スパダリ社長の狼くん【2】

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第二章

13話

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 翌朝、シートに座るのも辛く、事故りそうだと呻く瞬に変わって愛車を運転しながら忍がその胸元を指差した。
「きちんとシートベルトは締めて。危ないからね」
「無理無理……っ、めちゃくちゃ痛いんだぞっ……」
 なんとか尻をつけないように腰を浮かせている瞬を叱るように一瞬急ブレーキをかける。反動でがくんと座り込んだ瞬が悲鳴をあげた。
「うううっ!!」
 くすくすと忍が堪えきれなかった笑いを漏らす。
「しっかりお仕置きが効いててよかったよ。一週間くらいは痛むかもしれないね」
「……~~~~っ、ばかっ……!」
 涙目でこちらを睨んでくる瞬の鼻先を指でとん、と突く。
「悪いことをしなければこんな目にあっていないよ。反省しなさい」
 そう言われてしまったらぐうの音も出ない。ズキズキと響く尻をなんとかシートにつけて、シートベルトを締める。忍の愛車の内装は黒の本革張り、高級車だけあって衝撃吸収性も高く、普段ならば乗り心地の良さにうっかり眠気を誘われてしまうようなシートなのだが……この状態で走ればやはり衝撃はゼロではないことはもちろん、張りのいい革は沈み込みが少ない分とんでもない苦痛だった。
「いいぅっ……」
 歯を食いしばっている瞬の目尻を隣から伸ばされた忍の指先が軽く拭う。
「泣きながら出社する気かな。あと少しだから泣き止まないとね」
 セリフが終わると同時にふっと視界が暗くなる。パーキングに滑り込んだ車が、忍の固定の駐車スペースに滑らかに移動して、わずかな反動とともにブレーキが踏まれた。ガチガチに強張っている瞬に視線を投げて、忍は先に車を降りた。回り込んで助手席の扉を開け、手慣れた手つきでシートベルトを外してやる。
「立てる?」
声をかけると、立ちあがろうと前屈みになった瞬が悲鳴をあげてシートに戻った。腰を上げるためにどうしても重心を移動しなくてはいけないのだが、痛みのあまりまともにできないのだ。忍が小さく笑ってその背中に腕を回し、腰を抱き上げるように引っ張り上げる。なかば忍の肩にしがみつくような形で何とか車を降りた瞬間、忍の肩越しに鉢合わせた槙野と視線がぶつかり、何とも言えない気まずさが漂う。

「あっ……の、おはよう、ございます……」

 沈黙に耐えきれず、痛みを堪えてつっかえながら挨拶する。槙野の存在に気づいた忍は、それでも悪ふざけをやめてくれるつもりがないらしい。
「おはよう、槙野。ほら、瞬。先輩の前でいつまで僕にしがみついているの? ちゃんと立って」
 叱るように軽く尻を叩かれて、思わず爪先立ちになる。槙野が呆れた顔になった。槙野もDomだ。これがどのような状況に居合わせてしまっていることなのかを推し量ることは苦でもない。おそらく忍もそれを分かっていて槙野を巻き込んでいるのだ。困った上司だとため息をつきながら、忍の意向に合わせた。
「どうしました、黒宮さん。秘書ならば姿勢は正しく。社長に支えられているようでは失格ですよ」
 追い詰められた瞬の瞳に涙の膜が張っている。ちらりと忍を伺っても、彼は余裕の笑みで瞬を弄び続けていた。それだけで、もはや槙野が入り込む余地などどこにもないほどに2人の絆が強くなっていることは窺い知れた。
「できないのはどうして? 僕に何をされちゃったんだった?」
 瞬が縋るような目で忍を見つめ、イヤイヤと小さく首を振る。そんなの言えるわけがない。いくら槙野でも、忍に尻を叩かれて痛くて座れなくなっていると言うこの状況を知られるなんて死にたくなる。
忍が一瞬縋り付いている瞬の体を支える手を離す。尻餅をつくことを何とか回避しようと瞬が必死で忍に取り縋った。既に泣きの入り始めている後輩が流石に気の毒だと槙野が咳払いをした。
「社長、あまり黒宮さんをいじめて遊んではいけませんよ。黒宮さんはどうみてもSubとしての経験も浅いようですから」
「ふふ、だからこそ可愛くてついね」
 こんなに機嫌のいい忍は珍しいと槙野は密かに思う。その胸中を明かすことはほとんどない忍だが、槙野ほどの長い付き合いともなれば機嫌がいいのか悪いのかくらいは分かるようになる。今日の忍の機嫌はさしずめ極上といったところか。知らず知らずのうちに槙野のDom性も瞬に対して意地の悪さを見せ始めてしまう。
「社長がこれほどご機嫌になるほど遊んでいただいたんですか? その様子だとしっかりとお仕置きをされてしまったようですね」
 かぁっと瞬の顔に血が昇る。何もかも見透かされていることに、恥ずかしさのあまりぽろっと涙がこぼれてしまう。
「ふっ……う、うぅっ……~~~~っ、っ」
 
 泣き出してしまった瞬をあやすように抱きしめて、忍が「ごめんね」と甘い声で宥め、その髪を撫でる様を他人事のような目で眺める。
 あの日タワーマンションで、分かりやすく忍は瞬を選んだ。その時から、心のどこかでもうこの想いにけりをつけようと決めていた自分がいたのだ。それに、どうあってもDomである自分には瞬のように素直な、虐められても甘やかされれば水に流せると言う性格は備わっていない。そもそもが忍とは恋仲になれるはずもないのだった。そう自分の中で諦めがつくと、すんなりと執着も薄れた。むしろ今は自分も忍のように己にだけ懐くSubを支配したいと強く願っていた。
 羨望の対象が瞬から忍へ移っていることを感じ取って、忍は心のどこかで寂しいような安堵したような複雑な思いを隠す。瞬も、秋平も、佑も、槙野も……皆、成長してゆく。一人取り残されたままのように感じるのは──彼らの眩さに目が眩んでいるからだと思いたかった。
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