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終章
四か月後
しおりを挟む「巽さん、犯人捕まったんですね」
依頼された行方不明者リストの一人が、一か月前、白骨遺体で発見された。
司法解剖の結果、骨に十ヵ所以上の複雑骨折と頭蓋骨の陥没があったことから、死因は轢き逃げによる全身強打と、高い場所からの墜落による脳挫傷が死亡原因だと断定された。
彼女が行方不明になったのは、五年前ーー。
親と喧嘩した女子中学生が、家を飛び出し国道を一人歩いていたところを、背後から来た大学生グループが運転する車に撥ねられたらしい。
脇見運転の末の轢き逃げ事件。
最悪なことに、彼らは救急車を呼ぶことも、助けを求めることもしなかった。
有名大学に通っていた彼らは、自分たちの保身のために、まだ息のある女子中学生を無情にも、そのまま崖下に投げ捨て帰路に着いた。その大学生グループが今朝捕まったのだ。
本当に悲しい事件だった。
「ああ。例の遊園地に、肝試しに行く途中だったらしい。グループの一人がチケットを持ってたみたいだな」
巽は苦虫を潰したような表情を隠そうともせずに答える。
「……親からすれば、行かなくてよかったですね」
何処とは、敢えて言わないが。
マスコミによって徹底的に追求され、社会から制裁された彼らが、刑務所を出所した後、どんな風に残りの長い人生を生きて行くことになるのか、正直分からない。まぁ、当然厳しいものになるだろう。
だが、あやかしの玩具や餌になるよりは、まだ人として生きていける方が、よほどマシじゃないか。そう思うのは勇也たちだけかもしれない。チケットを持っていた奴はどう思うかはしらないが。
「そうだな……」
巽は短く答える。それ以上、言葉が見付からない様子だ。
あの不思議な一夜から四か月が過ぎた。ほんと、あっという間だった。あまり思い返すこともなかった。忙しかったのもあるが。
結局のところ、勇也はグズ男たちの制裁の映像を見るのは拒否した。これで良かったのだと、今は心からそう思う。
だけど今でも、あの少女の姿をした人鬼の顔を思い出すことがある。勿論、ウサギのレン太も道化もだ。
訊いてきた勇也が「知りたくないな」と答えたあの時、麗は一瞬呆気とられたようだが、すぐにカラカラと笑った。
そしてひとしきり笑った後、麗はニヤリと笑った。
そう。ニヤリとーー。
その黒い笑みを間近で見て、勇也の体は瞬時にピシッと凍り付いた。人とは違う。あやかしとしての本性の一部を、一瞬垣間見た気がした。
だが不思議と、心までは凍り付くことはなかった。耐性がついたのか。妙に冷静に、この状況を把握出来ていた。
彼らあやかしが、自分に対して、妙に関心があることは始めから感じていた。だからか、あの時、これ以上は踏み込むのは危険だと把握しながらも、思い切って尋ねることが出来た。
ーーどうして、俺にプラチナチケットを送ったのか、と。
あの時、自分が一言「知りたい」と答えていたら、たぶん自分は……今この場にいないだろう。
無事帰って来れた勇也に苦笑しながら、柳井と華はそう教えてくれた。それは大げさではなく事実だと、勇也自身が一番痛感していた。
何故、彼らが自分にあれほど関心を示すのか。
何故、わざわざ人間の肉体を手にいれてまで、自分たちの敵である人間の世界に来るのか。
何故、SNSを最大限まで利用し、人間を呼び寄せるのか。
疑問はまだまだ色々ある。
結局のところ、何も分からなかった。
もし、あの時「知りたい」 と答えていたら、彼らは教えてくれたのかもしれない。もしかしたら、 その言葉を欲するために園内ツアーを組んだのかもしれない。考え過ぎかもしれないが……。
でもそれらは、知ってはいけない真実だ。
わざわざ、人生を天秤に掛けてまで知ることじゃない。
行き過ぎた好奇心は身を滅ぼす。
だから勇也は自分で訊きながらも、結局「知りたくない」と答えた。
そしてその足で、皆と一緒にドールハウスを出た。
一歩足を外に出した瞬間、不思議なことに、勇也たちは桜ドリームパークの跡地に立っていた。幸いにも、誰一人記憶を失うことなく。中身が変わることなく。
時計を見ると、二時間ほどしか経っていなかった。どうやら時間の流れは、向こうもこちらも然程変わらないらしい。ほんと、よかった……。一か月とか経っていたら、ほんと洒落にならない。
勇也たちは無事帰ることが出来た。だが、勇也たち以外に、跡地に戻れた人間は何人いるだろうか。勇也が戻って来た時は誰一人戻って来ていなかった。
とても気になるが、帰りの車の中でその話題をする者はいなかった。
事務所に戻った勇也は、早速、行方不明者のリストを精査した。
まず、記憶を失って戻ってきた人がいるグループは除外する。満月に開園することから、いなくなったとされる日が、満月の夜より前もまた除外した。勿論、開園している途中で行方不明になった人間も省いた。
すると、絞られた人数は十二人。
その中の一人が、轢き逃げされ、生きたまま崖から投げ落とされた女子中学生だった。
……レン太と道化の言う通りだった。
勇也は時々思い出す。
あの幻想的でノスタルジックなイルミネーションに彩られた遊園地をーー。
遊園地のキャストである、ウサギのレン太に道化らしくない道化。
そして、愛らしい日本人形のような容姿を持つ人鬼の少女を。
やっと報告書を書き終えた勇也が、帰ろうとドアノブに手を掛けた時だった。
名前を呼ばれた気がした。思わず足を止める。
『もうすぐクリスマスだよね。クリスマスも色々イベント用意してるよ。絶対迎えに行くからね。楽しみにしててね、勇也様』
とても楽しそうな声で、そう一方的に話し掛けてくるレン太の声が、ふと……聞こえた気がした。
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