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第四章 銀色の少女

第一話 銀色の狛犬(1)

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「…………睦月さん……睦月さん……」

(誰……?)

 誰かが頬を押しながら、何度も何度も私の名前を心配に呼んでいる。

「…………う……ん……」

 意識が戻り掛けると、私を呼ぶ声が更に大きくなった。頬を押す手に力がはいる。頬に鋭い痛みが走った。その痛みに目を覚まし掛ける。

「睦月さん!!」

 その声に勢いよく上半身を起こす。

 すると、何かがコロコロと転がって行った。

「ん……」

 失敗したよ……。勢いよく起き過ぎて軽く目眩がした。目を瞑り、掌で額を軽く押さえ治まるのを持つ。

 その時、唐突に思い出した。自分が誘拐されたことをーー。

「大丈夫ですかっ!!」

 部屋の隅から焦った声が聞こえてきた。

(誰!?)

 そういえば、今何かが転がって行ったような……。

「…………」

 無言だ。心配されても、警戒心マックス。当然だよね。友達が目の前で傷付けられたんだよ。ましてや誘拐されたんだよ、私。

「どこか痛みますか?」

 返事をしない私を心配して、声の主は再度尋ねてくる。子供特有の甲高いその声に聞き覚えが全くなかった。

 部屋の隅まで蝋燭ろうそくの光が届かないのか、それとも蝋燭の数が少ないのか、影にまぎれて姿が見えない。声だけが聞こえる。だけど、部屋の隅で何かが動いているのは気配で分かった。

(怖っ!!)

 霞が掛かって、ぼんやりとしていた頭が一気に晴れた。恐怖でね。

「睦月さん。大丈夫ですか!?」

 何度も問い掛けてくる。子供の声で。警戒心を解くためか、それとも子供なのかは分からないけど、返事をしなかった。普通、出来るわけないよね。

 それでも私を心配したのか、部屋の隅に飛ばされた塊が急いで駆け寄って来る。蝋燭に塊の姿が照らし出された。

(えっ!! 何っ!?)

 思わず、まじまじと見ちゃったよ。

 だって、駆け寄って来たのは、一頭の銀色の子犬だったんだから。まさか、犬とは思わなかったよ。

 大きさはトイプードルぐらい。首輪の代わりに、紅白の縄が交差して編み込まれた縄で括られている。まるでしめ縄のようだ。

「もう少し、横になった方がいいですよ。睦月さん」

 銀色の喋る子犬は知らないが、こんな話し方をする人をよく知っていた。まさかと思いつつ、

「…………サス君?」

 と、おずおずしながら名前を呼んでみた。

「どうかしましたか?」

 名前を呼ばれた銀色の子犬は、不思議そうに首を傾げて私を見上げている。

(否定しないってことは、本当にサス君なの!?)

「その姿……」

 私の指摘で、サス君は改めて自分の姿を確認して納得した。

「あぁ……この姿が、僕の本当の姿ですよ。僕は元々狛犬ですから」

 挙動不審な態度に納得したサス君は、さらりと自分の正体を暴露した。

「サス君って、狛犬なの!?」

(マジで。狛犬って、神様の使いじゃなかった!? もしかしてサス君って、実はすっごく偉いのでは……?)

 驚きを隠せないよ。

 犬科のあやかし(犬耳とフサフサの尻尾だから)だとは思ってたけど……まさか、犬は犬でも狛犬だとは思わなかったよ。まじまじとサス君を凝視する。

「はい。っと言っても、今は分身みたいなものですから。こんなみすぼらしい姿をしていますが」

 サス君は照れたように前足で耳の裏を掻いた。

(か……可愛すぎる!!!!)

 思わず抱き締めたくなるが、サス君の人型の姿を思い出してなんとか押し止まる。

 沈黙を体調不良からだと思ったサス君は、心配そうに潤んだ目で見上げてくる。そんな目で見られたら両手が~~。

「どうかしましたか? まだ、具合がわるいようでしたら、横になった方が……」

(うん。やっぱり、この言い方はサス君だ)

 姿は全く違うけど、間違いなくサス君だ。

 心配性なところも全然変わらない。

 どこか安心する。無意識のうちに緊張してたのかな、次第に体の力が抜けていくのを感じた。

 一人じゃないことが、とてもとても嬉しかった。すっごく、心強く感じたんだ……。


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