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第五章 保護者二人、愛し子を取り返すために奔走する

第八話 謀反

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 食事が終わった後、苦悶に満ちた表情を浮かべながら錦が切り出した。

「……すまない」と。

 それは錦の謝罪から始まった。

「今回の件は、俺の息子翔琉が、兄伊吹を追い落とすために起こした謀反だ。睦月様はそれに利用された。全ての責めは「いいえ!! 違います!!」

 自分にある。そう錦が続けようとしたが、途中でそれを遮る者がいた。

 遮ったのは、白翼船内で唯一灰色の翼を持つ少年だった。甲板にいた伊織とサスケを呼びに来た少年だ。少年は続ける。

「錦様は悪くありません!! 悪いのは弟の重盛です!! 重盛が翔琉様をそそのかしたのです」

「それは違うわ、重里。悪いのは全部私。私の育て方が悪かったから、翔琉は差別主義の利己的な子に育ってしまった……」

 さっきまでの威勢の良さは消え、今の彼女は弱々しく、そして小さく見えた。

「……琉花様」

 項垂うなだれる琉花に重里は言葉が続かない。三人は押し黙ってしまう。なんとも言えない重い空気が漂った。だがそれは、三人の周囲だけだ。

((俺(僕)は何を見せられてるんだ))

 反対に、伊織とサスケはこんな茶番を強制的に見せられて苛々が増す。

「いい加減にしてくれませんか。貴方方が責任の擦り合いをしたところで、睦月が無事に戻って来る保証はどこにもないんですよ」

 感情が完全に欠けた声音で、伊織は冷たく言い放つ。

 今度は違う意味で三人は押し黙った。

 静かに、だがとても深く、伊織とサスケは憤慨していた。その怒りは既に沸点を越えている。暴れ出さないだけ誉めて欲しい。そのレベルだったのに、錦たちは愚かにも二人を刺激する。そのことに、今三人は漸く気付いた。

「僕たちは誰が裏で糸を引いていたとか、関係ないんだ。もし、睦月さんに何かあったら、俺はお前たちをただではおかない。それだけの話だ」

 サスケは声を荒げることなく、伊織と同様に静かに告げた。

 伊織とサスケが本気になったら、黒劉山は間違いなく木っ端微塵に破壊される。そして天狗族は悉く滅ばされ、この世界から完全に消えてしまう。普段はおくびにも出さないが、それだけの力が彼らにはある。

 ーー殺される。

 改めて突き付けられた現実に、思わず唾を呑み込む。嫌な汗が全身から吹き出し止まらない。

 サスケと伊織の迫力に、錦たちは完全に呑まれていた。

 息子たちだけじゃない。今この場にいる自分たちも、最低最悪の二人を敵に回したのだ。そして知る。今錦たちが生かされているのは、白翼船の航行のためだけだってことを。

「一つ訊いても構いませんか?」

 伊織が錦に尋ねる。

 異様な喉の渇きに言葉を詰まらせながらも、錦は「ああ」と短く答えた。

「神獣森羅様の化身を危険な目に遭わす。その意味を理解したうえで、こんなことを仕出かしたのですか? 翔琉は?」

 神獣森羅様は〈常世〉において、五聖獣様に匹敵する程の影響力を持っている。時には、五聖獣様を凌駕することもあった。

 理に最も近い位置に存在する神獣森羅様は、この世界において最も尊い存在であり、神聖なものと認識されている。現に、五聖獣様は星読みを各地に置き、その出現を待ちわびていた程だ。

((その神獣森羅様を危険な目に合わせてまで、族長の地位が欲しいのか? デメリット高過ぎだろ))

 いや、デメリットしかない。

 伊織とサスケは、あまりにも馬鹿馬鹿しいと思えて仕方がなかった。

 もしこの事件が明るみに出ても出なくても、神獣森羅様の化身を危うくさせた天狗の立場は相当厳しいものになるだろう。「それを理解してるのか?」と伊織は尋ねているのだ。サスケも当初から疑問に思っていた。その疑問に答えたのは琉花だった。

「……伊吹の翼の色はご存知ですか?」

 琉花は重い口を開く。先代族長の妻の一人として、謀反人の母として。



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