人喰い遊園地

井藤 美樹

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第三章 ミラーハウス

大事なもの

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「あいつ、遅くない?」

 髪を内巻きにクルクルと巻いている女子学生が、苛々しながら友人の三人に向かって問い掛ける。

 コツコツと、パンプスの靴底が床を何度も叩く。その音がミラーハウス内に響いた。かなり、苛々している様子だ。

「逃げ出したんじゃねーのか?」

 黒髪短髪の、見た目爽やか系の男子学生が、意地の悪い笑みを浮かべながら答える。

「それはないって。入口と出口が隣接してるしな。あのドジが、俺たちを出し抜けるわけないだろ」

 黒髪短髪の男子学生と正反対の見た目をした茶髪の男子学生が答える。完全に見下し、馬鹿にしたように嗤いながら。

 いくら見た目が秀でていても、二人とも中身はとても醜い。いや、正確にいうと四人とも醜かった。クズだ。容姿が良いだけに、醜さが際立ってる。

 クズ四人は出口付近にいた。ここなら、もし中川が逃げようとしても、直ぐに捕まえることが出来るからだ。

 しかし、いくら待っても中川は姿を現さない。苛立ちだけが募っていく。

 埒があかないと思ったのか、肩まで髪を伸ばした女子学生が、近くにいたスタッフに尋ねた。

「百六十五センチぐらいの、小太りの若い男性を見掛けませんでした?」と。

『ああ。黒いズボンを履いたお客様でしたら、【ドールハウス】の方角に走って行かれましたが』

 スタッフの言葉に憤る四人の大学生たち。

「ああ!! あの野郎、逃げたのか!!」

「マジ、許せねーー!!」

「はぁ~~。あたしたちを待たせるなんて、マジありえないんだけど~~」

「ほんと、最悪。中川の癖に」

 口々に文句を言い続ける。

「ありえないのはお前たちだろーが」

 勇也はモニターを見ながら毒吐く。

 あの男子学生中川が【契約】を交わし倒れてからも、モニターは大学生グループを追い掛けていた。

 大学生グループは腹立たしげに、ミラーハウスを後にした。誰一人、最後まで中川を心配する者はいなかった。

 慌ただしく出て行った大学生グループ。

 クズたちは中川の後を追うために【ドールハウス】に向かったのだった。

 それを見送るスタッフ。その顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。よく見れば、中川が最後に人として会ったあやかしだった。

【ドールハウス】

 そこが、中川の【願い】ために用意した、あやかしたちの【復讐】の舞台だとは知らないでーー。

 知ったとしても、もう遅い。

 既に、際は投げられたのだからーー。







 次にモニターに映ったのは、別のグループだった。

 中学生? いや、高校生のグループか。一人が緑色。他が赤色に染まっていた。さっきの大学生グループと同じだ。

『…………人間って、本当に不思議だよね』

 隣にいるレン太が、モニターを見ながらポツリと呟いた。

 自然と、勇也はレン太に視線を移した。

(着ぐるみのウサギだが。そろそろ、脱がないか? それ)

 遊園地のキャラクターとしては、道化と同様完全にアウトだろう。

『……どうして、同族をさげすむのかな? あの学生は罪人じゃないのに』

 あやかしであるレン太は理解出来ないようだ。不思議そうに呟かれて、勇也は複雑な気持ちになった。

 そんな疑問を持つぐらいだ。レン太たちは、同族同士で蔑むようなことをしないのだろう。それこそ、罪人でもない限り。

 まぁ、弱肉強食の面はあるかもしれないが。それは、どこの世界でも存在すると勇也は思う。あやかしの世界でも。弱者を虐げるのと、蔑むのとは違う。弱者が嫌だったら伸し上がればいいだけだ。

 レン太の何気ない言葉は、勇也の心に重く影を落とした。

 それは勇也だけじゃなかった。その場にいる人間全員が、レン太の疑問に答えられない。勇也は逃げるように、モニターに視線を戻す。

 そこには、遅れて歩く少年に近付き、乱暴に小突いたり、ふくらはぎや腰を足蹴にしている男子と、それを笑って見ている女子が映っていた。高校生グループだ。

 醜い一面。

 ヘドが出る程に醜い様だ。

 レン太の疑問に、「人間は醜悪な生き物だから」と、答えたら楽だ。

 だけど、人間である勇也に尋ねているのは、もっと奥、根本的なことを尋ねているのだと思った。なら、答えは決まっている。

「……俺にも分からない」

 人間である勇也自身分からないのだから、答えようがない。素直に認める。誤魔化して答えても、隣に立つレン太は気付くだろう。

『そっかぁ~。同じ人間でも分からないんだね』

 心底、不思議そうだ。

「……人間は色んなものを捨ててしまったからな。だから、大事なものを捨てたことも分からなくなったんだ」

 あの男子大学生も。

 そして、スタッフに運ばれていった、あの青年も。

 彼らをそこまで追い込んだ者たちも。

 周囲にいた人間たちも。

 皆、大事なものを忘れてしまった。

 勿論、勇也たちもだ。

 昔と違って物が溢れているからか。それとも、純粋でなくなったからか。理由は分からない。だが言えるのは、忘れたことさえも気付いていない事実だ。

 それは、この場にいる自分たちも同じだった。

(もしかして、あやかしの彼らの方が、人間が忘れてしまった何かを、知っているのかもしれない)

 ふと……勇也はそう思った。


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