戻るなんて選択肢はないので、絶対魔法使いの弟子になってみせます。

井藤 美樹

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第三章 働き始めていきなりこれですか

第九話 玄武と死神(2)

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「お待ちしておりました。伊織様、サスケ様」

 玄武様の筆頭執事が頭を軽く下げ、謁見の間に伊織とサスケを通し扉を閉めた。

 伊織とサスケが謁見の間の中央まで歩みを進めた時だった。

 サスケが突如唸り声を上げ、目の前の老人に飛び掛かろうとした。

 だが、どうしても出来なかった。

 体が硬直して動かなかったからだ。

 伊織がサスケの影を踏んで動きを封じていた。まるでそうするだろうと、予想していたかのように。

「やはり気付いておったか、伊織」

 笑いを含んだ低い声が玉座から発せられた。

 見た目は黒髪の優しそうな美形な青年なのに、発せられるその声は腹に響くような重量感があった。

 サスケと伊織の全身の毛穴が引き締まる。

 名指しされた伊織は平然としているように見えるが、実は圧倒され腹に力を入れないと、体が小刻みに震えそうになる。言葉がもつれそうになった。

「…………タイミングが、あまりにも合っていましたので。それに、神王都にいらっしゃる筈の死神様が玄武様の領地に入られて、気付かない筈ないと思いました」

 実は二日前の夕方、王城から突然伝書鳩が飛んで来た。「森羅しんら様に渡したい物があるから登城するように」と。

 その間の襲撃だ。タイミングが良過ぎる。不審に思っても仕方がなかった。

「買い被り過ぎだな、伊織。我はそんなに万能ではないぞ」

 玄武様は笑いながら言った。

「でも、天狗たちの動きは知っておられた」

「ああ。天狗たちの動きは前から把握していた。朱雀の考えは、我のにわざわざ声を掛けてきた時点で気付いたな」

 悪びれることなく玄武様は答える。

「気付いて、そのままにしていたと」

 幾分、伊織の声が低くなった。それを見て、玄武様は苦笑する。

「我もほとほと手を焼いていてな。伊織も知っておるだろ。麒麟がいくら言っても、奴らは納得せん。皆、睦月が欲しいのだ。それなら、睦月自身で決めてもらおうと考えた。睦月の言葉なら、皆納得するだろう」

「だからといって!!」

 拘束を解かれたサスケが声を荒げた。

「そう怒るな、サスケ。天狗たちは睦月に危害を加えるつもりで誘拐したのではない」

「しかし!!」

 尚も食い下がろうとするサスケの言葉を遮るように、玄武様な言葉を続けた。

「もうすぐ、約束した一か月がくる。お前たちは、睦月に何も知らせずに選択させるつもりだったのか?」

 玄武様は全てを知っていた。身内内の約束事だったのに。情報源は言わずもがなだが。陣しかいないだろう。

 陣に対して色々思うが、今はそれよりも玄武様が告げた内容に、サスケは言葉を詰まらせる。

 隣にいた伊織も何も言わず、黙って玄武様の言葉を聞いていた。言えなかったといった方が正しい。

 伊織自身が、あの時、皆の言葉を遮って一か月待つと決めた。

 それは、睦月のためだった筈だ。

 でも……心のどこかで、真実を先伸ばしにしたかったのも事実だった。真実を知った時、睦月がどういう答えを出すのかが……正直、伊織は怖かったのだ。

 それは、サスケも同じだった。

 その考えが戸惑いを生んだ。

 玄武様にそこを的確にかれたのだ。伊織とサスケが何も言える筈なかった。

「ちょうどよいではないか。睦月の考えを知る機会だと思えば」

 玄武様は諭すように、伊織とサスケに言った。

「……では、これから睦月を迎えに行きますので」

 黙っていた伊織が漸く口を開き、玄武様に頭を下げる。

「あまり乱暴なことはするなよ」

 一言、玄武様は釘をさす。

 伊織はそれには答えず、再度頭を下げると謁見の間を後にした。サスケも玄武様たちに頭を下げると伊織に続いた。




 玄武は伊織とサスケを見送ると軽く溜め息を吐く。そして、長年の友人に声を掛けた。

「怒らせてしまったな。しかし、過保護だとは思わんか……」

「貴方様も十分過保護ですよ」

 微笑みながら死神は答えた。

「そうか? しかし、我らの企みを知ったら、あいつらは我を恨むだろうな……」

 玄武が何を言おうとしているのか、友人である死神には分かっていた。

 珍しく、力なく呟く玄武に、分かっているからこそ死神は掛ける言葉がなかった。上辺うわべだけの言葉ならいくらでも言える。でも、友人だからこそ言えなかった。


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