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序章:宴の前夜祭
かくして、悪食娘と自称魔王は出会ったのである。
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【ダスト・タウン】……そう呼ばれる街があった。色んな意味で落ちるところまで落ちた奴らで溢れかえるこの街の一角、一見何の変哲もない路地裏に彼女はいた。記憶を無くし、全てを忘れ、ただ呆然と立ち尽くす彼女は、やがてある事に気づく。
「ここには……私の様なモノが沢山あるのね」
そう呟く彼女の目線の先には、路地裏の入口となる建物同士の隙間から僅かに見える、ゴミだめの様に汚い街並みと賑やかな人通りがあった。全てを捨て、或いは奪い、はたまた奪われ続けた者が大半を占めるこの街においては珍しく、この辺りは仮初の平和を謳歌できる程度には治安も良い。この街の事を噂程度―まあ主に悪い噂だろうが―に知る人にこの景色を見せたなら、恐らくはこんな場所もあったのかと驚くであろう。しかし、記憶喪失であるこの少女はその様な理由でその光景に目を奪われている訳では無い。そもそも彼女の記憶喪失はかなり深刻であり、その目線の先に溢れかえるモノが人間である事、己がそれと同じ形をしている事についての意味すら理解できないほどであった。そんな彼女の心に浮かんでいたのは
(こんなに沢山あるんですもの。少しぐらい減ってしまってもいい筈よ)
という、凡そまともとは思えぬ思考。そして微かに残る記憶から呼び起こされた『空腹』という概念のみであった。何も分からないなりに、なるべく見つからない方が良いだろうと考えた彼女は人通りも少なくなった真夜中に、計画を実行する。路地裏の出入口……建物の角に張り付き様子を伺い、通りかかった憐れなる獲物に狙いをつけて引きずり込む。華奢な見た目のどこからそんな力が出せるのか、大の大人を押さえつけ、いとも容易くその首をへし折った。ビクビクと暫く痙攣していていた肉体はやがて動かなくなり、少女はやっと食べやすくなったそれを口元へ運び、そして思い出す。
「……いただきます」
記憶の奥底から呼び起こされたその言葉を口にし、そのまま目の前の肉塊も口にする。
一口目、湧き上がる感情。何と言うのが相応しい?
二口目、体が感じる幸福感。そうだ、これは……
三口目、思い出した……!この思いは、そう
「美味しい……!」
確信は更なる食欲を生む。あっという間に平らげて、二人目、三人目、四人目……そうなってしまってはもう止まらない。骨まで残らず食べきった。血の一滴も残さぬ勢いで飲みきった。それを差し引いても悪名高い街の路地裏だ。ちょっとの血痕、多少の行方不明者では騒ぎにならない。だが、彼女は……『悪食娘』は止まらぬ食欲と満たされる幸福感に身を任せ、大量に《食料》を消費した。その結果は分かりきった結末だった。一度の食事では僅かでも、繰り返す毎に増え続ける残骸。段々と大胆になる犯行。それは街の有力者が彼女に気づき、目に余るとして《始末者》を送るのには十分すぎる程であった。そして彼女は……否、この街は。その日を、宴の始まりの日を迎えたのであった。
その日も、彼はいつも通りの朝を迎えた。『仕事』の日は特別な事をして己を高める者もいるらしいが、彼からすればそれは馬鹿馬鹿しい行動であった。
(『仕事』は何ら特別なことじゃない、日常だ。至って普通の日課なんだ)
そう心の中で呟いた彼は前日に受けた命令通り、所属する組織のボスの部屋へと向かった。そしてボスから聞いた依頼内容は【東地区4番地】……この街でも比較的安全であり、そして彼の組織の領地でもあるその場所で最近多発している行方不明事件。その犯人が分かったので始末してこいとの事であった。
「あそこはくだらない日常に、平和な日々に縋り付くクソ野郎共の肥溜めだ。この街に来ておいて……いや、捨てられておきながらそんな物に縋ろうなんぞ片腹痛い。だが、その造られた、偽りの平和に金を払う奴らが少なくない以上は、商品価値としてその平和とやらを守る必要がある」
心底くだらない……という表情をした彼のボスは、そのまま続けて言った。
「こっちで原因をつきとめた。やんちゃした組織に雇われたんだか単にやべぇ個人なんだか知らねぇが、この後はいつも通りお前の仕事だ。わかるな?」
そしてそのまま、ボスは今回のターゲットの写真を彼に投げ渡した。
「了解です」
いつも通り……この言葉が指し示すのは、一つしかない。対象の始末である。故にこの後は普段通りに実行に移す。それだけであった。しかし、ターゲットの写真を見た時に、彼はふとボスの元に就いた時の事を思い出した。それは十年以上も前の話だ。話半分にこの街の事を聞いた彼の親は『にっちもさっちも行かなくなった貧乏人が最後に行き着く』という部分だけに希望を見いだしてこの街に来て、三日で死んだ。殺した犯人こそ目の前にいるボスであり、その時に魔術の才能を見出された結果彼は延命し、身に付けた魔術を使ってこの組織で始末屋として働いているのだ。当初は憤りを感じたりもしていたが、この街で暮らす内に考えが甘過ぎた親が悪かったのだと気付き、胸の内に抱えていた復讐心もとうに捨てた。今となっては、あのまま親と過していたら何処ぞで野垂れ死んでいたかもしれないと考えると、ボスに感謝したいぐらいである。
「……どうした?」
そう声をかけられ、彼は今までその場で写真を見つめたまま動いていなかった事に気付く。
「いえ、自分は大体この娘ぐらいの頃に貴方に拾われた事を思い出していました」
「ああ……あの日からもう十年程は過ぎたか、今思えば良い拾い物をしたものだな」
「身に余るお言葉です」
「そう謙遜しなくてもいい、本心だ。何なら、一番俺の元で長く働けているのはお前だからな。最早家族みたいなものだよ」
「家族……ですか」
「そうだ。俺には子供は居ないからな、ガキの頃から面倒見てやったお前は正に俺にとっては子供みたいなもんだ。まあ、実親を殺した奴に言われても不満だろうが」
「いえ、そんな事はありません。寧ろ感謝していますとも」
「嬉しい事を言ってくれるな。では改めて……今回も任せたぞ、『ラルド』」
「っ!了解……!」
今までは殆ど事務的なやり取りのみであり、ましてや名前で呼ばれる事など一度も無かった彼……ラルドは、初めてのやり取りに僅かな喜びを感じていた。やっと認められたような、まるで本当の家族の間に生まれるような感情は確かに彼に幸福を与えたのである。そして彼は更なる忠誠と成功を心に誓い、ターゲットである少女の始末の為に部屋を出たのであった。
その日も、少女はいつも通りの朝を迎えた。いや、朝と言っても彼女が薄らと思い出した『起きる時間は朝である』という記憶から考えて、今起きたなら今が朝である……という事にしただけなのだが。さて、いつも通りの朝の次はいつも通りの《朝食》を、と考えた彼女の心に憂鬱な思いが溢れてきた。というのも、ここ最近は流石に噂が広まったのか誰もこの路地裏の近くを通らないのである。そろそろ路地裏から出るべきか、いやそれも不安だし……と、彼女が考えていると背後に気配を感じた。できた影を見るに人型であり、つまりは彼女の《食事》の方からやってきたのである。喜び勇んで振り返り、飛びかかろうとした彼女は次の瞬間、胸の中心と背中に衝撃を受けて『痛み』という存在を思い出した。その痛みに混乱し、ひとしきり暴れて少し落ち着いた彼女が自身の肉体を見ると、胸を貫く鉄の杭で壁に打ち付けられていた。どくどくと流れる赤い血は、本来ならば己の喉を湿し空腹を満たす筈が、今回はそれが自分を苦しめる傷口から流れ出ており、それが余計に彼女を混乱させていた。
「吸血鬼って知ってるかい?」
ふと、目の前の《食料》が話しかけてきた。激痛に霞む目をかろうじてそちらに向けると、その《食料》は空中に手をかざしており、その手の先には己を貫く鉄杭と同じ様な物が空中に浮いていた。
「人を襲う化物少女と聞いて、思い浮かんだのはそれだった。実在するか否かが定かではない癖に、奴らは何故か『杭で心臓を打ち付ける』という明確な対処法が残っているんだ」
あの《食料》は……あの男は何を言っているのか……言葉は分かるが意味が分からない。だが、一目でわかる通り現状は目の前の男によるものであり、彼は今まで自分がしてきたように《命を奪う》つもりでやっているというのは理解出来ていた。そしてなおも、男は……差し向けられた始末屋のラルドは言葉を続けた。
「そういう訳でやってみたんだ。でも駄目だった……どうやら君は吸血鬼では無いらしい。しかしながら、例え違っていてもこうやって杭で貫き続ければやがては死ぬだろうし、死ななくても壁に打ち付けておけば無力化はできるだろう。そういう訳で、残りの残弾……僕の魔力が尽きるまでは打ち込ませて貰うよ。きっと痛いだろうけど、恨まないでくれ。君もやってきた事だろう?」
彼女は《恐怖》と《絶望》を思い出していた。今受けている傷は少しずつ癒えており、この場さえ乗り切れば生き延びられる。しかし己を貫き背後の壁にも深々と突き刺さるそれは到底抜けそうにも無くて、更なる追撃が来る事も確定していた。そして、直感的にそれを受け続けてしまうとやがて傷口の再生が止まってしまい、今までの《食料》と同じ様に自身が《死んでしまう》事を彼女は感じ取っていた。なので、乏しい記憶を元に何とか生き延びようとして言葉を紡いだ。
「おねがいします。おねがいします。たすけてください。みのがしてください」
