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第一章 闇からの誘い
同行者
しおりを挟む「…………俺が、この行方不明事件が普通じゃないと考えた切っ掛けは、ネットに書かれた書き込みを見たことが始まりでした」
若干低い声で勇也はそう切り出した。
視線を手元の書類に落としたままなので、勇也の表情は巽から見えない。声もいつもより力なく固く聞こえる。それでも、勇也の言葉ははっきりと巽の耳に届いた。
勇也は一旦区切ってから語り出す。
「普通……肝試しや都市伝説の類いは、一割程が真実で、後は噂が噂を呼んで全くの別物になったフィクションです。でも、桜ドリームパークに関しては違ったんですよ、巽さん。見て下さい。これが、当時起きた行方不明事件の概要です。何か気付きませんか?」
そう前置きした上で、勇也は纏めていたレポートを巽に提出した。
巽はそのレポートに目を通す。相変わらず几帳面な奴だ。きちんと整理されている。読み進めるごとに、自分の表情が段々険しくなっていくのを感じた。
「……八割方一緒だってことか。確かに奇妙だな。それに……この情報はどこで手に入れたんだ?」
巽が不審に思っても仕方ない。
あまりにも詳しく描かれているネット情報。
「明らかにおかしいですよね。だって、この情報は警察か関係者しか知らない情報ですよ。それが当たり前のように、ネット上に流れてるんです」
確かにおかしな話だ。
だとしたら、流したのは警察か。
行方不明者の親族か。
それとも当事者か。
もしくは、失踪に関わった者の仕業かーー。
その四つのうちのどれかに違いない。そうでなければおかしい。
「確かめたのか?」
自然と巽の声は厳しいものになる。
「はい。確認出来る情報に関しては、依頼者たちに確認をとりました。誰も流していないそうです。すごく怒ってましたよ」
「だろうな」
だとしたら、可能性は三つに絞られる。
巽は勇也に比べて遥かに経験値が高い。今まで、巽自身も色々な行方不明事件に関わってきた。また解決してきた。そんな自分の経験から見ても、勇也がこの案件に不信感を抱くのも頷ける。巽もそうだ。何かがおかしい。自分の中で警報がけたたましく鳴っている。
だからといって、このレポートだけでここまで拒否反応を示すだろうか。例え警報が鳴ったとしてもだ。そんな考えが巽の頭を過る。
あくまで勇也が示したのは、状況証拠に過ぎない。決定的なものが欠けている。それは勇也自身がよく分かっているだろう。
だとしたら、他に勇也は決定的な何かを掴んだのではないか。
早速、巽は勇也に確かめることにした。
「おい。それだけじゃないだろ?」と。
その問いに勇也は軽く頷く。
(やはりな)
思った通りだ。改めて勇也の優秀さに巽は驚く。
「ネットで調べるのと平行して、閉園後に姿を消した人たちについて重点的に調べてみました。開園していた時に居なくなった人たちに関しては、これ以上新しい情報は出ないと思ったので。それで……同行していた人を捜し出しましたよ。勿論、会って来ましたよ。行方不明者と同行していた人たちに」
(まぁ……そっちの線から調べるのは妥当だな)
「それで?」
巽は先を促す。
「始めはなかなか話してくれませんでしたが、粘りましたよ。根気よく。本当に根気よく。それで分かったんですが、全員、遊園地で遊んだことを忘れてるんですよ」
「遊んだことを忘れてる?」
(どういう意味だ?)
勇也の意外な報告に、巽はますます眉をしかめる。
「その間の記憶が完全に欠落してるんです。共通して、桜ドリームパークの入口を通ったところまでは覚えてるんですよ、皆。だけど、それ以後の記憶は全くない。発見されるまでですよ。おかしいとは思いませんか? 全員ですよ」
「確かに……それはおかしいな」
余程のショック、もしくは負荷が掛からない限り、簡単に人は記憶を失わないものだ。そんなに、人はやわに出来てないからな。
それでもだ。
数日間の記憶だけを都合よく失うなんて、まず考えられない。不可能に近い。
それこそ、違法薬物を使わない限り無理だろう。それでも完全じゃない。
そもそも、そんな危険な物を一般市民に使ってどうする。デメリットしかないだろ? 本当に記憶を失ってるのか? どうしても疑ってしまう。だから当然確認する。
「医療関係者にも探りを入れたんだろうな?」と。
巽の問い掛けに、勇也は小さく頷いた。
「勿論入れましたよ。間違いなく、彼らは記憶を失っています。薬物反応も出ませんでした。……それから、これは記憶を失った影響かもしれませんが、嗜好や性格が変わったっていう報告も上がってました」
最後に、勇也は爆弾を投下してくれた。
「はぁ? 嗜好や性格が変わっただと。どんな風にだ?」
(ありえねーだろ)
「例えば、幼少期に鰯のツミレで全身蕁麻疹が出てから、怖くて、どうしても光ものが食べれなかったのに、記憶を失ってからはバクバク食べてるとか。オタクが社交的になったとか。まるで、人が変わったようだと、噂がたってますね。あまりの変わり様に、気味悪がられてる人もいましたよ」
(おいおい、マジか。記憶を失ったのも大概だが、人格と嗜好の変化ってあり得ないだろ。まさか……)
「…………全員か?」
吐き出された巽の声はとても低くて小さい。
「全員です。……それからもう一点。発見された時、全員あるチケットを所持していたそうですよ」
(チケット? 遊園地のか)
それは明らかにおかしい。閉園した遊園地のチケットって……不自然過ぎるだろ。巽は率直にそう思った。
仮に勇也の報告が正しいとして、短期間で人間の記憶が削除されたことになる。それも、数日間だけ。そんなことが、果たして可能なのだろうか。ましてや、遊園地で遊んだ所だけだと。
だが、現実に起きている。
仮にそれが出来たとして、そこまで手の込んだことをしておいて、何故チケットを持たせたままにしているんだ? 絶対回収するだろう。普通。全員を見逃したなんて、都合いい話は無理があり過ぎる。
ならば、敢えてそれをしなかった。もしくは、する必要がなかったとしか考えられない。そう考えるのが自然だ。
だとしたら、何のために?
