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第四章 銀色の少女
閑話 白い鳩と赤いリボン
しおりを挟む神獣森羅様の化身が、再び常世にお戻りになられたのが明らかになったのが、二か月前。
当時伊吹は、五聖獣様たちの意見を尊重していた。それが最も、睦月様にとって最良だと思っていたからだ。
当時の睦月様は、起き上がるのもままならない程、心身共に弱り切っていたと聞いたからだ。【界渡り】はそれほど危険な術なのだろう。それに、睦月様は人間でいらしゃる。
その時は長老たちも納得していたが、いざ、睦月様の体調が戻ると彼らは騒ぎだした。厳しい冬の間だけでも睦月様をお越し頂き、黒劉山に逗留して頂こうと画策し始めた。
本来天狗族は、聖獣様を守護することを主な任としていた。
優れた武力と強靭な肉体、そして法術を得意とする天狗族は、自然と聖獣様の警護の任を任されるようになり、そのことを誇りとしていた。
神獣森羅様は五聖獣様より位が高い神獣である。
その化身は最も尊い者とされ、その出現は千年に一度あるかないかくらいの頻度だった。本来ならば。
先々代の族長の代に神獣森羅様の化身が出現し、後に彼女は北の大陸に本屋を開いた。
当時、まだ族長になっていなかった錦は狛犬のサスケ様と共に、神獣森羅様に長い間使えていた。
しかし、今の店主に店を託すと、神獣森羅様は忽然とお隠れになった。
千年を待たずに再び姿を現されたことに、当然天狗族は沸き上がった。
だが、忽然とお隠れになった件を覚えている者も多く、その想いが想像以上に暴走してしまった。大半はそうだろう。だが、一部は……。
結果ーー。
睦月様を連れ去るという、強引な行為へと走らせたのだった。
そしてその先頭に立ち誘導していたのが、弟の翔琉が率いる一派だった。
神獣森羅様の警護が出来る世代に生まれたことは、何よりも誇りであり、名誉なことであった筈だ。多くの者はそう思っている。
しかし中には、残念ながらそう思わない者もいる。
目先の褒美に目が眩んだ者たちと、差別意識を持っている者たちだ。
後者の筆頭が睦月様を黒劉山へ呼ぶことに固執していた、弟の翔琉だった。
翔琉がどういう意図で、睦月様をお連れしようとしていたのか、伊吹には容易に想像出来た。
魔法使いであり、神獣森羅様の化身とはいえ、元を正せば睦月様は人間である。
人間に仕える気など、彼らには更々ない。
この世界で人間は最も弱く脆弱な存在だ。地位も勿論、最下位といっても過言ではない。自意識だけが高い翔琉たち一派にとって、人間に仕えることは屈辱以外のなにものでもなかった筈だ。
力こそ全ての天狗族にとって、人間は最も憐れむべき存在。
しかし、睦月様は違う。
そのことに、翔琉は気付かない。
同じ人間だと軽視したからこそ、彼らはこの計画をたて実行に移すことが出来たのだった。
伊吹は庭に面した廊下に立ち空を見上げていた。
「族長、気を落とされますな。必ず、睦月様たちは無事見付かりますから(死体で)」
翔琉は伊吹の足下に膝を付き座ると、その口から出たのは慰めの言葉だった。
伊吹は翔琉の顔に視線を移す。
その顔は神妙な面持ちだった。しかしその目は、暗い影を色濃く含み、凍り付く程冷えきっていた。少なくとも、兄であり族長に見せる目ではなかった。
「(やはりな)ああ……」
伊吹が庭に視線を移し、そう答えた時だった。
一羽の白い鳩が、庭に置かれた岩の上に留まった。鳩は軽く羽を羽ばたかせると砂利に下りた。鳩は砂利を歩いて伊吹たちに近付いて来る。その首には赤いリボンが結んであった。
「誰かが飼っていたものですかね」
飛んで行く鳩を見ながら翔琉が言った。
翔琉は鳩に視線を向けていなかったので見ていなかった。「そうだな」と答えた時の伊吹の目を。
もし見ていれば……違和感を感じていた筈だ。そしたら、何らかの手を打てただろう。
首に赤いリボンを結んだ白い鳩。
それは……伊吹が待ちに待っていた報せだった。
「翔琉。詳細が聞きたい。重盛を呼び戻せ」
伊吹は翔琉にそう命じた。
「御意」
翔琉はそう答えると、文を出すためにその場から立ち去った。その顔には醜悪な笑みが浮かんでいた。
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