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序章
噂
しおりを挟む夏休み直前の大学構内の食堂は、大勢の学生たちでごった返していた。
たがその割には、思いのほか静かだった。少し騒がしいくらいだ。いつもならもっと煩いくらいなのに。
レポートの話。それとも恋バナ。嫌いな教授の愚痴。バイトの愚痴。夏休みが近いから旅行の話もありか。普通、学生たちの会話にあがるのはそんな内容が大半だ。
だけど、この日は明らかに何かが違っていた。
それはおそらく、学生たちがしている話題のせいだ。
耳に入ってくる話題はほぼ同じ。
昨晩、某テレビ番組の特番で放送された心霊特集の話題ばかりだ。それで持ちっきりだった。
まぁ、夏だから特に珍しくもない。
ありふれた特番。
だけど取り上げられた番組内容が、学生たちを惹き付けたようだ。
放送されたのは、今巷を賑わしている、某遊園地の噂話だった。
都市伝説の一つのようなものって言った方が分かり易いかもしれない。現に、ネットで都市伝説と入力したらトップに出てくる程人気だ。
それにしても、他に話題にする話もあるだろうに、ほんと物好きというか。耳を澄ませばその話題ばかりだ。
特番で放送された内容が真実なのか。
それとも、ただの噂話に過ぎないのか。
誰も真実を知らないのに、確かめる術すらもないのに、さも、自分の知り合いが体験したかのように話し出す強者もいる始末。それも、SNS上に載っている話をまるまる参考にしてだ。少しは捻ったらいいものを。芸もない。それも結構の人数だったりする。
恐怖を共有したいのか、それとも振りまきたいのか分からない。ただ、上村は思う。ほんと、まるでウイルスのようだなと。
上村の目には、そんな風に学生たちの姿が映っていた。
そう、ウイルス。
一切音もなく移動し、目にも見えない。だけど気付かないうちに、人から人へと感染し広がり続ける。
興味本位の恐怖は確実に浸透していた。現在進行形で。その様はウイルス以外に思い付かない。
(人間って、本当に愚かで、弱くて面白い)
学生たちを見て、心底そう上村は思う。
目の前にいる大勢の人間を前に、思わずにんまりと笑いそうになった上村だが、何とか顔を引き締め耐えた。目立つ行動は出来るだけ避けなければいけないからだ。
それでなくても、今の自分の姿は悪目立ちしている。
痩せて、髪の毛を切って、服装を変えれば少しはマシになるだろうけど、めんどくて、上村は半ば放棄していた。
話を戻すが、今学生たちが話題にしている都市伝説の舞台は遊園地だ。
その遊園地は十年前に閉園になっている。
嘗ては、実在していた遊園地だった。
しかし昨今の不況と、辺鄙な場所にあるせいか、三年程で閉園した。時代の波に乗れなかった箱物のようなものだ。
まぁそれは、あくまで表向きの話だが。当の理由は定かとされてはいない。
確かに、辺鄙な場所にあったのは事実だ。それが理由の一つになった事は否定出来ない。
ただ……その理由とは別に、ある噂が真のように囁かれた。その噂が閉園に追い込んだと言っても過言ではない。
閉園に追い込んだ噂ーー。
それは、「あの遊園地は人を喰らうぞ」という、一見ありもしない中傷だった。
この時代には考えられない中傷だ。
だが、まるっきり出鱈目の話でもなかった。
事実、その遊園地に遊びに行った客が行方不明になる事件が幾度となく起きていた。
それも一度だけでなく、八件も起きた。
計二十三人の人間が遊園地から忽然と姿を消した。
姿を消した人たちの年齢、性別、出身地、生活環境、全てがバラバラだったらしい。
それだけの人数が居なくなったんだ、「人を喰らう」って言われても仕方ないだろう。
当時、大々的な捜索活動をしたにも関わらず、有力な証拠も得られぬまま、今も未解決事件として処理され細々と捜査が続いている。
そしてその【人を喰らう遊園地】は、今も人を喰らい続けているらしい。
心霊特番の内容はそんなものだった。
実は、上村もその特番を見ていた。とても興味があったからだ。といっても、ここにいる学生たちとは明らかに違う視点なのだが。
上村は賑わう食堂を見渡す。食事をしに来たわけじゃない。ある男子学生を探しに来たのだ。この時間、彼は大概食堂にいる。
「……いた」
上村の視線の先には、食堂の自販機で何本もジュースやコーヒーを買い込んでいる、小太りの男子学生がいた。自分とは違い、どこにでもいる平凡な男子学生だ。
男子学生は買い終えると、それをテラスに陣取るグループに手渡している。小太りの男子学生とは違い、全員華やかな容姿をしていた。勿論、着ている洋服も洒落たものだ。明らかに彼だけが浮いていた。
グループのリーダー格の男子学生が、あっち行けとばかりに手を振り、男子学生を邪険に追いやる。慌てて逃げ出す彼を見て、一緒にいた他の学生たちは可笑しそうにクスクスと嗤っている。完全なパシリだった。
上村は逃げ出した男子学生の後を追った。
彼は人目に付かない、非常階段に隠れていた。
上村は彼に気付かれないように、その様子を物影から伺う。
彼の手にはスマホが握られていた。
上村は気配を消し彼の背後に立つ。スマホの画面が後頭部越しに見える。それを見て、上村はにんまりと笑った。
「その画面からじゃ、君が知りたい情報には進めないよ」
突然の声に、男子学生は弾かれたように振り返った。その顔には、戸惑いと若干の恐怖が滲んでいた。
(ほんと良い表情だ)
あまりにも自分好みの美味しそうな表情に、上村は思わず、黒い笑みを浮かべ舌舐めずりしそうになった。
だが、そんな笑みを浮かべたら、間違いなく警戒されて逃げられてしまう。逃げられたら非常に困るのだ。一から探すのはさすがにしんどいし、めんどくさい。ノルマも近いし。という訳で、出来る限り人懐っこい笑みを浮かべた。
「驚かせてごめん」
素直に謝る。それだけで、警戒感は薄まる。
(ほんと、人間って単純だよな)
「……いえ」
戸惑いながらも逃げ出さない男子学生に、上村は心の中でニヤッと笑った。
「さっきも言ったけど、それじゃあ先に進めないよ。進むには、ここに#タグ。次に大文字のB。次にドット。そしてローマ字で上村って入れてみて。上村は大文字だよ。そしたら、君が知りたい情報に進めるよ。チケット貰えたらいいね、中川君」
中川は自分を見下ろす上村から、何故か視線を外せないでいた。
見知らぬ学生が名前を知っていることに関して、中川は何故か警戒心を抱かない。そのことを不思議とも思わない。おかしいという単語が完全に頭から抜け落ちていた。次第に頭の中が霞が掛かったかのようになっていく。それは中川の思考力を確実に奪っていった。
中川は上村の目を見詰め、やがて人形のようにコクと小さく頷いた。
(フッ……堕ちたな。よし。ノルマ達成)
上村は中川を見下ろしながら、にんまりと笑った。今度こそ、隠すことのない素の笑みだった。
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