人喰い遊園地

井藤 美樹

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第三章 ミラーハウス

ウサギのレン太

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 大人二人、並んで歩くのは難しい幅しかない通路。

 戸惑いながらも、道化ピエロを先頭に、勇也たちは一列でミラーハウス内を進んで行く。

 戸惑ったのは通路の狭さだった。正直怖いのは別として、あまりの狭さに勇也は二の足を踏んだ。それは皆同じだった。まとまって行動出来ないのは危険だと考えたからだ。それに場所も悪かった。

 ミラーハウスだ。

 上下左右、鏡で覆われた世界。

 錯覚を利用したアトラクション。

 人ひとりがいなくなっても、まずアトラクション内では百パーセント気付かれないだろう。

 しかし、進まないという選択はなかった。

 ここで、あやかしの不興を買う訳にはいかない。友好的に見せていても、レン太と道化がいつ牙を剥くか分からなかった。ここは、あやかしのテリトリー内なのだから。

 そこで勇也たちは、一列だが、出来る限り互いの手が届くぐらいの距離で進むことにした。

 幅を詰め、全員一列で歩いている筈なのに、すぐ後ろを歩いているのは、鏡に映った仲間なのか、それとも本人なのか分からなくなってきた。単純なアトラクションなのに、結構本格的だ。入ったことないけど。

「……レン太。俺たちは大丈夫だって、言ったよな?」

 確認の意味を込めて、後ろを振り返らずに小声で話し掛けてみる。皆に聞かれたら困るから、スピードを落とし、念のために少し距離をとった。ごめん、皆。

『言ったよ』

 背後から声が聞こえる。やっぱり、後ろにいたのは幻ではなかったようだ。

 返って来た声は、何故かとても楽しそうで嬉しそうだった。勇也は堅い声で尋ねているのに、やけにレン太はウキウキしている。返事も明るい。まるで、勇也に話し掛けられたのが嬉しかったようだ。

(気に入られているからか……?) 

 気になるが、気にしたところで何にもならない。相手はあやかしだ。人間じゃない。思考回路が自分たちとは違う。気にするだけ馬鹿だ。しんどいしな。

『酷いな~~』

 何も言ってないのに、そうぼやくレン太。

(やっぱり、思ったこと読まれてる)

 改めて勇也は確信する。完全なルール違反だ。正直ムッとするが、無視だ、無視。問い詰めても意味がない。なので、勇也は会話を進める。

「その根拠は?」

『勇也様は特別なお客様だからね。それに、プラチナチケットを持っているお客様には、基本手を出さないよ』

「手を出さない? のにか?」

(矛盾してるだろ)

『矛盾してないよ。それを選んだのは、だから。信じられないかもしれないけどね』

(じゃあ、あの子は?)

 咄嗟にそう訊きそうになった。あんな小さい子が希望するのか? しかし、勇也はその疑問を飲み込む。何故か訊いてはいけない気がしたからだ。口を閉ざす。

 勇也の葛藤と疑問に気付きながらも、ウサギのレン太はおどけたように答える。

 それは決して、隠しているからじゃない。そんな気がした。

 ただの勘だが。

 必要じゃないから。特に訊かれていないから答えない。そんな気がする。だからといって、もし尋ねたら、レン太は嬉々として教えてくれるかもしれない。但し、今以上に深みにはまりそうな危険性はある。

 それが却って、勇也は真実を言っているように聞こえた。

 人間とあやかしは違う。

 ものの考え方も。

 命のあり方も。

 何もかも全てが違う。

 勇也は考えた末、一つの答えを出した。

「…………そうか。……分かった。信じる」

 勇也が出した答えに、レン太は驚愕する。

『えっ!? マジで!? 僕たちを信じるの……? 化け物なのに……?』

 その声が少し震えてるように聞こえたのは、気のせいじゃないだろう。まぁ、どっちでも構わないが。ただ、自分のことを化け物って言うのには眉をしかめてしまう。

「信じて欲しくないのか?」

『そりゃあ、信じて欲しいよ。特に勇也様には……でも……』

(簡単に信じられないか……。それはお互い様だよな。でも、何で俺なんだ?)

 とても気になるが、今は自分が信じた理由を話す方が先か。

「あの親子に俺が気付いた時点で、どうとでも出来ただろ? 違うか? それに、いくらお前たちが俺のことを気に入ってても、あやかしの秘密に触れたんだ。俺を殺してもおかしくないだろ。玩具にだって出来る。……ここは、お前たちのテリトリー内だし。人を一人殺しても裁かれたり、罪に問われることもない。なのに、しなかった。それが理由だな」

 あくまで、一方的な見方だが。

(あの親子の存在が大した秘密じゃなかったら、そもそも成り立たないけどな)

 勇也の顔に自嘲気味な笑みが浮かぶ。

『……甘いって言われない?』

 呆れた様子でレン太はポツリと呟く。

「煩い!」

 会ったばかりのあやかしにも言われた。思わず振り返ってレン太に文句を言いそうになった勇也だが、何とか思い止まる。大人気ないからな。

『やっぱり、言われてるんだ』

 勇也の一面が見れて、レン太はそれは嬉しそうに笑みを浮かべる。勿論、前を歩いている勇也は気付かなかった。そもそも、着ぐるみだから分からないんだが。

 それはさておき、ここで一応念を押しておくことにした。甘くても、馴れ合うつもりはない。

「勘違いするなよ。信じたが、信頼している訳じゃない。まぁ、確かにお前らは人じゃない。でも、俺らと変わんないんだろ? ……そう言ってたよな、お前の相棒は?」

 敢えて声を低くし告げた。

(どうせ、聞こえてるんだろ? 道化)

 一番前を歩く道化に胸の中で話し掛ける。聞こえていると何故か確信していた。当然、返事はないが。

『確かに言ってた』

「なら、今回はお前たちを信じる。……裏切るなよ」

 最後の「裏切るなよ」は、力を込めて、一層低い声で言い放つ。

『はい。勇也様に誓って』

「……何で、俺に誓うんだ?」

『勇也様は大切な御方ですからね』

(……ん? 柳井さんが言ってた、愛されてるってやつか?)

 自分で思って照れてしまった。

 聞こえている筈なのに、それ以上レン太は何も言ってこない。

 でも、絶対笑ってるよな。そういうのって、意外と伝わるもんだ。我慢出来なくて文句を言ってやろうと、振り返り掛けた時だ。

 いきなり何者かに、勇也は腕を強く掴まれ引っ張られたのだった。



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