それは、今までの《食料》達が己に向かって言っていた言葉の受け売りだった。更に、それはまるで子供が初めて親に怒られて、何故自分がそんな目に合うのか分からないという様な言い方であった。そんな彼女に、ラルドは僅かな怒りを覚えていた。仕事に私情は挟まないというのが鉄則ではあったが、その怒りは無理もない物であった。自分も人を殺す生業をしているとはいえ、その罪を理解し、その業を背負う覚悟があったのだ。しかし、目の前の少女にはそんな物は何も無い。ただただ己の空腹を埋める為に、当然の行動として命を奪い続けたのである。それは彼からすれば、否真っ当な倫理観を理解する者からすれば許せなくて当然であった。
「残念だが、僕は君を見逃す気は無い。それに、君を助ける様な人も居ないだろうね。君は無駄に命を奪い過ぎた……その報いを受ける時が来たんだよ」
「いやだ、おねがいします……たすけてください……たすけて、助けて、誰か助けてください……!」
何度も繰り返して命乞いをする内に、記憶が呼び起こされたのだろう。その声は実感を持ち、ただの見様見真似では無く心のこもった物となる。だが、そうなった所で意味は無い。この場にいる者はラルドと少女だけであり、かつラルドは彼女を助けない。もし仮にこの場に別の存在が居合わせたとしても、まともな人間ならば少女の味方にはならないだろう。やがてその言葉は聞き飽きたと言う様に、ラルドは宙に浮く鉄杭の照準を少女の顔面に合わせた。それが打ち込まれたら……最初に鉄杭に貫かれた際の痛みと混乱を思い出し、彼女の言葉が詰まる。そして、正にその鉄杭が顔面に打ち込まれようとした瞬間……路地裏に第三者の笑い声が響き渡った。
「クハハハハ!なんたることか、未だ幼き面影の残る少女をその様な物で苦しめるとは!」
先程まで二人の他に誰もいなかったはずの路地裏。そこに突如として現れた人影に、ラルドは思わず弾かれたようにそちらを向いた。
「それ即ち悪!そして悪とは全てこの我輩の物である……そう、最強にして絶対悪なこの【魔お】ギャッ!」
その人影が話し始めた矢先に、少女に向けていた鉄杭がそれに向けて放たれた。そして目にも留まらぬ速さで飛んでいったその鉄杭が、声を張り上げていたその男に突き刺さったのだ。
「すまない。一応周りに人が居ないことを確認して実行に移していたのだが……見られたからには消すしかないんだ」
「あ……う……」
「おや、もしかして助けが来たんだと思ったのか?言っただろう、君を助ける様な人は存在しない。大人しく死んだ方が苦しまずにすむよ」
少女は、その言葉に少し希望を見い出した。……見い出してしまった。死ねば痛みからも、恐怖からも、絶望からも開放される。そうだ、そもそも記憶も身寄りも何も無い自分には生きている理由なんて物もきっと無い。ここで死ぬのが一番なんだと。そう思った彼女は、目を閉じて覚悟を決める。死を受け入れた途端、少しずつ進んでいた傷口の回復も止まった。それに気付いたラルドは、最後の一撃で確実に仕留める為にしっかりと狙いを定めて……鉄杭を放った。それは、少女の頭を貫い……てはおらず、いつの間にやら二人の間に現れた男の手によって受け止められていた。
「我輩を無視して何を勝手に状況を進めておるのだ不届き者め。不敬にも程があろう!」
その様子に、少女は困惑した。
「え……?」
そして、ラルドは男に対する警戒度を引き上げていた。
「チッ……!」
更に男は言葉を続ける。
「確かに我輩は聞いたぞ少女よ、貴様の助けを求める声を……だから我輩はここに来た。何やら諦めた様であったが、助かりたい思いに変わりは無いか?」
その言葉に、少女に再び生への執着が目覚めた。いや、より強く、明確にそれへの望みが芽生えたのである。
「いき……たい。生きたい。生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい!……死にたくない!!」
「よく言った!ならば助けてやらねばならッ、フン!同じ手をくらう我輩では無いぞ」
いつの間にかやや距離をとっていたラルドが、再び男に鉄杭を打ち込む。しかしそれは、先程男が受け止め、手に持っていた方の鉄杭によって弾かれてしまった。
「まあしばし待て。無論タダで助ける訳には行かんがな、その条件を教える前にあの男は何とかしてやろう。先程の個人的な恨みがあるからな!我輩は結構執念深いのだぞ!」
「うるさいですね貴方は……僕も仕事の邪魔をされた恨みがありますので、先に貴方から始末してあげますよ!」
「フン、ならばかかって来るがいい。【魔王】の肩書きは伊達ではない所を見せてやろうぞ!」
そう言って、鉄杭片手に自称【魔王】はラルドに飛びかかる。ラルドはそれを待ち構え、繰り出された鉄杭を宙に浮く他の鉄杭で弾き、そのままそれを打ち込む。やがて、一進一退の様な攻防を繰り広げながら路地裏の奥に移動して行き、少女の視界から完全に見えなくなった。恐らくは、ラルドは杭で身動きが取れない少女が逃げられるとは思っていないからこその行動だったのだろう。また、実際にそうではあった。そうではあったのだが……
「さて、助ける条件についての話だが」
「えっ!?」
「おい、あまり大声を出すでないわ。バレるであろうが」
「で、でも……さっき二人で奥の方に」
「あれは幻覚魔法だ。直々に戦ってやってもいいのだが、奴も手練だ。力の大半を失った今となっては、万が一があるからな」
そう言いながら、【魔王】は少女を壁に打ち付けていた鉄杭を抜き取り、少女を解放した。暫くは痛々しいその傷口から鮮血が滴り落ちていたが、徐々にそれも弱まり、やがて止まった。それを確認した【魔王】は満足そうに頷くと
「さて、助ける条件の話だがな、我輩の下僕となれ」
「げぼく?」
「ウム、下僕だ。下僕となれば我輩の所有物となり、だからこそ我輩の庇護下になるという訳だな」
「わかりました」
「まあ、そう簡単に決められる様なものでは無いだろう。まずは……ヌ!?」
「なります、げぼく」
「いやいや、我輩が言うのもアレだが……いいのか?」
「はい。私は何も覚えてないです。だから生きる意味が欲しかった。助けてくれたまおうさまへの恩返し……やっとできた、私の生きる意味」
先程までたどたどしい話し方をしていた少女が、急にスラスラと語りだしたことやや面食らいながらも、【魔王】はその思いを受け入れた。
「クハ、クハハハハ!いいだろう、ではこれよりは、我輩に仕える事を唯一の生き甲斐としてその命を我輩に預けるがいい!貴様の忠誠が変わらぬ限り、その身の安全を保証しようではないか」
「ありがとうございます」
「ウム、ではとっととこのような場所からは立ち去るぞ。そろそろ気付いて戻ってくるかもしれんからな!」
「はい。ところでまおーさま、安心したらお腹が空きました。美味しいお肉が食べたいです」
「クハハ、良いだろう!ではまずは腹ごしらえといこうではないか、クハハハハ!」
壁に空いた穴、その場に出来た血溜まりと瓦礫の山、そして血が着いた鉄杭。その他には最早何も残されていない路地裏に、ラルドは立ち竦んでいた。
「失敗した……!まさかこんな単純な手に引っかかってしまうとは」
最初の仕事と、そもそも成功を期待されていなかった……というか、失敗が前提だった形だけの仕事。その二回しか、彼は失敗をした事が無かった。だが、そのプライドの問題なのではない。また、彼の組織では失敗した者がボスによって消されることは多々あったが、彼には彼の組織で最も強いのが自分であり、刺客が来ても返り討ちにできることや、自身のそもそもの利用価値の面から、もう一度チャンスを貰えるだろう事が分かっていたので、そこが問題なのでも無かった。ただ一つ、問題があるとすれば……
『今回も任せたぞ、ラルド』
「やっと認めてもらえたのに、あの期待に応える事ができなかった……!」
言葉にすることで、よりハッキリとそれが認識される。ふつふつと湧き上がる感情が己を支配する。かつてボスに抱いていた怒り、その復讐心よりも激しいそれが、身体中を駆け巡っていた。
「絶対に……絶対に許さんぞ……!自称魔王も、悪食娘も……僕が必ずこの手で始末してやる……!」
『って言ってましたよ、ボス』
「そうか、良くやった。では一度戻った後、次の仕事に入ってくれ【ウォッチャー】」
『うーっす……てかボス、何で今回に限ってラルド君にあんなこと言ったんですか?仕事に私情は挟まない鉄則からはかけ離れた感じになっちゃってまっせ?』
「余計な事を聞くんじゃない、消されたいか【ウォッチャー】……と言いたいところだが、教えてやろう。ラルドの為だよ」
『ラルド君の為……ですか?』
「ああ、確かに仕事に私情を挟むのは厳禁だ。だがね、ただのルーチンワークと化した仕事をただ粛々とこなすだけではやがて限界が来て行き詰る。熱意を持って、感情込めて、いつも通りの日常としてでは無い形でやる仕事というのも、また重要なのだよ」
『なぁるほど、だからあんな事言ってより熱心に仕事してくれる様にしたんスね……でも、まさか失敗するとは思ってなかったんじゃ?』
「いや、正直その可能性も考えていたよ。いくらラルドがかなりの実力者とはいえ、流石に【都市型災害者】には勝てないだろうからな。ただ、全ての路地裏を実質的に支配する【路地裏の王】辺りの乱入を考慮には入れていたが……まさか謎の新参者に出し抜かれるとはな」
『ああ、そう言えば最近見ないっスねぇ、【路地裏の王】……まあそもそも【悪食娘】に対しても何の対応もしてなかったのが不思議っスけど。どっかでくたばってるんじゃ?』
「そうであれば、また路地裏の支配権が我々【表層議会】の権力の元に戻って来る。そうなると有難いのだが……まあ、今はいいだろう。とにかく、任せたぞ」
『はいはーい、ではさよなら』
電話を切った【ウォッチャー】と呼ばれていた女性は、深々とため息をつきながら次の仕事の事を考えていた。そして……
(この流れ……既視感がありまくりッスね。【路地裏の王】が【都市型災害者】入りした時の、あの時のお祭り騒ぎの時に近いっス。こりゃあ、近々また始まるかも知れねースっね、宴の時が)
そんな事を考えながら、一人笑みを浮かべていた。もしそうなった時の、次の身の振り方を考えながら……
「ここには……私の様なモノが沢山あるのね」
そう呟く彼女の目線の先には、路地裏の入口となる建物同士の隙間から僅かに見える、ゴミだめの様に汚い街並みと賑やかな人通りがあった。全てを捨て、或いは奪い、はたまた奪われ続けた者が大半を占めるこの街においては珍しく、この辺りは仮初の平和を謳歌できる程度には治安も良い。この街の事を噂程度―まあ主に悪い噂だろうが―に知る人にこの景色を見せたなら、恐らくはこんな場所もあったのかと驚くであろう。しかし、記憶喪失であるこの少女はその様な理由でその光景に目を奪われている訳では無い。そもそも彼女の記憶喪失はかなり深刻であり、その目線の先に溢れかえるモノが人間である事、己がそれと同じ形をしている事についての意味すら理解できないほどであった。そんな彼女の心に浮かんでいたのは
(こんなに沢山あるんですもの。少しぐらい減ってしまってもいい筈よ)
という、凡そまともとは思えぬ思考。そして微かに残る記憶から呼び起こされた『空腹』という概念のみであった。何も分からないなりに、なるべく見つからない方が良いだろうと考えた彼女は人通りも少なくなった真夜中に、計画を実行する。路地裏の出入口……建物の角に張り付き様子を伺い、通りかかった憐れなる獲物に狙いをつけて引きずり込む。華奢な見た目のどこからそんな力が出せるのか、大の大人を押さえつけ、いとも容易くその首をへし折った。ビクビクと暫く痙攣していていた肉体はやがて動かなくなり、少女はやっと食べやすくなったそれを口元へ運び、そして思い出す。
「……いただきます」
記憶の奥底から呼び起こされたその言葉を口にし、そのまま目の前の肉塊も口にする。
一口目、湧き上がる感情。何と言うのが相応しい?
二口目、体が感じる幸福感。そうだ、これは……
三口目、思い出した……!この思いは、そう
「美味しい……!」
確信は更なる食欲を生む。あっという間に平らげて、二人目、三人目、四人目……そうなってしまってはもう止まらない。骨まで残らず食べきった。血の一滴も残さぬ勢いで飲みきった。それを差し引いても悪名高い街の路地裏だ。ちょっとの血痕、多少の行方不明者では騒ぎにならない。だが、彼女は……『悪食娘』は止まらぬ食欲と満たされる幸福感に身を任せ、大量に《食料》を消費した。その結果は分かりきった結末だった。一度の食事では僅かでも、繰り返す毎に増え続ける残骸。段々と大胆になる犯行。それは街の有力者が彼女に気づき、目に余るとして《始末者》を送るのには十分すぎる程であった。そして彼女は……否、この街は。その日を、宴の始まりの日を迎えたのであった。
その日も、彼はいつも通りの朝を迎えた。『仕事』の日は特別な事をして己を高める者もいるらしいが、彼からすればそれは馬鹿馬鹿しい行動であった。
(『仕事』は何ら特別なことじゃない、日常だ。至って普通の日課なんだ)
そう心の中で呟いた彼は前日に受けた命令通り、所属する組織のボスの部屋へと向かった。そしてボスから聞いた依頼内容は【東地区4番地】……この街でも比較的安全であり、そして彼の組織の領地でもあるその場所で最近多発している行方不明事件。その犯人が分かったので始末してこいとの事であった。
「あそこはくだらない日常に、平和な日々に縋り付くクソ野郎共の肥溜めだ。この街に来ておいて……いや、捨てられておきながらそんな物に縋ろうなんぞ片腹痛い。だが、その造られた、偽りの平和に金を払う奴らが少なくない以上は、商品価値としてその平和とやらを守る必要がある」
心底くだらない……という表情をした彼のボスは、そのまま続けて言った。
「こっちで原因をつきとめた。やんちゃした組織に雇われたんだか単にやべぇ個人なんだか知らねぇが、この後はいつも通りお前の仕事だ。わかるな?」
そしてそのまま、ボスは今回のターゲットの写真を彼に投げ渡した。
「了解です」
いつも通り……この言葉が指し示すのは、一つしかない。対象の始末である。故にこの後は普段通りに実行に移す。それだけであった。しかし、ターゲットの写真を見た時に、彼はふとボスの元に就いた時の事を思い出した。それは十年以上も前の話だ。話半分にこの街の事を聞いた彼の親は『にっちもさっちも行かなくなった貧乏人が最後に行き着く』という部分だけに希望を見いだしてこの街に来て、三日で死んだ。殺した犯人こそ目の前にいるボスであり、その時に魔術の才能を見出された結果彼は延命し、身に付けた魔術を使ってこの組織で始末屋として働いているのだ。当初は憤りを感じたりもしていたが、この街で暮らす内に考えが甘過ぎた親が悪かったのだと気付き、胸の内に抱えていた復讐心もとうに捨てた。今となっては、あのまま親と過していたら何処ぞで野垂れ死んでいたかもしれないと考えると、ボスに感謝したいぐらいである。
「……どうした?」
そう声をかけられ、彼は今までその場で写真を見つめたまま動いていなかった事に気付く。
「いえ、自分は大体この娘ぐらいの頃に貴方に拾われた事を思い出していました」
「ああ……あの日からもう十年程は過ぎたか、今思えば良い拾い物をしたものだな」
「身に余るお言葉です」
「そう謙遜しなくてもいい、本心だ。何なら、一番俺の元で長く働けているのはお前だからな。最早家族みたいなものだよ」
「家族……ですか」
「そうだ。俺には子供は居ないからな、ガキの頃から面倒見てやったお前は正に俺にとっては子供みたいなもんだ。まあ、実親を殺した奴に言われても不満だろうが」
「いえ、そんな事はありません。寧ろ感謝していますとも」
「嬉しい事を言ってくれるな。では改めて……今回も任せたぞ、『ラルド』」
「っ!了解……!」
今までは殆ど事務的なやり取りのみであり、ましてや名前で呼ばれる事など一度も無かった彼……ラルドは、初めてのやり取りに僅かな喜びを感じていた。やっと認められたような、まるで本当の家族の間に生まれるような感情は確かに彼に幸福を与えたのである。そして彼は更なる忠誠と成功を心に誓い、ターゲットである少女の始末の為に部屋を出たのであった。
その日も、少女はいつも通りの朝を迎えた。いや、朝と言っても彼女が薄らと思い出した『起きる時間は朝である』という記憶から考えて、今起きたなら今が朝である……という事にしただけなのだが。さて、いつも通りの朝の次はいつも通りの《朝食》を、と考えた彼女の心に憂鬱な思いが溢れてきた。というのも、ここ最近は流石に噂が広まったのか誰もこの路地裏の近くを通らないのである。そろそろ路地裏から出るべきか、いやそれも不安だし……と、彼女が考えていると背後に気配を感じた。できた影を見るに人型であり、つまりは彼女の《食事》の方からやってきたのである。喜び勇んで振り返り、飛びかかろうとした彼女は次の瞬間、胸の中心と背中に衝撃を受けて『痛み』という存在を思い出した。その痛みに混乱し、ひとしきり暴れて少し落ち着いた彼女が自身の肉体を見ると、胸を貫く鉄の杭で壁に打ち付けられていた。どくどくと流れる赤い血は、本来ならば己の喉を湿し空腹を満たす筈が、今回はそれが自分を苦しめる傷口から流れ出ており、それが余計に彼女を混乱させていた。
「吸血鬼って知ってるかい?」
ふと、目の前の《食料》が話しかけてきた。激痛に霞む目をかろうじてそちらに向けると、その《食料》は空中に手をかざしており、その手の先には己を貫く鉄杭と同じ様な物が空中に浮いていた。
「人を襲う化物少女と聞いて、思い浮かんだのはそれだった。実在するか否かが定かではない癖に、奴らは何故か『杭で心臓を打ち付ける』という明確な対処法が残っているんだ」
あの《食料》は……あの男は何を言っているのか……言葉は分かるが意味が分からない。だが、一目でわかる通り現状は目の前の男によるものであり、彼は今まで自分がしてきたように《命を奪う》つもりでやっているというのは理解出来ていた。そしてなおも、男は……差し向けられた始末屋のラルドは言葉を続けた。
「そういう訳でやってみたんだ。でも駄目だった……どうやら君は吸血鬼では無いらしい。しかしながら、例え違っていてもこうやって杭で貫き続ければやがては死ぬだろうし、死ななくても壁に打ち付けておけば無力化はできるだろう。そういう訳で、残りの残弾……僕の魔力が尽きるまでは打ち込ませて貰うよ。きっと痛いだろうけど、恨まないでくれ。君もやってきた事だろう?」
彼女は《恐怖》と《絶望》を思い出していた。今受けている傷は少しずつ癒えており、この場さえ乗り切れば生き延びられる。しかし己を貫き背後の壁にも深々と突き刺さるそれは到底抜けそうにも無くて、更なる追撃が来る事も確定していた。そして、直感的にそれを受け続けてしまうとやがて傷口の再生が止まってしまい、今までの《食料》と同じ様に自身が《死んでしまう》事を彼女は感じ取っていた。なので、乏しい記憶を元に何とか生き延びようとして言葉を紡いだ。
「おねがいします。おねがいします。たすけてください。みのがしてください」
それは、今までの《食料》達が己に向かって言っていた言葉の受け売りだった。更に、それはまるで子供が初めて親に怒られて、何故自分がそんな目に合うのか分からないという様な言い方であった。そんな彼女に、ラルドは僅かな怒りを覚えていた。仕事に私情は挟まないというのが鉄則ではあったが、その怒りは無理もない物であった。自分も人を殺す生業をしているとはいえ、その罪を理解し、その業を背負う覚悟があったのだ。しかし、目の前の少女にはそんな物は何も無い。ただただ己の空腹を埋める為に、当然の行動として命を奪い続けたのである。それは彼からすれば、否真っ当な倫理観を理解する者からすれば許せなくて当然であった。
「残念だが、僕は君を見逃す気は無い。それに、君を助ける様な人も居ないだろうね。君は無駄に命を奪い過ぎた……その報いを受ける時が来たんだよ」
「いやだ、おねがいします……たすけてください……たすけて、助けて、誰か助けてください……!」
何度も繰り返して命乞いをする内に、記憶が呼び起こされたのだろう。その声は実感を持ち、ただの見様見真似では無く心のこもった物となる。だが、そうなった所で意味は無い。この場にいる者はラルドと少女だけであり、かつラルドは彼女を助けない。もし仮にこの場に別の存在が居合わせたとしても、まともな人間ならば少女の味方にはならないだろう。やがてその言葉は聞き飽きたと言う様に、ラルドは宙に浮く鉄杭の照準を少女の顔面に合わせた。それが打ち込まれたら……最初に鉄杭に貫かれた際の痛みと混乱を思い出し、彼女の言葉が詰まる。そして、正にその鉄杭が顔面に打ち込まれようとした瞬間……路地裏に第三者の笑い声が響き渡った。
「クハハハハ!なんたることか、未だ幼き面影の残る少女をその様な物で苦しめるとは!」
先程まで二人の他に誰もいなかったはずの路地裏。そこに突如として現れた人影に、ラルドは思わず弾かれたようにそちらを向いた。
「それ即ち悪!そして悪とは全てこの我輩の物である……そう、最強にして絶対悪なこの【魔お】ギャッ!」
その人影が話し始めた矢先に、少女に向けていた鉄杭がそれに向けて放たれた。そして目にも留まらぬ速さで飛んでいったその鉄杭が、声を張り上げていたその男に突き刺さったのだ。
「すまない。一応周りに人が居ないことを確認して実行に移していたのだが……見られたからには消すしかないんだ」
「あ……う……」
「おや、もしかして助けが来たんだと思ったのか?言っただろう、君を助ける様な人は存在しない。大人しく死んだ方が苦しまずにすむよ」
少女は、その言葉に少し希望を見い出した。……見い出してしまった。死ねば痛みからも、恐怖からも、絶望からも開放される。そうだ、そもそも記憶も身寄りも何も無い自分には生きている理由なんて物もきっと無い。ここで死ぬのが一番なんだと。そう思った彼女は、目を閉じて覚悟を決める。死を受け入れた途端、少しずつ進んでいた傷口の回復も止まった。それに気付いたラルドは、最後の一撃で確実に仕留める為にしっかりと狙いを定めて……鉄杭を放った。それは、少女の頭を貫い……てはおらず、いつの間にやら二人の間に現れた男の手によって受け止められていた。
「我輩を無視して何を勝手に状況を進めておるのだ不届き者め。不敬にも程があろう!」
その様子に、少女は困惑した。
「え……?」
そして、ラルドは男に対する警戒度を引き上げていた。
「チッ……!」
更に男は言葉を続ける。
「確かに我輩は聞いたぞ少女よ、貴様の助けを求める声を……だから我輩はここに来た。何やら諦めた様であったが、助かりたい思いに変わりは無いか?」
その言葉に、少女に再び生への執着が目覚めた。いや、より強く、明確にそれへの望みが芽生えたのである。
「いき……たい。生きたい。生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい!……死にたくない!!」
「よく言った!ならば助けてやらねばならッ、フン!同じ手をくらう我輩では無いぞ」
いつの間にかやや距離をとっていたラルドが、再び男に鉄杭を打ち込む。しかしそれは、先程男が受け止め、手に持っていた方の鉄杭によって弾かれてしまった。
「まあしばし待て。無論タダで助ける訳には行かんがな、その条件を教える前にあの男は何とかしてやろう。先程の個人的な恨みがあるからな!我輩は結構執念深いのだぞ!」
「うるさいですね貴方は……僕も仕事の邪魔をされた恨みがありますので、先に貴方から始末してあげますよ!」
「フン、ならばかかって来るがいい。【魔王】の肩書きは伊達ではない所を見せてやろうぞ!」
そう言って、鉄杭片手に自称【魔王】はラルドに飛びかかる。ラルドはそれを待ち構え、繰り出された鉄杭を宙に浮く他の鉄杭で弾き、そのままそれを打ち込む。やがて、一進一退の様な攻防を繰り広げながら路地裏の奥に移動して行き、少女の視界から完全に見えなくなった。恐らくは、ラルドは杭で身動きが取れない少女が逃げられるとは思っていないからこその行動だったのだろう。また、実際にそうではあった。そうではあったのだが……
「さて、助ける条件についての話だが」
「えっ!?」
「おい、あまり大声を出すでないわ。バレるであろうが」
「で、でも……さっき二人で奥の方に」
「あれは幻覚魔法だ。直々に戦ってやってもいいのだが、奴も手練だ。力の大半を失った今となっては、万が一があるからな」
