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35話 デート当日

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「デート……?」

 アリシアの言葉に、僕もシャロンも首を傾げた。
 いきなり何を言い出すんだコイツと言わんばかりに、疑問が胸元に残る。

 その疑問に対して、無言の何かを感じ取ったのだろう。
 アリシアがドヤ顔で語った。

「どうせ暇なんだからいいでしょデートくらい。せっかく、シャロンが一肌脱いでくれたんだから。文字通り」
「セクハラか」

「何よセクハラって」

「いや、なんでもない……というか、デートって三人で行くのか? 僕とシャロン、または僕とアリシアではなく?」

「当然じゃない。誰か一人を蔑ろにするのはよくないわ」

「交代で行けばいいじゃん」

「それだと時間の無駄に繋がるし、時間がかかるでしょ。今はたしかに余裕があるけど、わたしはシャロンがいても何の問題もないわ。シャロンはどうかしら」

「え? わ、わたしですか?」

 急に話を振られ、シャロンは困ったように僕の顔を見た。
 しかし、既に彼女の中で答えは出ているのか、シャロンらしい真面目な表情で答える。

「もちろん、わたしもアリシアさんがいても構いません。わたし達は、同じ人を好きになった同士ですから!」

「ありがとうシャロン。嬉しいわ。……というわけで、わざわざ交代してまでデートする意味はないと思うの。どうかしら?」

 どうかしらって言われてもな……。

「別に、僕の方から特に断る理由はない。二人がそれでいいなら、僕も問題ないさ」

 むしろ道中、アリシアの相手をシャロンがしてくれると思うと気が楽になる。
 僕は彼女たちのことが好きだが、決して彼女たちに彼氏然とした姿が見せられるわけじゃない。
 自分で言うのもなんだか、結構、つまらない男だと思う。

 だから仲良しかつ同性のシャロンが混ざることで、退屈な空気が消えるなら願ったり叶ったりだ。

 僕の意見にアリシアが満足そうに頷いた。

「じゃあ決定ね。明日はちょっと行ってみたいお店があるのよ」

「行ってみたい店?」

「ええ。シャロンもきっと気に入るわ」

「わたしが、ですか? どんなお店なんです?」

「秘密よ。わたししか知らないなら、サプライズにとっておくわ。楽しみにしてなさい」

「サプライズねえ」

 なんとなく、どんな店に行くのかは予想できる。
 というのも、彼女が口にした言葉がヒントだ。

 アリシアはたしかに言った。
 シャロンが気に入る店だと。
 こんなこと言うとシャロンに失礼だが、シャロンは基本的に自分の好みをあまり口にしない。

 それは趣味や好みが無い——わけではなく、単純に少ないのだ。

 そして彼女は謙虚である。
 自分の要望を口にせず、周りに合わせる傾向がある。

 だが、そんな彼女が唯一、絶対に頬を綻ばせる瞬間があった。
 ——食事だ。
 何かを食べている時、彼女は幸せそうに笑う。

 だから僕は答えに行き付く。
 必ず正解とは言えないが、多分、どこかしらの飲食店だろう。
 アリシアが行ってみたいと言ってたし、甘味系かな?
 僕も甘い物は嫌いじゃない。

 意外と、明日のデートが楽しみになってきた。



 ▼



 翌日、ぐっすりと休んだ僕たちは起床した。
 特に細かい予定を決めていなかった僕らは、のんびりと準備をしながら一階の食堂に下りる。

 朝食を頼もうとして、ふと思った。
 今日はもしかすると飲食店に行く可能性がある。
 ならばあまり食べない方がいいのではないか、と。
 そこまで思考を巡らせて、僕は注文を控えめに朝食を食べた。

「あら、今日は食欲がないの? あまり食べてないわね」

 隣に座るアリシアからそんなことを言われたが、彼女のサプライズを潰す気はない。
 僕はフォークに野菜を突き刺しながら、

「いや、朝食は軽く摂りたい気分なんだ、今日は」

 と言って笑った。
 するとアリシアは僕の表情から何かの察したのか、不敵に笑って、

「そ。午後はたくさん食べられるといいわね」

 と返した。

 うん、間違いない。
 やっぱり彼女はどこかしらの飲食店に行くつもりだ。
 僕の判断は間違ってなかった。

 ちなみにシャロンはいつも通り、僕たちの倍くらいは食べていた。



 ▼



 朝食を食べ終えた僕たち三人は、早速と言わんばかりに宿を出た。
 アリシアもシャロンも僕を左右から挟み、楽しそうに会話をする。

「それで、本日はどこへ向かわれるのですか?」

「まずはデートの定番、買い物ね。ほら、わたし達ってハンター活動用の服は持ってても、私服はあまりないじゃない? それを買ってから行きましょう」

「私服……わたしは今の恰好でも問題ありませんが……」

 そう言って自分の体に視線を落とすシャロン。
 彼女の服装は、いつもの軽鎧を剥がしたなんとも味気ない茶色やら黄土色やらの服装だ。

 肌の露出を抑え、汚れてもいいと言わんばかりの恰好。
 流石に、普通に出掛けるには不相応なのだろう。
 そういうことに疎い僕でもわかる。
 ちょっと地味すぎると。

「ダメよ。シャロンは可愛い女の子なんだから、ちゃんと着飾らないと。その内、シャロンは可愛くないからって理由でノア様に捨てられたら嫌でしょ?」

「ノア様が、わたしを、捨てる……?」

「捨てないけどね」

 一応、アリシアの言葉を補足しておく。
 例え話だよ、と。
 だが、

「ノア様に、捨て……捨てら……」

「シャロンさん? 僕の話、聞いてた?」

 彼女の耳に、僕の言葉は届かない。
 よほど捨てられる、という単語がショックだったのか、先程までの笑みが剥がれて涙すら浮かべていた。

 これはまずいとアリシアに目配せして、アリシアが慌てて彼女を抱き締める。

「冗談よ、冗談。本気にしないでちょうだい、シャロン。あくまで、あなたが着飾った方がノア様は喜ぶと言いたかったの」

「冗談……そ、そうですか……」

 あからさまにホッとするシャロン。
 けれどアリシアが何を伝えたかったのか理解したのか、涙を拭いて真剣な表情を浮かべる。

「ですが、アリシアさんのお言葉はごもっとも! わたしも着飾ってみせます! わたし如きのセンスなど笑い話ですが、頑張ります!」

「ええ、ええ。その勢いよ。安心しなさい? わたしがちゃんと手伝ってあげるから」

「ありがとうございます、アリシアさん!」

 最終的に仲睦まじく笑い合う姉妹みたいな二人を眺めて、僕も胸を撫で下ろす。
 そして、改めて買い物という名の地獄がはじまった。
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