全く常識から掛け離れている。理解出来ない。ほんと、奇妙で不可解な案件だ。
ますます奇妙な方向へと進む行方不明事件に、これ以上ないくらいに巽の眉間の皺が、より一層深くなる。
「確かに、奇妙だな。で、勿論、そのチケットは入手してるんだよな?」
勇也は頷くと、密封袋に入れたチケットをズボンのポケットから取り出す。
「現物がこれです」
そんな所に入れとくなよ、と思いながら、巽はチケットを受け取ると確認する。
確かに、チケットには〈桜ドリームパーク〉という名称と共に、〈プラチナチケット〉という文字が可愛く丸文字で書かれていた。
それはどこにでもありそうな、変哲もないチケットだった。
「……つまり、こういうことだな。プラチナチケットを持っている者だけが解放されたってことか……何者かに記憶を弄られて」
巽はそう結論付けた。
自分で言ってて違和感が半端ない。だが、そうとしか言えなかったし、考えなれなかった。
ーー記憶を弄られて。
巽ははっきりとそう口にした。
おそらく、勇也もそう考えていたようだ。驚いた様子が見えないからな。まぁそうでなければ、全員が同じ場所で記憶を失うことなどありえないのだから。
「思い出そうとすると、全身が震え、冷や汗や吐き気、激しい頭痛がするそうですよ。完全な拒否反応ですよね。何らかの恐怖が植え付けられてるのかも」
(確かに、その線もありえるな。にしても、人格が豹変するまでの恐怖か……一体、遊園地で何が起きてるんだ?)
「発見された時の着衣はどうだったんだ?」
「泥や埃で汚れていたそうですが、特に着衣の乱れはなかったそうですよ。これは上村という大学生が発見された時の写真です。乱れがあれば、事件になっていたかもしれませんね」
被害者がズタボロの姿で発見されれば、ただの行方不明事件ではすまなかった筈だ。
「で、勇也。お前は正直どう考えてる?」
巽は前置きを省き、いきなり核心をつく。巽らしい。
「……少なくとも、厳しいと、俺は思います」
飄々と勇也は答えた。その内容は全く口調と違うものだが。
勇也が発した、厳しいという言葉の意図を、巽は正確に読み取る。
おそらく、全員無事ではないだろう。最悪、死亡している可能性が高い。なんせ相手は、記憶を自由に操れる程の犯罪集団なのだなら。
巽も勇也と同意見だった。
と同時に、勇也がこの案件から手を引けと進言したことも納得がいく。死ぬかもしれないと脅したのも、あながち大袈裟ではなかった。
「それから、巽さん」
勇也は考え込む巽の前に一枚の写真を置いた。
その写真には、何も建っていない、コンクリートで整備された空き地が写っていた。
「ここ、どこだと思います?」
無表情に近い表情で勇也は巽に尋ねた。
(ま……まさか…………)
巽の脳裏にある答えが反射的に浮かんだ。だがあり得ない。認めなくなかった。故に、巽は何も答えられなかった。でもその表情だけで、勇也には伝わる。
「それ合ってますよ、巽さん。この写真の場所は、桜ドリームパークの跡地です」
その事実に、巽は完全に言葉を失った。言い様のない恐怖が巽を襲う。ヒヤッとした冷たいものが背中をつたった。
暫く、二人の間に無言が続いた。
その空気を破ったのは勇也だった。勇也は小さなテープレコーダーを机の上に置く。
(まだあるのか?)
「……何だ?」
地を這うように低く圧を含んだ声だったが、勇也は怯まず続ける。
「同行者の了解を取って会話を録音しました。これを聞いて下さい。俺が手を引けと言った意味が分かりますよ」
そう断言してから、勇也はテープレコーダーのスイッチを押した。
再生される音声。
ざわざわしている。喫茶店か。
質問する勇也の声。
次は何かのノイズか、ジーという耳障りな雑音が録音されている。雑音と一緒に、楽しそうに会話する若い娘の声も小さく録音されていた。
そして、また質問する勇也の声。
その後は、耳障りな雑音と若い娘たちの声。
それが最後まで繰り返し続く。
変わっているのは、雑音と共に聞こえてくる小さな声だけだ。
「分かりますか? 巽さん。同行者全員の声が全く録音されてないんですよ。隣の席に座っている人たちの声は入っているのに。ほんと、おかしいですよね……そう思いませんか? 巽さん」
勇也の問い掛けに、さすがの巽も言葉を発することが出来なかった。
そして、録音を聞かせた勇也自身も、ジワリジワリと押し寄せて来る恐怖に、再度押し潰されそうになっていた。
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