スパダリ社長の狼くん【2】

soirée

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第二章

7話

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 コトっと心地よい音を立てて、青磁色のスープボウルが並ぶ。忍の弱ったメンタルと疲れた体に負担のないように、それでもしっかりと栄養を取れるようにと瞬が用意してくれたのは枝豆の冷製スープだった。
「熱いもん食うのってこの時期それだけで疲れちまうし。体が冷えすぎるのはダメだけど、それは寝る前に生姜湯淹れてやるから」
瞬の気遣いは嬉しいが、本当は何も食べたくないくらいだった。闘病生活でもっと辛い体調不良も味わったはずなのに、生理的に体が食事を拒否していた。
「食いたくないのは分かるし、無理に全部食えなんて言わないからさ。一口でもいいよ」
「さすがにそれは気が引けるよ。いただきます」
 重い手を無理やり動かして食べようとしてくれる忍からスプーンを奪い、瞬が小さく掬ったスープを口元に差し出してやる。
「瞬……これはちょっと」
「いまさら恥ずかしがるような仲でもないだろ。疲れた時は甘えるのって大事だ。お前がそう教えてくれたんだぜ」
 忍が躊躇いがちに口を開く。滑り込まされたスプーンから冷たい感触が流れ込む。微かに甘みも感じる、トロッとしたスープが喉の奥へと流れて落ちた。瞬がその瞼を手のひらで覆ってやる。
 頬を転がるように滑り落ちた涙に忍が気づいていないようだったから、そのまま気づかせないように。誰よりも気高く誇りに満ちた忍の心の奥の深い傷には、触れないように。
「瞬……?」
「……ん?」
「……美味しい」
「よかった。食べられるだけ食べたら帰ろう。寝ててもいいよ。連れて帰ってやるから」
 相変わらず自覚が無いのか、涙には無頓着なまま差し出されるスープをただ大人しく飲みくだす姿がどうにも痛ましい。ゆっくりと時間をかけてスープ一杯をなんとか食べさせ、食器を洗って簡単な戸締りをする。
「……帰ろう。な」
「ああ……」
ふとその指が床に落ちた透明な雫を不思議そうに掬い上げた。パタパタっ、と続け様に床に涙が落ちる。
「……またか。知らないうちに泣いているんだから困るな……」
「…………」
呟いた忍の背後から背を抱き込んで、床をなぞる指に手のひらを重ねる。
「……瞬、僕はもしかしたらどこか壊れてしまったのかもしれない。こうも急に色々あると処理ができないのかな」
 冷静な声に胸を締め付けられる。こんな時まで波の一つも立たないような声の奥で、心は悲鳴をあげているから……だから涙が流れているのに。きっと忍はそうでなければ生きてこられなかったのだと知ってはいるけれど、鎌倉に帰ったことでより一層その乖離がひどくなったように思えた。上手く言葉にできない思いを精一杯の思いで紡ぎ出す。
「……壊れたなら直せばいい。完全に直らなくても、それはそれでお前だよ。俺の一番好きな忍だよ」
「瞬はそうかもしれないね」
言外にそれ以外の誰かにとってはそうでは無いのだと言う忍の体を抱きしめて、うなじに小さく牙を立てる。かつて忍に頼まれて刻み込んだ傷をさらに強く抉るように、お前はここに帰ってこればいいんだと静かに刻む。
「……鎖が多すぎだな」

 二人同時に小さくついたため息が、主人を失って少し静けさを帯びた室内に微かな波紋を描いた。
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