そう言いながら、【魔王】は少女を壁に打ち付けていた鉄杭を抜き取り、少女を解放した。暫くは痛々しいその傷口から鮮血が滴り落ちていたが、徐々にそれも弱まり、やがて止まった。それを確認した【魔王】は満足そうに頷くと
「さて、助ける条件の話だがな、我輩の下僕となれ」
「げぼく?」
「ウム、下僕だ。下僕となれば我輩の所有物となり、だからこそ我輩の庇護下になるという訳だな」
「わかりました」
「まあ、そう簡単に決められる様なものでは無いだろう。まずは……ヌ!?」
「なります、げぼく」
「いやいや、我輩が言うのもアレだが……いいのか?」
「はい。私は何も覚えてないです。だから生きる意味が欲しかった。助けてくれたまおうさまへの恩返し……やっとできた、私の生きる意味」
先程までたどたどしい話し方をしていた少女が、急にスラスラと語りだしたことやや面食らいながらも、【魔王】はその思いを受け入れた。
「クハ、クハハハハ!いいだろう、ではこれよりは、我輩に仕える事を唯一の生き甲斐としてその命を我輩に預けるがいい!貴様の忠誠が変わらぬ限り、その身の安全を保証しようではないか」
「ありがとうございます」
「ウム、ではとっととこのような場所からは立ち去るぞ。そろそろ気付いて戻ってくるかもしれんからな!」
「はい。ところでまおーさま、安心したらお腹が空きました。美味しいお肉が食べたいです」
「クハハ、良いだろう!ではまずは腹ごしらえといこうではないか、クハハハハ!」
壁に空いた穴、その場に出来た血溜まりと瓦礫の山、そして血が着いた鉄杭。その他には最早何も残されていない路地裏に、ラルドは立ち竦んでいた。
「失敗した……!まさかこんな単純な手に引っかかってしまうとは」
最初の仕事と、そもそも成功を期待されていなかった……というか、失敗が前提だった形だけの仕事。その二回しか、彼は失敗をした事が無かった。だが、そのプライドの問題なのではない。また、彼の組織では失敗した者がボスによって消されることは多々あったが、彼には彼の組織で最も強いのが自分であり、刺客が来ても返り討ちにできることや、自身のそもそもの利用価値の面から、もう一度チャンスを貰えるだろう事が分かっていたので、そこが問題なのでも無かった。ただ一つ、問題があるとすれば……
『今回も任せたぞ、ラルド』
「やっと認めてもらえたのに、あの期待に応える事ができなかった……!」
言葉にすることで、よりハッキリとそれが認識される。ふつふつと湧き上がる感情が己を支配する。かつてボスに抱いていた怒り、その復讐心よりも激しいそれが、身体中を駆け巡っていた。
「絶対に……絶対に許さんぞ……!自称魔王も、悪食娘も……僕が必ずこの手で始末してやる……!」
『って言ってましたよ、ボス』
「そうか、良くやった。では一度戻った後、次の仕事に入ってくれ【ウォッチャー】」
『うーっす……てかボス、何で今回に限ってラルド君にあんなこと言ったんですか?仕事に私情は挟まない鉄則からはかけ離れた感じになっちゃってまっせ?』
「余計な事を聞くんじゃない、消されたいか【ウォッチャー】……と言いたいところだが、教えてやろう。ラルドの為だよ」
『ラルド君の為……ですか?』
「ああ、確かに仕事に私情を挟むのは厳禁だ。だがね、ただのルーチンワークと化した仕事をただ粛々とこなすだけではやがて限界が来て行き詰る。熱意を持って、感情込めて、いつも通りの日常としてでは無い形でやる仕事というのも、また重要なのだよ」
『なぁるほど、だからあんな事言ってより熱心に仕事してくれる様にしたんスね……でも、まさか失敗するとは思ってなかったんじゃ?』
「いや、正直その可能性も考えていたよ。いくらラルドがかなりの実力者とはいえ、流石に【都市型災害者】には勝てないだろうからな。ただ、全ての路地裏を実質的に支配する【路地裏の王】辺りの乱入を考慮には入れていたが……まさか謎の新参者に出し抜かれるとはな」
『ああ、そう言えば最近見ないっスねぇ、【路地裏の王】……まあそもそも【悪食娘】に対しても何の対応もしてなかったのが不思議っスけど。どっかでくたばってるんじゃ?』
「そうであれば、また路地裏の支配権が我々【表層議会】の権力の元に戻って来る。そうなると有難いのだが……まあ、今はいいだろう。とにかく、任せたぞ」
『はいはーい、ではさよなら』
電話を切った【ウォッチャー】と呼ばれていた女性は、深々とため息をつきながら次の仕事の事を考えていた。そして……
(この流れ……既視感がありまくりッスね。【路地裏の王】が【都市型災害者】入りした時の、あの時のお祭り騒ぎの時に近いっス。こりゃあ、近々また始まるかも知れねースっね、宴の時が)
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