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第四章 ドールハウス
人形
しおりを挟むジッ、ジッと音がする。
薄暗い貨物用エレベーター内の鏡の下に、ちょこんと日本人形とフランス人形が仲良く座っていた。
たが、クズ四人はそこに人形が座っていることに全く気付いていない。
全員、足下にまで注意を払っていなかった。それと、逃げ出した中川に対してどんな制裁を加えてやろうか、そんなことを考えていたせいもある。まぁ、気付いたところで、今更どうにもならないのだが……。
ガタン。
結構大きな音をたて、貨物用エレベーターは地下二階で止まった。
僅かに軋む音をたてながら扉が開く。
その瞬間、クズ四人は鼻を押さえる。
埃と生臭い、何かが腐ったような独特な臭いがクズ四人の鼻を襲ったからだ。埃臭さはまだ分かる。密閉された空間だから。たが、この腐った臭いは何だ?
薄暗い廊下。奥は辛うじて確認出来る程の明るさしかない。
その異様な雰囲気に飲み込まれそうになる。ここに来て初めて、クズ四人は言い様のない恐怖を感じた。
冷や汗がじっとりと全身を濡らす。ドクドクと心臓が激しく波打つ。手足の先が冷たくなった。なのに手汗は酷い。それは当に、生物の本能からくる恐怖だった。本能に従って、このまま地上に戻る選択もあった。だが、プライドが邪魔して引き返すのを躊躇う。
その時だ。
躊躇うクズ四人の脳裏に、SNS上に書かれていた噂が過ったのは。
ドールハウスの地下に【開かずの部屋】があるという噂だ。
その部屋は【拷問部屋】らしい。
遊園地の園長が自分の趣味のためだけに作った部屋。
そして夜な夜な、園長は園を訪れた客を物色し、気に入った客を誘拐しては様々な拷問に掛け楽しんだという。嘗て、この遊園地で姿を消した二十三人は、皆園長の餌食になった犠牲者らしい。
クズ女の一人がエレベーターに乗る前、冗談半分で口にした噂。その噂は全員知っていたが、ただの宣伝だと思っていた。客寄せの。もしくは、行方不明事件をおかしく捩ったものだと。
「…………あれって、噂だよね?」
ついさっき、一階で噂を口にしたクズ女が、小さな声でポツリと呟きながら後ずさった。
突然、足の力がガクンと抜けた。自分の体重が支えきれなくなり、クズ女はその場に派手に倒れ込む。
「「なっ!?」」
「キャッ!!」
いきなり仲間の一人が倒れたことに驚き、クズ三人は短い悲鳴を上げる。後ろを振り返り、倒れたクズ女を見下ろした。
その瞬間ーー。
クズ男二人が声にならない悲鳴を上げ、弾かれたようにエレベーターから飛び出る。語尾を伸ばして喋っていたクズ女は腰を抜かしながらも、腕の力で尻餅を付きながら、エレベーターの外へ出ようと必死でもがく。
「……里奈……里奈、どうかしたの……? 松井君も村山君も…………」
訳が分からないクズ女は、泣きそうな顔で友人の名前を呼んだ。
「「「足……足……足…………」」」
同じ単語を何回も繰り返す、友人たち。友人に促されるように、クズ女は後ろを向く。
その目に映ったのは、赤い、真っ赤な水溜まり。
一瞬、自分の身に何が起きているのか理解出来なかった。
痛みも何もなかった。熱くなっただけだ。そして突然、体重が支えきれなくなった。ただそれだけだ。
両腕を床に付き、上半身を僅かに起こす。
薄暗い貨物用エレベーター内。四隅にまで明かりは届いていない。それでも、自分の尻近くまで真っ赤な水溜まりが広がっているのがはっきりと見えた。
水溜まり、いや、血溜まりの中に、真っ白な自分の足がある。両足のアキレス腱を刃物でスパッと切り裂かれた自分の足が……。
「…………な……に……………いや…………いやーーーーーー!!!!!!」
クズ女は弾かれたように悲鳴を上げた。必死で友人の元へ行こうと足掻く。その途端、気を失いそうな程の激痛がクズ女を襲った。
「あーーーーーーーー」
言葉にならない叫び声が地下に響いた。痛みで体が動く度に、全身に走る激痛。焼きごてを押し付けられたような熱さ。それでも、苦しみもがくクズ女。
その様に、クズ三人が反射的に助けようと近寄った時だった。
何か金物を引き摺るような音がした。真っ暗な四隅の一角から、何かが近付いて来る。
足先が見えた。
小さい赤い靴。
そして、白い足袋と草履。
徐々に近付く二つの小さな影。
影は、やがて完全に姿を現す。
それは人形だった。
フランス人形と日本人形。
二体の人形は仲良く、一本の鋸を持っていた。刃先が鉄の床を擦る。
刃の両側に持ち手が付いている鋸。その鋸の刃から、赤い滴が水滴落ちる。
松井、村山、そして里奈は一瞬固まった。だがすぐに弾かれたかのように悲鳴を上げ、貨物用エレベーターから慌てて離れる。
「待って!!!!」
友人の助けを呼ぶ声を無視して、薄暗い廊下を駆け出すクズ三人。
「待って!!!!!! 置いてかないで!!!!!!」
離れて行く背中に向かって必死に嘆願するクズ女。無情にも、誰もその声に振り返らない。その声は虚しく通路響くだけだ。それでも、クズ女は諦めることは出来なかった。
クズ女はもう一度、仲間に、友達に嘆願しようとした。だが、それは出来なかった。
動けないクズ女の喉元に回った二体の人形が、鋸の刃を喉元に当てていたからだ。
両耳元でクスクスと笑う若い女の声が聞こえる。
恐る恐る目線を右に移した。日本人形の口元は動いていない。だけど、はっきりと聞こえるのだ。心底楽しそうに笑う女の声が。
『今度は貴女の番』
『仲良く、ゆっくり遊びましょう』
その言葉通りに、フランス人形はゆっくり、ゆっくり刃を自分の方に引く。あまり力を込めないで。
ギーコ。
今度は、日本人形がゆっくり、ゆっくり自分の方に引く。こちらも力を込めない。
ギーコ。
鈍い音が何度も何度も地下に響いた。その都度、鮮血がエレベーター内全体に飛び散った。人形たちの服も頬も真っ赤に染まる。
『楽しいね』
ギーコギーコ。
『楽しいね』
ギーコギーコ。
楽しそうな声と鋸の音が響く。
さっきまでヒューヒューと鳴っていた呼吸音が聞こえなくなった。ピクピクと痙攣していた肉体が完全に動かなくなる。
その脇に佇む血塗れの人形たち。その一体の手にはクズ女のスマホが握られていた。
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