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第四章 銀色の少女
第五話 サス君の口から聞きたい
しおりを挟む殆ど待つことなく、直ぐに栞は御膳を運んで来た。
「すみません、睦月様。今はこのようなものしか出せませんが……」
申し訳なさそうに出された食事は、料亭や旅館の朝御飯みたいで、私にとってはとても豪勢なものだった。着る物といい、誘拐されたのに、私の扱いはどうみてもそれとは違っていた。
「……口に合いませんでしたか? 睦月様」
考え込んでしまって自然と箸が止まった私を見て、栞は不安そうに声を掛けてくる。
「えっ……あっ、ううん。とても美味しいです」
「本当ですか?」
自信がないのか、確かめてくる。
「うん。とても美味しいよ」
薄味だけど、出汁が染み込んでいてとても美味しかった。
栞は嬉しそうに微笑んだ。だけど食が進まない私を見て、栞は顔を曇らせる。
「御気分がすぐれませんか? 床を用意しましょうか?」
「睦月さん、大丈夫ですか?」
心配そうに声を掛けてくる、栞とサス君。私は安心させるために微笑む。
「大丈夫。考え事をしていただけだから。……栞さんだったかな。どうして、私のことを様付けで呼ぶの? 着る物も食事も豪華だし……」
私の疑問に、栞は驚きの表情を浮かべる。
反対に、サス君は顔を曇らせた。狛犬だけど不思議と分かった。
「……睦月様。私のことは栞とお呼び下さい」
栞はそう私に告げてから言葉を続ける。
「睦月様は、御自身のことを何も御存じないのですか!?」
栞は驚きを隠せないでいる。
栞に向けていた視線をサス君に向ける。サス君は気まずいのか、下を向いて小さくなっていた。
そんな私とサス君の様子を見て栞は何かを察したのか、それとも空気を読んだのか、冷めたお茶を淹れなおすために席を外した。
栞が出て行くのを見送ってから、軽く息を吐き出すとサス君の名前を呼んだ。
「……サス君」と。
途端に、ビクッと体を竦ませるサス君に、怒りなんて沸かなかった。やっぱり知ってたんだね。黙っていたことに理由があるのだと、無条件に思う。
そんなことよりも……他の誰からじゃなく、サス君の口から直接聞きたかった。知りたいと思った。
サス君は私の気持ちを酌んで、ポツリポツリと話し始める。
「……睦月さんは、伊織から生き返ったって聞きませんでしたか?」
あの時交わした会話を思い出す。
「うん。聞いた」
確かに、伊織さんは私に向かって「生き返った」って言った。
それに、今でもはっきりとあの時の感覚を覚えている。
何かが、私の体を突き抜けて行った、あの何とも言えない奇妙な感覚と、全身を包み込んだ温かい温度をーー。
「睦月さんが生き返らせたのは、伊織ではありません。〈森羅〉という神獣です。〈森羅〉は異世界を繋ぐ通路、異世界と異世界の狭間を主に縄張りとしています。……睦月さんは、その〈森羅〉に遭遇し触れた。それによって生き返ったんです」
サス君の言葉は、私にかなりの衝撃を与えた。衝撃が大き過ぎて言葉が出て来ない。頭で整理しようとするが出来なかった。
「…………シンラ……」
ただ……ポツリと単語が漏れる。
ーーシンラ。
それは、あの老紳士が消える直前に残した言葉だった。
全てが繋がっていることに気付く。
「睦月さん。森羅万象という言葉の意味を知ってますか?」
私の様子を見ながらサス君は説明を続ける。
素直に首を横に軽く振った。四字熟語としては知ってるけど、意味を訊かれると正直あやふやだった。
「森羅万象とは、天と地。その間にある全てのものを指し、全ての現象の総称を指しています。そしてーー」
一旦言葉を切ると、サス君は私の目を見詰め続けた。
「神獣森羅は【理】に最も近いものであり、【理】そのものだと言われています」
故に、【理】を歪めることも可能なのだ。
例えば、一度死んだ者を生き返らせることも、可能だということだ。
神獣森羅が望めばーー。
「神獣森羅は誰の目にも映ることはありません。唯一……具現化された存在だけは、僕たちでも見ることが出来る。神獣森羅に力を分け与えられた者。つまり、神獣森羅によって、奇跡をその身に起こした者です」
「……私のように」
「はい。だから、栞は睦月さんのことを生き神様として崇め、敬っているんです」
(なるほど……納得した)
でも正直、実感が全然なかった。
私に様を付けて呼ぶ理由は分かったよ。しかし、誘拐された理由は分かんないままだ。まぁ、私が神獣森羅に出会ったことが絡んでるとは思うけどね。それしかないでしょ。それがどう繋がっていくかは、ここにいれば、おのずとはっきりしていくんじゃないかって思う。
「サス君が、私のことを呼び捨てにしてくれないのは、そのせい?」
気になっていたことを訊いてみる。すると、サス君は頷く。
(ちょっと、寂しいな)
「本当は、様を付けて呼ぼうとしたのを、伊織に止められてしまって……」
サス君は言葉を濁した。
(やっぱり、伊織さんは知ってたんだ……)
知ってて黙ってたんだ。何で教えてくれなかったんだろう。タイミングはあったのに。私のことで私だけが知らないのは嫌だ。でも……今は……。目を瞑り考え込む。
色んなことが頭を過るが、今は答えが思い浮かばない。
なら、無理して出ない答えを答える必要はないよね。暫く考えて、私は決めた。
「…………分かった。でも今は、皆の所に帰ることを一番に考える」
サス君に告げる。そして、サス君の銀色の頭を撫でた。サス君は気持ち良さそうに耳を横に倒している。
私とサス君の話し合いが一段落した頃。
栞が「宜しいですか? 睦月様」と声を掛けてきた。勿論、入室を許可する。
すると、「失礼します」と言ってから入って来た。熱いお茶と柿をおぼんにのせている。
(取り合えず、今は食べて力を付ける。そして、情報を集めなきゃ)
入って来た栞に声を掛けた。
「ありがとう、栞。食べたら、船内案内してくれる?」
私のお願いに、栞はにっこりと微笑む。
「はい。喜んで!!」
「ありがとう」
私はそう答えると、栞が持って来た柿を頬張った。とても熟れてて美味しかった。
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