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第二章
10話
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そろりと玄関を開け、なるべく忍とあまりにも早く遭遇しないように足音を殺して自室に向かう。
あまり家具には拘らないタイプなので、瞬の部屋は利便性を重視した機能性の高いシンプルな家具が多い。そういうものほど目玉が飛び出るような価格帯だったりして、ネット通販のカートやお気に入りに入れたきり悩んでいると知らないうちに忍が購入していて突然届いたりするのだった。
なので当然のように、ものすごくスタイリッシュな部屋になってしまっていた。拘っていなかったはずなのに。そんな洗練された部屋の中で、クローゼットを開ける。ジャケットに移っていた酒の匂いと、隣に座っていた女性の香水の香りをすばやく消臭剤で消す。完全に後ろめたいことをしたあとのような自分の振る舞いに、余計に罪悪感が募る。別に何もしていないはずなのに。
リビングに入るのが怖い。そういえば、忍は今日の夕飯が冷蔵庫にストックしてあったことはわかっただろうか。何も食べていなかったら……そんなことくらい連絡をすればよかったと急に後悔と申し訳なさで瞳に涙の膜が張る。
謝ったら許してくれるだろうか……そんな狡い考えは捨てて、自分からちゃんと罰を受ける意思を示したほうがいいだろうか。
リビングから逃げ出そうとするつま先を抑え、背後を振り返る。自室と忍の部屋が向かい合う先、廊下の突き当たりを少し曲がったその部屋……。
ややして、涙で頬を濡らしながらドアを開けた瞬を責め具が取り囲む部屋の中央のベッドで、ゆるやかに腰掛けたまま微笑んだ忍が「遅かったね」と手招いた。
瞬を目の前に立たせたまま、忍が座ったまま優しい口調で問いかける。口調こそ優しいものの、尋問のような雰囲気に挫けそうになる。
「まず、僕に何から話そうか?」
ひくっと息が引き攣る。もう涙も決壊している中でどんどん恐怖と罪悪感を煽り立てられ、瞬く間にしゃくり上げて号泣してしまう。
「泣いていても分からないよ。ちゃんと君の口から説明してごらん」
「ごめんっ……ごめんなさい……っ」
「何をしてしまって謝っているの? ちゃんと教えて。僕に叱られることを覚悟してこの部屋まで来た理由をね」
「と、友達と……っ、飲みに、行って、て……っ、門限破ったし、連絡もっ……」
うん、そうだね、と頷いた忍が先を促すが、瞬はそこで貝のように口を閉ざした。これ以上話せば笹野の立場が悪くなってしまう。万が一笹野に異動辞令でも出されれば、藍原にだって迷惑が及ぶ。
「言えない理由は、君のためなのかな?」
忍があくまでも穏やかに尋ねる。幼い子供に接するような、自分の激昂は見せずに辛抱強く相手の言い分を聞き出せるその在り方はいつも尊敬はする。するけれども、こんなときは怒りに任せて殴りつけてきたり、求められるセックスにさえ応じればさっさと寝てしまったかつての飼い主たちの罰の方が楽だったと思う時もあった。もちろん実際その頃に戻れるかと言われれば絶対にごめんなのだが、確実に瞬に罪悪感を自覚させて反省を促す忍の叱り方は、まざまざと己の過ちを痛感させられるが故につらいのだ。
質問されて瞬は固まる。どう答えるのが正解なのだろう。自分のためじゃない。けれど、瞬の勝手なわがままのせいにしておけば周りには迷惑は及ばない……。そこで首を横に振ることを躊躇うこと自体が答えなのだが、と忍は小さく嘆息した。
「瞬」
名前を呼んで、答えるように促す。じわっと新たに滲んだ涙がすぐに雫になってぼろぼろと零れた。
「……っ、はい……」
やはりそう答えるか……と忍は緩んでしまいそうな頬を苦心して引き締める。優しい子だ。
種明かしをすれば、どういう経緯で瞬が門限を破ったのかはもう笹野から連絡が来ていた。多分自分じゃ言わないと思うんで、と最後に苦笑を滲ませた笹野の洞察力を忍は買っている。元から有秀な社員だが、経験と年齢を重ねた今、その人格も含めてよそには譲りたくない人材だった。
「瞬、君は君の都合でこんな時間まで遊び歩いて、わざわざお酒の匂いを部屋で消して、泣きながらここへ来たの? そんなことを認めたらすごく厳しく叱られるかもしれないのに」
忍の確認に瞬のつま先が背後に逃げる。首筋が震えている。忍は決して優しいだけではないことを瞬は知っている。めりはりを効かせた接し方をするが故にお仕置きの時はとても厳しい。それなのに……怖くて仕方がないはずなのに、また体の奥が無意識に疼くのだ。
好きの反対は無関心とはよく言ったもので、これでも忍が何もお仕置きをしなかったとしたら瞬のことはもう見放していると思っても間違いではないだろうとも思うのだった。痛い思いはしたくないが忍にだけはそれを求める、それはただただ、忍の関心と愛が自分にきちんと向いていてくれることを実感したいからだ。
けれど、それとはまた別に自分の意思でわざと忍の言いつけを破るようなことはしていないのにと思う瞬もどこかにいるのだ。第二性をもつものはDomにしろSubにしろ、己の本能に刻まれた欲求と本人の意思が乖離することに苦しむ場合は多い。矛盾した二つの自分に振り回されて、意識が混乱する。
「ごめん、なさい……っ、」
座り込んでしまった瞬の体がゆっくりと変化していく。変形する耳と尾骶骨から伸びていく尾の骨。黒い毛並みが室内の照明を弾く。窓は一切設られていない部屋に満ちる静けさに急に気がついた。防音処理がされている。
(……怖い、怖い……逃げたい……っ)
そっと頭を撫でられて、体がすくむ。
「瞬、嘘をつくのは良くないよ。誰かのための嘘だとしても、君が傷つくことをその人は望んでいるかな。
その嘘は僕に対しても笹野くんに対しても不誠実だよ」
瞬が愕然としながら目を見開く。どうして、と言いかけてGPSが付けられていることを思い出し、絶望した顔になる。察した忍が首を振った。
「違うよ。僕は君を見張ってたわけじゃない。あれは万が一君が攫われるような事態に備えてつけただけ。本家に君の存在が知られているだけで、君には危険はつきものだからね。別に普段から君がどこにいるのか監視していたりはしない」
「じゃあ、どうして……」
「うん、どうして僕は君が何をしていたか知っているのか考えてごらん」
言外に隠したところでどんな会だったのかも知っていると示す忍に瞬が俯く。こんなの、どう誤魔化してももうどうしようもない。それにGPSで知られたのではないとしたら、残る答えは一つしかなかった。
「笹野が……」
呟くような声で、どうしてこうなったのかを説明する。喉がからからに乾いて何度も唾を飲み込むが、全く潤ってくれない。反対に目からはとめどもなく涙がこぼれて、瞼が腫れているのが既にわかるほどだった。涙と嗚咽がひどくなると、今度は乾いていた喉が潤いすぎて、鼻水も垂れる。しゃくりあげていることもあってなかなか進まないその話を急かすでもなく聞きながら、やはり正直な瞬は何一つ隠すことなく話すのだな、としみじみとする。先ほど主人の元へ返した佑とは大違いだ。あちらも今頃、本人の話と忍からの報告の違いをこってりと主人に絞られていることだろう。往生際が悪い佑を躾けることに関してはやはり秋平の方が適任だとつくづく思う。どうしても甘やかす方向へ頭が偏ってしまう忍には、瞬の方が躾やすいのだ。
言い訳混じりの要領を得ない説明を全て聞き終えて、指で俯いたまま唇をかみしめて嗚咽を殺している瞬の顎を持ち上げる。
瞬の泣き顔はもう見慣れているとは言え、恐怖でも絶望でもない純粋な後悔や罪悪感で泣くことはまだ最近になってからで、その表情はどこまでも愛しかった。お仕置きを恐れる気持ちもあるのだろうに、多分今この子の心を占めているのは自己嫌悪と反省だけなのだ。思わずそのまま抱きしめて、傷ついて腫れ上がった心が解れるまでどろどろに甘やかしてしまいたくもなる。が、瞬のためにも忍自身のためにも……これから自分たちがパートナーとしてずっと寄り添っていくためにもそれだけではダメなのだともう分かっていた。甘やかすのは、罰という鞭を振るった後だ。
「なるほど、随分悪い子になっちゃったみたいだね? それでお仕置きをしてもらうためにここへ来たんだね、僕が君がとても悪い子になってしまったらここでお仕置きするよって言ったから。リビングではいつもどんなお仕置きをされる?」
「……スパン、キング……される……、」
「そうだね。いつもはどうやってお尻を叩かれていたっけ?」
さあっと瞬の体から血の気が引く。嗚咽がひどくなりすぎて顔だけは真っ赤なまま、ぎゅっと目を閉じる。
「……、……っ、パドル使うのか……?」
「この部屋に来たんだから、分かっていたんだろう?」
わざとらしくぐるりと見回して見せる。瞬が見るのも恐ろしいというように視線を逸らしていたことはお見通しだった。見たくないものからは視線を逸らして、目に入らないように振る舞う……守りに入りやすい、臆病な子供。
ゆっくりと腰を下ろしていたベッドから立ち上がり、無意識のままkneelしている瞬を置いて壁に向かう。いくつかのパドルを厳選し、三つを手に取って戻る。
一目見たとたん瞬が身を縮めた。初めて使われた時の痛みがトラウマになっている分厚く重いパドルに、胸の奥が激しく鼓動を打って脳が痺れる。思わず縋るように口走る。
「それっ……それ、それは……やだ、やだ怖いっ……」
「これは痛いからね。悪い子になってしまった瞬へのお仕置きにはちょうどいい」
瞬の耳がぎゅっと平たく伏せた。尾が二足歩行の体では難しいのもお構いなしで脚の間に丸まろうと尻に沿う。
指先が許してと頼み込むように忍の履いている部屋着の裾を握りしめた。
「いや……嫌だ、だってそれ本当に……」
忍が小さく笑う。Domとしての強いGlareが瞬の瞳をまっすぐに貫いて、体の芯から蕩けていくような快感に手足から力が抜けてしまう。
「言う事を聞かないとね。君は自分が悪い事をしたと思っているからここへ来たんだろう?」
促されるまま痺れた脳が思考を放棄して、熱い吐息が漏れる。
「……はい……」
その股間が昂り出しているのをちらりと確認して、三つのパドルを厚みが薄く面積も小さいものから順に並べて、お仕置きの宣告をする。
「まずはこの左ので君がどうして叱られているのかちゃんとわかるまで叩く。君がきちんと反省ができたら、真ん中ので二度とこんな事をしないようにしっかりお尻に刻んであげる。最後に、君の大嫌いなこれで仕上げの10回だ」
最後の一つ以外は回数も宣告されない。どれだけ耐えたら許してもらえるのか分からない不安と戦いながら痛みで泣かされることしか予想できず、それなのに体はバグを起こしたように熱さを増していく。
忍がポンポンとベッドのふちを手のひらで叩く。
「うつ伏せて。腰の下に枕を入れて」
そう指示された途端、本能に支配されていたはずの心にキリッと音を立てるように恐怖が差し込んだ。
「……忍の、膝がいい……」
掠れる声でそう懇願した瞬に思わずくすっと笑ってしまう。
「僕の膝なら少しは我慢できるってこと?」
涙をいっぱいに溜めた瞳で見返され、思わず忍も体が疼く。
(ああ……いじめてあげたい。こんな顔をされたらもう……)
泣き喚かれても止められない、と小さく唾を飲む。
「じゃ、おいで」
あまり家具には拘らないタイプなので、瞬の部屋は利便性を重視した機能性の高いシンプルな家具が多い。そういうものほど目玉が飛び出るような価格帯だったりして、ネット通販のカートやお気に入りに入れたきり悩んでいると知らないうちに忍が購入していて突然届いたりするのだった。
なので当然のように、ものすごくスタイリッシュな部屋になってしまっていた。拘っていなかったはずなのに。そんな洗練された部屋の中で、クローゼットを開ける。ジャケットに移っていた酒の匂いと、隣に座っていた女性の香水の香りをすばやく消臭剤で消す。完全に後ろめたいことをしたあとのような自分の振る舞いに、余計に罪悪感が募る。別に何もしていないはずなのに。
リビングに入るのが怖い。そういえば、忍は今日の夕飯が冷蔵庫にストックしてあったことはわかっただろうか。何も食べていなかったら……そんなことくらい連絡をすればよかったと急に後悔と申し訳なさで瞳に涙の膜が張る。
謝ったら許してくれるだろうか……そんな狡い考えは捨てて、自分からちゃんと罰を受ける意思を示したほうがいいだろうか。
リビングから逃げ出そうとするつま先を抑え、背後を振り返る。自室と忍の部屋が向かい合う先、廊下の突き当たりを少し曲がったその部屋……。
ややして、涙で頬を濡らしながらドアを開けた瞬を責め具が取り囲む部屋の中央のベッドで、ゆるやかに腰掛けたまま微笑んだ忍が「遅かったね」と手招いた。
瞬を目の前に立たせたまま、忍が座ったまま優しい口調で問いかける。口調こそ優しいものの、尋問のような雰囲気に挫けそうになる。
「まず、僕に何から話そうか?」
ひくっと息が引き攣る。もう涙も決壊している中でどんどん恐怖と罪悪感を煽り立てられ、瞬く間にしゃくり上げて号泣してしまう。
「泣いていても分からないよ。ちゃんと君の口から説明してごらん」
「ごめんっ……ごめんなさい……っ」
「何をしてしまって謝っているの? ちゃんと教えて。僕に叱られることを覚悟してこの部屋まで来た理由をね」
「と、友達と……っ、飲みに、行って、て……っ、門限破ったし、連絡もっ……」
うん、そうだね、と頷いた忍が先を促すが、瞬はそこで貝のように口を閉ざした。これ以上話せば笹野の立場が悪くなってしまう。万が一笹野に異動辞令でも出されれば、藍原にだって迷惑が及ぶ。
「言えない理由は、君のためなのかな?」
忍があくまでも穏やかに尋ねる。幼い子供に接するような、自分の激昂は見せずに辛抱強く相手の言い分を聞き出せるその在り方はいつも尊敬はする。するけれども、こんなときは怒りに任せて殴りつけてきたり、求められるセックスにさえ応じればさっさと寝てしまったかつての飼い主たちの罰の方が楽だったと思う時もあった。もちろん実際その頃に戻れるかと言われれば絶対にごめんなのだが、確実に瞬に罪悪感を自覚させて反省を促す忍の叱り方は、まざまざと己の過ちを痛感させられるが故につらいのだ。
質問されて瞬は固まる。どう答えるのが正解なのだろう。自分のためじゃない。けれど、瞬の勝手なわがままのせいにしておけば周りには迷惑は及ばない……。そこで首を横に振ることを躊躇うこと自体が答えなのだが、と忍は小さく嘆息した。
「瞬」
名前を呼んで、答えるように促す。じわっと新たに滲んだ涙がすぐに雫になってぼろぼろと零れた。
「……っ、はい……」
やはりそう答えるか……と忍は緩んでしまいそうな頬を苦心して引き締める。優しい子だ。
種明かしをすれば、どういう経緯で瞬が門限を破ったのかはもう笹野から連絡が来ていた。多分自分じゃ言わないと思うんで、と最後に苦笑を滲ませた笹野の洞察力を忍は買っている。元から有秀な社員だが、経験と年齢を重ねた今、その人格も含めてよそには譲りたくない人材だった。
「瞬、君は君の都合でこんな時間まで遊び歩いて、わざわざお酒の匂いを部屋で消して、泣きながらここへ来たの? そんなことを認めたらすごく厳しく叱られるかもしれないのに」
忍の確認に瞬のつま先が背後に逃げる。首筋が震えている。忍は決して優しいだけではないことを瞬は知っている。めりはりを効かせた接し方をするが故にお仕置きの時はとても厳しい。それなのに……怖くて仕方がないはずなのに、また体の奥が無意識に疼くのだ。
好きの反対は無関心とはよく言ったもので、これでも忍が何もお仕置きをしなかったとしたら瞬のことはもう見放していると思っても間違いではないだろうとも思うのだった。痛い思いはしたくないが忍にだけはそれを求める、それはただただ、忍の関心と愛が自分にきちんと向いていてくれることを実感したいからだ。
けれど、それとはまた別に自分の意思でわざと忍の言いつけを破るようなことはしていないのにと思う瞬もどこかにいるのだ。第二性をもつものはDomにしろSubにしろ、己の本能に刻まれた欲求と本人の意思が乖離することに苦しむ場合は多い。矛盾した二つの自分に振り回されて、意識が混乱する。
「ごめん、なさい……っ、」
座り込んでしまった瞬の体がゆっくりと変化していく。変形する耳と尾骶骨から伸びていく尾の骨。黒い毛並みが室内の照明を弾く。窓は一切設られていない部屋に満ちる静けさに急に気がついた。防音処理がされている。
(……怖い、怖い……逃げたい……っ)
そっと頭を撫でられて、体がすくむ。
「瞬、嘘をつくのは良くないよ。誰かのための嘘だとしても、君が傷つくことをその人は望んでいるかな。
その嘘は僕に対しても笹野くんに対しても不誠実だよ」
瞬が愕然としながら目を見開く。どうして、と言いかけてGPSが付けられていることを思い出し、絶望した顔になる。察した忍が首を振った。
「違うよ。僕は君を見張ってたわけじゃない。あれは万が一君が攫われるような事態に備えてつけただけ。本家に君の存在が知られているだけで、君には危険はつきものだからね。別に普段から君がどこにいるのか監視していたりはしない」
「じゃあ、どうして……」
「うん、どうして僕は君が何をしていたか知っているのか考えてごらん」
言外に隠したところでどんな会だったのかも知っていると示す忍に瞬が俯く。こんなの、どう誤魔化してももうどうしようもない。それにGPSで知られたのではないとしたら、残る答えは一つしかなかった。
「笹野が……」
呟くような声で、どうしてこうなったのかを説明する。喉がからからに乾いて何度も唾を飲み込むが、全く潤ってくれない。反対に目からはとめどもなく涙がこぼれて、瞼が腫れているのが既にわかるほどだった。涙と嗚咽がひどくなると、今度は乾いていた喉が潤いすぎて、鼻水も垂れる。しゃくりあげていることもあってなかなか進まないその話を急かすでもなく聞きながら、やはり正直な瞬は何一つ隠すことなく話すのだな、としみじみとする。先ほど主人の元へ返した佑とは大違いだ。あちらも今頃、本人の話と忍からの報告の違いをこってりと主人に絞られていることだろう。往生際が悪い佑を躾けることに関してはやはり秋平の方が適任だとつくづく思う。どうしても甘やかす方向へ頭が偏ってしまう忍には、瞬の方が躾やすいのだ。
言い訳混じりの要領を得ない説明を全て聞き終えて、指で俯いたまま唇をかみしめて嗚咽を殺している瞬の顎を持ち上げる。
瞬の泣き顔はもう見慣れているとは言え、恐怖でも絶望でもない純粋な後悔や罪悪感で泣くことはまだ最近になってからで、その表情はどこまでも愛しかった。お仕置きを恐れる気持ちもあるのだろうに、多分今この子の心を占めているのは自己嫌悪と反省だけなのだ。思わずそのまま抱きしめて、傷ついて腫れ上がった心が解れるまでどろどろに甘やかしてしまいたくもなる。が、瞬のためにも忍自身のためにも……これから自分たちがパートナーとしてずっと寄り添っていくためにもそれだけではダメなのだともう分かっていた。甘やかすのは、罰という鞭を振るった後だ。
「なるほど、随分悪い子になっちゃったみたいだね? それでお仕置きをしてもらうためにここへ来たんだね、僕が君がとても悪い子になってしまったらここでお仕置きするよって言ったから。リビングではいつもどんなお仕置きをされる?」
「……スパン、キング……される……、」
「そうだね。いつもはどうやってお尻を叩かれていたっけ?」
さあっと瞬の体から血の気が引く。嗚咽がひどくなりすぎて顔だけは真っ赤なまま、ぎゅっと目を閉じる。
「……、……っ、パドル使うのか……?」
「この部屋に来たんだから、分かっていたんだろう?」
わざとらしくぐるりと見回して見せる。瞬が見るのも恐ろしいというように視線を逸らしていたことはお見通しだった。見たくないものからは視線を逸らして、目に入らないように振る舞う……守りに入りやすい、臆病な子供。
ゆっくりと腰を下ろしていたベッドから立ち上がり、無意識のままkneelしている瞬を置いて壁に向かう。いくつかのパドルを厳選し、三つを手に取って戻る。
一目見たとたん瞬が身を縮めた。初めて使われた時の痛みがトラウマになっている分厚く重いパドルに、胸の奥が激しく鼓動を打って脳が痺れる。思わず縋るように口走る。
「それっ……それ、それは……やだ、やだ怖いっ……」
「これは痛いからね。悪い子になってしまった瞬へのお仕置きにはちょうどいい」
瞬の耳がぎゅっと平たく伏せた。尾が二足歩行の体では難しいのもお構いなしで脚の間に丸まろうと尻に沿う。
指先が許してと頼み込むように忍の履いている部屋着の裾を握りしめた。
「いや……嫌だ、だってそれ本当に……」
忍が小さく笑う。Domとしての強いGlareが瞬の瞳をまっすぐに貫いて、体の芯から蕩けていくような快感に手足から力が抜けてしまう。
「言う事を聞かないとね。君は自分が悪い事をしたと思っているからここへ来たんだろう?」
促されるまま痺れた脳が思考を放棄して、熱い吐息が漏れる。
「……はい……」
その股間が昂り出しているのをちらりと確認して、三つのパドルを厚みが薄く面積も小さいものから順に並べて、お仕置きの宣告をする。
「まずはこの左ので君がどうして叱られているのかちゃんとわかるまで叩く。君がきちんと反省ができたら、真ん中ので二度とこんな事をしないようにしっかりお尻に刻んであげる。最後に、君の大嫌いなこれで仕上げの10回だ」
最後の一つ以外は回数も宣告されない。どれだけ耐えたら許してもらえるのか分からない不安と戦いながら痛みで泣かされることしか予想できず、それなのに体はバグを起こしたように熱さを増していく。
忍がポンポンとベッドのふちを手のひらで叩く。
「うつ伏せて。腰の下に枕を入れて」
そう指示された途端、本能に支配されていたはずの心にキリッと音を立てるように恐怖が差し込んだ。
「……忍の、膝がいい……」
掠れる声でそう懇願した瞬に思わずくすっと笑ってしまう。
「僕の膝なら少しは我慢できるってこと?」
涙をいっぱいに溜めた瞳で見返され、思わず忍も体が疼く。
(ああ……いじめてあげたい。こんな顔をされたらもう……)
泣き喚かれても止められない、と小さく唾を飲む。
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