむ錦たちに掛ける言葉を、伊織とサスケはどうしても見付けることが出来なかった。
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~
百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!?
男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!?
※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

烙印騎士と四十四番目の神
赤星 治
ファンタジー
生前、神官の策に嵌り王命で処刑された第三騎士団長・ジェイク=シュバルトは、意図せず転生してしまう。
ジェイクを転生させた女神・ベルメアから、神昇格試練の話を聞かされるのだが、理解の追いつかない状況でベルメアが絶望してしまう蛮行を繰り広げる。
神官への恨みを晴らす事を目的とするジェイクと、試練達成を決意するベルメア。
一人と一柱の前途多難、堅忍不抜の物語。
【【低閲覧数覚悟の報告!!!】】
本作は、異世界転生ものではありますが、
・転生先で順風満帆ライフ
・楽々難所攻略
・主人公ハーレム展開
・序盤から最強設定
・RPGで登場する定番モンスターはいない
といった上記の異世界転生モノ設定はございませんのでご了承ください。
※【訂正】二週間に数話投稿に変更致しましたm(_ _)m

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる