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第三章
19話
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エントランスの自動ドアを抜ける前に瞬はチラリと社名のロゴに視線を送る。
忍が自らに足りないものを補うためにあえて痛みを飲み込みながら意識を変えたというそのロゴが、今になって初めてお守りのように思えた。
秋平から聞かされた中学時代の忍の姿を少しだけ想像してみる時があった。今の忍は自信家という雰囲気ではなくとも、確固とした己を持っていることに違いはなく、何があっても自律を崩さず守るべきものを守り切る強さを持っている。そんな現在の忍から、聞いた通りの姿を思い浮かべるのは難しいものがあったけれど、それでもなんとなく分かるのだ。瞬がいない人生を恐れて流した涙や、何があっても周りの誰かのために身を挺してしまう行動理念の奥底に「求められたい」と言う気持ちがあるのだと。きっとそんな気持ちを抱かせた根幹が幼い忍が晒された苦痛や屈辱なのだろう。想像するだけでも過酷な道のりの中で得た気づきを惜しみなく分け与えてくれる忍がそばにいてくれる限り、瞬だってきっと忍と同じように強くなれるはずだと暗示のように心の中で繰り返す。それでも不安になりそうな心を保つために、ST groupと言うロゴを瞼の裏にしっかりと焼き付ける。
無意識に襟元に指先が伸びた。その下のCollarが食い込むようにキツめにネクタイを締め直す。その指先を不意に忍が止めた。
「瞬、気負いすぎても折れてしまうよ。多少の風は受け流せるような撓る余裕を残しておいて」
社員の目もある中で堂々とネクタイを緩めに整え直され、思わず大丈夫なのかと周囲に視線をやってしまう。見て見ぬふりをしてくれる社員たちに感謝するしかない。
ネクタイから離れた指がそっと瞬の前髪を撫で付けた。
「大丈夫。君はそんなに弱くない。僕が育てたんだ、そうだろう?」
片目を閉じて、撫でてくれる手のひらの柔らかさを堪能する。それだけで緊張し切っていた心が少しだけ緩んだように思えた。
エレベーターが止まった。今日は少し早めに出社をしたせいか、社員もまだ少ない。乗り込んだのは忍と瞬の二人だけだった。
ドアが閉まると同時に忍が瞬の頸を手のひらで引き寄せ、瞼やこめかみに啄むようなキスを繰り返す。くすぐったいような刺激で瞬の体に本格的に火が灯ってしまう前に解放し、仕上げと言わんばかりにポンポンと背中を手のひらであやすように軽く宥めてくれる。
さすがに世間知らずの瞬とはいえ、こんな扱いを毎日受けていて自分が甘やかされていないとは思ってはおらず、その痺れるような甘さに浸ってしまいそうになるたびに自律心を引っ張り起こして奮い立たせることになるのだった。忍に何もかもを預けて忍なしではいられなくなってしまったら、きっと忍は瞬から離れてしまう。その恐れをずっと抱いたままだから。
わずかに紅潮した頬と目尻を誤魔化すように手のひらで擦り、最上階で開いた扉の外へと足を踏み出す。忍と一瞬視線を交わし、微笑んで頷いてくれる碧水の瞳をしっかりと見つめ返して頷き返した。
踵を返す。社長室の中と外。忍から離れたその瞬間から、自分の身は自分で守らなければならないのだと眦を引き締める。
給湯室で暇でも潰していたのか、スマホを片手にしゃがみ込んでいた伊南がニコッと微笑んで「おはようございます」と瞬を見上げた。
忍が自らに足りないものを補うためにあえて痛みを飲み込みながら意識を変えたというそのロゴが、今になって初めてお守りのように思えた。
秋平から聞かされた中学時代の忍の姿を少しだけ想像してみる時があった。今の忍は自信家という雰囲気ではなくとも、確固とした己を持っていることに違いはなく、何があっても自律を崩さず守るべきものを守り切る強さを持っている。そんな現在の忍から、聞いた通りの姿を思い浮かべるのは難しいものがあったけれど、それでもなんとなく分かるのだ。瞬がいない人生を恐れて流した涙や、何があっても周りの誰かのために身を挺してしまう行動理念の奥底に「求められたい」と言う気持ちがあるのだと。きっとそんな気持ちを抱かせた根幹が幼い忍が晒された苦痛や屈辱なのだろう。想像するだけでも過酷な道のりの中で得た気づきを惜しみなく分け与えてくれる忍がそばにいてくれる限り、瞬だってきっと忍と同じように強くなれるはずだと暗示のように心の中で繰り返す。それでも不安になりそうな心を保つために、ST groupと言うロゴを瞼の裏にしっかりと焼き付ける。
無意識に襟元に指先が伸びた。その下のCollarが食い込むようにキツめにネクタイを締め直す。その指先を不意に忍が止めた。
「瞬、気負いすぎても折れてしまうよ。多少の風は受け流せるような撓る余裕を残しておいて」
社員の目もある中で堂々とネクタイを緩めに整え直され、思わず大丈夫なのかと周囲に視線をやってしまう。見て見ぬふりをしてくれる社員たちに感謝するしかない。
ネクタイから離れた指がそっと瞬の前髪を撫で付けた。
「大丈夫。君はそんなに弱くない。僕が育てたんだ、そうだろう?」
片目を閉じて、撫でてくれる手のひらの柔らかさを堪能する。それだけで緊張し切っていた心が少しだけ緩んだように思えた。
エレベーターが止まった。今日は少し早めに出社をしたせいか、社員もまだ少ない。乗り込んだのは忍と瞬の二人だけだった。
ドアが閉まると同時に忍が瞬の頸を手のひらで引き寄せ、瞼やこめかみに啄むようなキスを繰り返す。くすぐったいような刺激で瞬の体に本格的に火が灯ってしまう前に解放し、仕上げと言わんばかりにポンポンと背中を手のひらであやすように軽く宥めてくれる。
さすがに世間知らずの瞬とはいえ、こんな扱いを毎日受けていて自分が甘やかされていないとは思ってはおらず、その痺れるような甘さに浸ってしまいそうになるたびに自律心を引っ張り起こして奮い立たせることになるのだった。忍に何もかもを預けて忍なしではいられなくなってしまったら、きっと忍は瞬から離れてしまう。その恐れをずっと抱いたままだから。
わずかに紅潮した頬と目尻を誤魔化すように手のひらで擦り、最上階で開いた扉の外へと足を踏み出す。忍と一瞬視線を交わし、微笑んで頷いてくれる碧水の瞳をしっかりと見つめ返して頷き返した。
踵を返す。社長室の中と外。忍から離れたその瞬間から、自分の身は自分で守らなければならないのだと眦を引き締める。
給湯室で暇でも潰していたのか、スマホを片手にしゃがみ込んでいた伊南がニコッと微笑んで「おはようございます」と瞬を見上げた。
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