戻るなんて選択肢はないので、絶対魔法使いの弟子になってみせます。

井藤 美樹

文字の大きさ
上 下
42 / 46
第五章 保護者二人、愛し子を取り返すために奔走する

第八話 謀反

しおりを挟む

 食事が終わった後、苦悶に満ちた表情を浮かべながら錦が切り出した。

「……すまない」と。

 それは錦の謝罪から始まった。

「今回の件は、俺の息子翔琉が、兄伊吹を追い落とすために起こした謀反だ。睦月様はそれに利用された。全ての責めは「いいえ!! 違います!!」

 自分にある。そう錦が続けようとしたが、途中でそれを遮る者がいた。

 遮ったのは、白翼船内で唯一灰色の翼を持つ少年だった。甲板にいた伊織とサスケを呼びに来た少年だ。少年は続ける。

「錦様は悪くありません!! 悪いのは弟の重盛です!! 重盛が翔琉様をそそのかしたのです」

「それは違うわ、重里。悪いのは全部私。私の育て方が悪かったから、翔琉は差別主義の利己的な子に育ってしまった……」

 さっきまでの威勢の良さは消え、今の彼女は弱々しく、そして小さく見えた。

「……琉花様」

 項垂うなだれる琉花に重里は言葉が続かない。三人は押し黙ってしまう。なんとも言えない重い空気が漂った。だがそれは、三人の周囲だけだ。

((俺(僕)は何を見せられてるんだ))

 反対に、伊織とサスケはこんな茶番を強制的に見せられて苛々が増す。

「いい加減にしてくれませんか。貴方方が責任の擦り合いをしたところで、睦月が無事に戻って来る保証はどこにもないんですよ」

 感情が完全に欠けた声音で、伊織は冷たく言い放つ。

 今度は違う意味で三人は押し黙った。

 静かに、だがとても深く、伊織とサスケは憤慨していた。その怒りは既に沸点を越えている。暴れ出さないだけ誉めて欲しい。そのレベルだったのに、錦たちは愚かにも二人を刺激する。そのことに、今三人は漸く気付いた。

「僕たちは誰が裏で糸を引いていたとか、関係ないんだ。もし、睦月さんに何かあったら、俺はお前たちをただではおかない。それだけの話だ」

 サスケは声を荒げることなく、伊織と同様に静かに告げた。

 伊織とサスケが本気になったら、黒劉山は間違いなく木っ端微塵に破壊される。そして天狗族は悉く滅ばされ、この世界から完全に消えてしまう。普段はおくびにも出さないが、それだけの力が彼らにはある。

 ーー殺される。

 改めて突き付けられた現実に、思わず唾を呑み込む。嫌な汗が全身から吹き出し止まらない。

 サスケと伊織の迫力に、錦たちは完全に呑まれていた。

 息子たちだけじゃない。今この場にいる自分たちも、最低最悪の二人を敵に回したのだ。そして知る。今錦たちが生かされているのは、白翼船の航行のためだけだってことを。

「一つ訊いても構いませんか?」

 伊織が錦に尋ねる。

 異様な喉の渇きに言葉を詰まらせながらも、錦は「ああ」と短く答えた。

「神獣森羅様の化身を危険な目に遭わす。その意味を理解したうえで、こんなことを仕出かしたのですか? 翔琉は?」

 神獣森羅様は〈常世〉において、五聖獣様に匹敵する程の影響力を持っている。時には、五聖獣様を凌駕することもあった。

 理に最も近い位置に存在する神獣森羅様は、この世界において最も尊い存在であり、神聖なものと認識されている。現に、五聖獣様は星読みを各地に置き、その出現を待ちわびていた程だ。

((その神獣森羅様を危険な目に合わせてまで、族長の地位が欲しいのか? デメリット高過ぎだろ))

 いや、デメリットしかない。

 伊織とサスケは、あまりにも馬鹿馬鹿しいと思えて仕方がなかった。

 もしこの事件が明るみに出ても出なくても、神獣森羅様の化身を危うくさせた天狗の立場は相当厳しいものになるだろう。「それを理解してるのか?」と伊織は尋ねているのだ。サスケも当初から疑問に思っていた。その疑問に答えたのは琉花だった。

「……伊吹の翼の色はご存知ですか?」

 琉花は重い口を開く。先代族長の妻の一人として、謀反人の母として。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron
ファンタジー
いつもの様にジムでトレーニングに励む主人公。 自身の記録を更新した直後に目の前が真っ白になる、そして気づいた時には異世界転移していた。 魔法の世界で魔力無しチート無し?己の身体(筋肉)を駆使して異世界を生き残れ!

処理中です...