21 / 46
第三章 働き始めていきなりこれですか
第九話 玄武と死神(2)
しおりを挟む「お待ちしておりました。伊織様、サスケ様」
玄武様の筆頭執事が頭を軽く下げ、謁見の間に伊織とサスケを通し扉を閉めた。
伊織とサスケが謁見の間の中央まで歩みを進めた時だった。
サスケが突如唸り声を上げ、目の前の老人に飛び掛かろうとした。
だが、どうしても出来なかった。
体が硬直して動かなかったからだ。
伊織がサスケの影を踏んで動きを封じていた。まるでそうするだろうと、予想していたかのように。
「やはり気付いておったか、伊織」
笑いを含んだ低い声が玉座から発せられた。
見た目は黒髪の優しそうな美形な青年なのに、発せられるその声は腹に響くような重量感があった。
サスケと伊織の全身の毛穴が引き締まる。
名指しされた伊織は平然としているように見えるが、実は圧倒され腹に力を入れないと、体が小刻みに震えそうになる。言葉が縺れそうになった。
「…………タイミングが、あまりにも合っていましたので。それに、神王都にいらっしゃる筈の死神様が玄武様の領地に入られて、気付かない筈ないと思いました」
実は二日前の夕方、王城から突然伝書鳩が飛んで来た。「森羅様に渡したい物があるから登城するように」と。
その間の襲撃だ。タイミングが良過ぎる。不審に思っても仕方がなかった。
「買い被り過ぎだな、伊織。我はそんなに万能ではないぞ」
玄武様は笑いながら言った。
「でも、天狗たちの動きは知っておられた」
「ああ。天狗たちの動きは前から把握していた。朱雀の考えは、我の友人にわざわざ声を掛けてきた時点で気付いたな」
悪びれることなく玄武様は答える。
「気付いて、そのままにしていたと」
幾分、伊織の声が低くなった。それを見て、玄武様は苦笑する。
「我もほとほと手を焼いていてな。伊織も知っておるだろ。麒麟がいくら言っても、奴らは納得せん。皆、睦月が欲しいのだ。それなら、睦月自身で決めてもらおうと考えた。睦月の言葉なら、皆納得するだろう」
「だからといって!!」
拘束を解かれたサスケが声を荒げた。
「そう怒るな、サスケ。天狗たちは睦月に危害を加えるつもりで誘拐したのではない」
「しかし!!」
尚も食い下がろうとするサスケの言葉を遮るように、玄武様な言葉を続けた。
「もうすぐ、約束した一か月がくる。お前たちは、睦月に何も知らせずに選択させるつもりだったのか?」
玄武様は全てを知っていた。身内内の約束事だったのに。情報源は言わずもがなだが。陣しかいないだろう。
陣に対して色々思うが、今はそれよりも玄武様が告げた内容に、サスケは言葉を詰まらせる。
隣にいた伊織も何も言わず、黙って玄武様の言葉を聞いていた。言えなかったといった方が正しい。
伊織自身が、あの時、皆の言葉を遮って一か月待つと決めた。
それは、睦月のためだった筈だ。
でも……心のどこかで、真実を先伸ばしにしたかったのも事実だった。真実を知った時、睦月がどういう答えを出すのかが……正直、伊織は怖かったのだ。
それは、サスケも同じだった。
その考えが戸惑いを生んだ。
玄武様にそこを的確に衝かれたのだ。伊織とサスケが何も言える筈なかった。
「ちょうどよいではないか。睦月の考えを知る機会だと思えば」
玄武様は諭すように、伊織とサスケに言った。
「……では、これから睦月を迎えに行きますので」
黙っていた伊織が漸く口を開き、玄武様に頭を下げる。
「あまり乱暴なことはするなよ」
一言、玄武様は釘をさす。
伊織はそれには答えず、再度頭を下げると謁見の間を後にした。サスケも玄武様たちに頭を下げると伊織に続いた。
玄武は伊織とサスケを見送ると軽く溜め息を吐く。そして、長年の友人に声を掛けた。
「怒らせてしまったな。しかし、過保護だとは思わんか……」
「貴方様も十分過保護ですよ」
微笑みながら死神は答えた。
「そうか? しかし、我らの企みを知ったら、あいつらは我を恨むだろうな……」
玄武が何を言おうとしているのか、友人である死神には分かっていた。
珍しく、力なく呟く玄武に、分かっているからこそ死神は掛ける言葉がなかった。上辺だけの言葉ならいくらでも言える。でも、友人だからこそ言えなかった。
0
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
1人生活なので自由な生き方を謳歌する
さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。
出来損ないと家族から追い出された。
唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。
これからはひとりで生きていかなくては。
そんな少女も実は、、、
1人の方が気楽に出来るしラッキー
これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です
渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。
愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。
そんな生活に耐えかねたマーガレットは…
結末は見方によって色々系だと思います。
なろうにも同じものを掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる