10 / 46
第二章 人生最大の岐路に直面しました
第三話 答えはとうに決まってる
しおりを挟む「私には、何も言うことはないのね」
いつの間にか横に立っていた小町さんの顔を見上げた瞬間、私はまたしても声にならない悲鳴を上げてしまった。
「小町。睦月が固まってる」
苦笑しながらそう言うと、小町さんは慌てていつもの小町さんに戻った。
伊織さんは小町さんが持っていた漫画の雑誌を手に取ると、キラキラと目を輝かせている子供たちに渡した。
子供たちはそれを嬉しそうに受け取ると、さっきまで喧嘩をしていたことなど忘れ、お金を置いて皆で仲良く店を出て行った。
伊織さんは子供たちを見送ると、小町さんに何事もなかったかのように告げる。
「小町。後もう少し頼むね」と。
「…………」
黙り込む小町さん。
小町さん、顔がとても怖いです。背後に般若のお面が浮かんで見えるのは私だけかな。
伊織さんは特に気にもしていない。
それよりも、帰って来たばかりなのに、伊織さんは休む暇なく次の仕事をしようとしている。
(大丈夫かな? 疲れてるのに。心配だよ)
口に出来ないで見上げる私に、伊織さんは微笑みながら頭を撫でてくれた。その手の温かみは、不思議と心地良く安心出来た。
(安心出来るけど……)
不安になる。
相反した気持ちが私を苛む。苦しくて、思わず胸に手を当てる。
伊織さんの言動を心得てるのか、小町さんは大きな溜め息を吐いてから、「しょうがないわね」と諦めたように答えた。
私と小町さんが軽く手を振ると、伊織さんはサス君と一緒に店の奥に消えた。そしてその日一日中、伊織さんは店の奥に閉じ籠って出て来なかった。
伊織さんが帰って来た。
それは同時に、この世界との離別を意味している。伊織さんしか戻すことが出来ないから。
ある意味、流されるまま生きて来た私は、この一か月あまり、色々なことを考えていた。一番頭を使った一か月だったよ。
考えるのは、自分の未来ーー。
皆がいない世界を想像してみる。
想像した途端、体中の血が一気に冷たくなるのを感じた。冷や汗が吹き出し、手足の先が氷のように冷たくなる。想像すること自体、体が拒否していた。
例え、私が皆のことを忘れてしまっても、確実に失ってしまうものがあるんだ。
失ったものは絶対取り戻せない。
今回のように、また来れる確信なんてどこにもないんだよ。最悪来れたとして、再び皆に会えるとは限らない。それどころか、また死んじゃう可能性もある。
失えば、二度と手に入らないもの。
それは……大切な時間。
大切な想い。
大切な人たち。
この一か月間で、私は人として大切なものを取り戻せた気がする。
情けないけど。まだそれを、表に上手く出せない。だけど、これだけは言えるよ。
麻痺し凍っていた心に、『なんでも本屋』の住人たちが、新たな温かい血液を流してくれたってね。
それは、血の繋がった家族ではなく、頭に角が生えた鬼の兄妹。犬の獣人のサス君。そして……私を救ってくれた伊織さんだった。
心優しき、あやかしたち。
私の答えはとうに決まっていた。
1
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です
渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。
愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。
そんな生活に耐えかねたマーガレットは…
結末は見方によって色々系だと思います。
なろうにも同じものを掲載しています。

愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる