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フクロウの森
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森への一本道は月に照らされて、白く光っておりました。
なだらかな坂道を小さな影が滑るように駆けてゆきます。森の入口にたどり着いたのは野ネズミのぼうや。
落ち着かない様子で鼻をヒクヒクさせるたび、銀色のおひげが月の光をチカチカと反射させます。
「ホウ、ホウ、いらっしゃい。なんともかわいいお客様だ」
どこからともなく聞こえる声に、野ネズミぼうやは目の前の大きなネムノキを見上げました。
「こんばんは」
おずおずと野ネズミぼうやはネムノキに語りかけました。
「ホウ、ホウ、こんばんは。いい月夜だね」
姿を現したのは年老いたフクロウ。
フクロウの低い声はとてもゆったりと森に響き、野ネズミぼうやは少し安心するのでした。
「ホウ、ホウ、眠れないのかい?」
フクロウはバササッと羽を広げて一番低い枝に止まりました。
「ホウ、ホウ、何か心配事でもあるのかい?」
野ネズミぼうやはボソボソと喋りだします。
「僕はちっぽけで鈍いから、仲間たちに馬鹿にされるんだ。弟のほうが僕よりも、強くて体も大きいんだ……」
「ホウ、ホウ、それで悔しくて眠れないのかい?」
野ネズミぼうやはコクリと頷きました。
「森のフクロウ爺さんが、眠りを貸してくれるって聞いたんだ」
「ホウ、ホウ、そうとも。ワシは夜の守、夜の秩序を護る者」
「ぼくにも眠りを貸してくれる?」
野ネズミぼうやは拝むように小さな両手をこすり合わせました。
「ホウ、ホウ、良いとも。お家に帰ったら、このネムノキの花を枕元において休むといい」
フクロウ爺さんはネムノキの花を一輪クチバシで摘み取り、ポトリとボウヤに投げてよこしました。
それはボウヤのおひげがたくさん集まったような不思議な花でした。根本は白く、先端は薄っすらと桃色に染まっています。
「ありがとう、フクロウ爺さん」
野ネズミぼうやはそう言ってから茎をしっかり咥えると、来た道を駆け戻ってゆきました。
「ホウ、ホウ、おやすみ。良い夢を」
フクロウ爺さんは歌うように呟きました。
「ホウホウホウ、野ネズミぼうやは痩せっぽち」
その日から野ネズミぼうやはネムの花を枕元に置いて眠りました。
花から漂う甘い香りは、野ネズミぼうやを静かにさらって眠りの世界へと誘います。
ぐっすり眠った次の朝、野ネズミぼうやは大きな伸びをして言いました。
「なんだか体が軽いぞ。頭もスッキリしている!」
野ネズミぼうやは仲間に餌を横取りされることもなくなり、次第に大きく強い青年に成長してゆきました。
面白くないのは弟ネズミです。
「何だよ、ちょっと前までガリガリで痩せっぽちのもやしネズミだったくせに!」
弟ネズミは兄ネズミの枕元にネムの花があったことを知っていました。
「あの花をもらってきてからあいつは変わったんだ。よぉし、俺様だって!」
満月の晩、弟ネズミはそっと巣穴を抜け出すと森への一本道を駆け出しました。
「やい、フクロウ!!」
弟ネズミは分厚い胸板を見せつけるように立ち上がってキイキイと喚きます。
「出てこい! ここにいるのは分かっているんだ!」
「ホウ、ホウ、これは威勢のいいお客様だ」
どこからともなく聞こえる声。
弟ネズミはネムノキに向かって怒鳴りつけました。
「お前、うちのもやしネズミに眠りを貸しただろ!」
「ホウ、ホウ、そんなこともあったかな?」
「とぼけるな!」
弟ネズミは地団駄を踏んで怒り出しました。
「お前の渡した花のせいで、あいつはぐっすり眠ってぐんぐん大きくなったんだ!」
「ホウ、ホウ、あの痩せっぽっちの坊やがねぇ」
フクロウは嬉しそうに目を細めました。
「俺にも眠りの花をよこせ! あいつが大きくなったのはお前の眠りのせいに違いない!」
「ホウ、ホウ、いいだろう。ワシは夜の守、夜の秩序を護る者。お前は夜の住人にしては騒がしすぎる。夜の秩序を乱すものにはくれてやろう、永遠の眠りを」
フクロウは大きな翼をブワサッと広げると、弟ネズミが逃げ出す間も与えずに鋭い爪でその丸々とした体を掴んで、大空へ舞い上がりました。
「身の程を知らぬ愚かな弟ネズミよ。お前は実に美味そうだ。眠りの花を貸してやったあの兄ネズミも大きく育ったとは喜ばしい。……だがしかし、兄ネズミにはそのまま花を貸しつけておくとしよう。お前のような愚かなネズミが、こぞってやってくるかもしれんからのぅ」
金色の双眸がギラリと光ります。
「ホウホウホウ、弟ネズミは丸々と脂が乗って美味そうだ!」
フクロウはホクホクと歌いながら弟ネズミの屍をつかんで夜の森へと飛んでゆきました。
なだらかな坂道を小さな影が滑るように駆けてゆきます。森の入口にたどり着いたのは野ネズミのぼうや。
落ち着かない様子で鼻をヒクヒクさせるたび、銀色のおひげが月の光をチカチカと反射させます。
「ホウ、ホウ、いらっしゃい。なんともかわいいお客様だ」
どこからともなく聞こえる声に、野ネズミぼうやは目の前の大きなネムノキを見上げました。
「こんばんは」
おずおずと野ネズミぼうやはネムノキに語りかけました。
「ホウ、ホウ、こんばんは。いい月夜だね」
姿を現したのは年老いたフクロウ。
フクロウの低い声はとてもゆったりと森に響き、野ネズミぼうやは少し安心するのでした。
「ホウ、ホウ、眠れないのかい?」
フクロウはバササッと羽を広げて一番低い枝に止まりました。
「ホウ、ホウ、何か心配事でもあるのかい?」
野ネズミぼうやはボソボソと喋りだします。
「僕はちっぽけで鈍いから、仲間たちに馬鹿にされるんだ。弟のほうが僕よりも、強くて体も大きいんだ……」
「ホウ、ホウ、それで悔しくて眠れないのかい?」
野ネズミぼうやはコクリと頷きました。
「森のフクロウ爺さんが、眠りを貸してくれるって聞いたんだ」
「ホウ、ホウ、そうとも。ワシは夜の守、夜の秩序を護る者」
「ぼくにも眠りを貸してくれる?」
野ネズミぼうやは拝むように小さな両手をこすり合わせました。
「ホウ、ホウ、良いとも。お家に帰ったら、このネムノキの花を枕元において休むといい」
フクロウ爺さんはネムノキの花を一輪クチバシで摘み取り、ポトリとボウヤに投げてよこしました。
それはボウヤのおひげがたくさん集まったような不思議な花でした。根本は白く、先端は薄っすらと桃色に染まっています。
「ありがとう、フクロウ爺さん」
野ネズミぼうやはそう言ってから茎をしっかり咥えると、来た道を駆け戻ってゆきました。
「ホウ、ホウ、おやすみ。良い夢を」
フクロウ爺さんは歌うように呟きました。
「ホウホウホウ、野ネズミぼうやは痩せっぽち」
その日から野ネズミぼうやはネムの花を枕元に置いて眠りました。
花から漂う甘い香りは、野ネズミぼうやを静かにさらって眠りの世界へと誘います。
ぐっすり眠った次の朝、野ネズミぼうやは大きな伸びをして言いました。
「なんだか体が軽いぞ。頭もスッキリしている!」
野ネズミぼうやは仲間に餌を横取りされることもなくなり、次第に大きく強い青年に成長してゆきました。
面白くないのは弟ネズミです。
「何だよ、ちょっと前までガリガリで痩せっぽちのもやしネズミだったくせに!」
弟ネズミは兄ネズミの枕元にネムの花があったことを知っていました。
「あの花をもらってきてからあいつは変わったんだ。よぉし、俺様だって!」
満月の晩、弟ネズミはそっと巣穴を抜け出すと森への一本道を駆け出しました。
「やい、フクロウ!!」
弟ネズミは分厚い胸板を見せつけるように立ち上がってキイキイと喚きます。
「出てこい! ここにいるのは分かっているんだ!」
「ホウ、ホウ、これは威勢のいいお客様だ」
どこからともなく聞こえる声。
弟ネズミはネムノキに向かって怒鳴りつけました。
「お前、うちのもやしネズミに眠りを貸しただろ!」
「ホウ、ホウ、そんなこともあったかな?」
「とぼけるな!」
弟ネズミは地団駄を踏んで怒り出しました。
「お前の渡した花のせいで、あいつはぐっすり眠ってぐんぐん大きくなったんだ!」
「ホウ、ホウ、あの痩せっぽっちの坊やがねぇ」
フクロウは嬉しそうに目を細めました。
「俺にも眠りの花をよこせ! あいつが大きくなったのはお前の眠りのせいに違いない!」
「ホウ、ホウ、いいだろう。ワシは夜の守、夜の秩序を護る者。お前は夜の住人にしては騒がしすぎる。夜の秩序を乱すものにはくれてやろう、永遠の眠りを」
フクロウは大きな翼をブワサッと広げると、弟ネズミが逃げ出す間も与えずに鋭い爪でその丸々とした体を掴んで、大空へ舞い上がりました。
「身の程を知らぬ愚かな弟ネズミよ。お前は実に美味そうだ。眠りの花を貸してやったあの兄ネズミも大きく育ったとは喜ばしい。……だがしかし、兄ネズミにはそのまま花を貸しつけておくとしよう。お前のような愚かなネズミが、こぞってやってくるかもしれんからのぅ」
金色の双眸がギラリと光ります。
「ホウホウホウ、弟ネズミは丸々と脂が乗って美味そうだ!」
フクロウはホクホクと歌いながら弟ネズミの屍をつかんで夜の森へと飛んでゆきました。
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導入部分から洗練されていて、幻想的な夜の森にすっと入ったような気がしました。
眠りを貸すというのは、面白いですね。
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フクロウは兄弟それぞれの本性を見抜いたのでしょうか。
さまざまなことを考えさせられる作品です。
タグから「フクロウの森」を探していただき素敵な感想まで!ありがとうございますm(_ _)m
絵本というよりはグリム童話のように少し残酷な描写のあるストーリーですが、お読みいただけて光栄です( ꈍᴗꈍ)
眠りの花の描写は「ネムの花」の画像を参考にしました。
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