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第一章
~80~
しおりを挟む~~~ 六十二年後 ~~~
◆ユキノ
孫が生まれた。
初孫だ。
小さくて柔い、か弱い手
「母さん、ほら」
息子のケントが微笑ましげにこちらを見るものだから、死ぬ前に孫の顔を見れて良かったと、本当に良かったと喜びを噛み締める。
「可愛いなぁ」
「えぇえぇ、可愛らしい」
口を動かすもモゴモゴとして、滑舌が悪い
最近では物を食べるのも覚束無い
せめて死ぬのなら、呆ける前にポックリ逝きたいものだ。
息子夫婦に迷惑をかけてまで長生きはしたくない
八十二歳、十分に生きた。
「そう言えば、ミーシャ・サズワイトがこの間亡くなったって聞いたよ」
「聖女様が・・・そう」
懐かしい名前
ああ、私の人生において、忘れようもない
苦手で嫌いな人だったなぁとぼんやりとした記憶を辿る。
「確か母さんも異世界から来た聖女だったんだよね。」
「やめなさい。私はもうあの時の事は思い出したくないわ」
「そんな事言うな、婆さんと会ったあの時、まさに運命の出会いだったんじゃから」
「運命だなんて」
思えば異世界に飛ばされて、結婚して、子供が産まれて、その子供が結婚して孫まで出来た。
苦節八十二年
長い長い時の流れも、過ぎ去ってしまうと不思議とあっという間だったかのように感じてしまう
「儂はな、婆さんを見た時はそりゃあ驚いたもんだ。
婆さんは未来を見る不思議な力を持っていて、沢山の人を助けたんだぞ」
「またその話?何度も聞いたよ」
「あんまり思い出させないでくださいよ。あの頃は若かったから、いろいろ馬鹿な事をしでかしたもんだわ」
「いいや、いいや、儂は婆さんをモノにする為にそりゃあ必死になったもんだからなぁ
プロポーズを受けて貰うのに何年かかった事か」
「もう、お爺さんたら」
ミルウェッチ・クロウラーと結婚し、ユキノ・クロウラーとなった時の事は、今でも思い出せる。
当時私がお慕いしていたレオクリスは現行犯的な扱いで警察に捕まった。
私が未来視で予言した魔物の発生が起きた日の事だったか
確かあの頃の私はこの世界をゲームの世界だと混同していたな、とクスリと思い出し笑いをする。
「彼女、亡くなったのね」
声に出し、少し寂しさを感じる
あの頃の私にとって彼女の存在は苦手も苦手、嫌いと言っても良い程には距離をとっていた
けれどまぁ、同じ転生者としての繋がりか、ミーシャとローズとは、それなりに長い付き合いでそこそこ仲も良かったと思う
『奇跡の聖女』『黄泉返りし聖女』『国の救世主』
とまぁ、噂に噂が上書きされて一躍時の人となった彼女は様々な人からウザ絡みされては渋い顔をしていた。
あんな姿を見てしまうと羨ましいと思うよりいっそ可哀想だ。それでも当時の私は自分がチヤホヤされたいだなんてミーシャを羨んでいたのだ。
私も、ミルウェッチももう歳だ。
多分先に逝くのはミルウェッチだろう、九十歳となった彼は髪が薄くなり顔も首もシワだらけになったけれど、そんな彼の顔がとてもとても愛おしく思う
「婆さん、愛しているよ」
「ええ、私も愛しているわ」
◆ミーシャ
変化とは劇的では無い
人の死もまた、劇的な物では無い
なんてことはない日常に紛れ込んだほんの僅かな非日常でしか無く、過ぎ去れば忘れ去られる物だ。
結論から言うと、あの時死んだと思った私は何がどう言う訳か生き返り
それを少なく無い人々に見られていた事でまぁ騒ぎになったものだ。
結婚式のパレードの途中でいきなり従者と共に消え、その従者に殺されたかと思ったら息を吹き返した。
なんて、噂話の好きな人にとっては格好のネタが国中に広まるのにそう時間は掛からなかった。
お陰で業務が手詰まりになる事もざらで、寿退社してやろうかととち狂った事も多々あったものだ。
それからは、普通だ。
普通に学院の教師として教壇に上がり、
普通に出版社の代表としての勤めを果たし、
普通に子供を産んで、
普通に子供を育て、
普通に歳をとり、
普通に死んでいく
「死ぬのか」
「ああ」
「そうか」
ライネルは私よりも先に亡くなり
子供達も独り立ちし、疎遠となっている。
私を見送るのはルーク一人
人狼という種族故か、青年の姿の儘のルークの、武骨で大きな手が私の手を覆う
きっとこれは私が死んだら後を追うのだろう
生きようと思えば永遠を生きる事が出来る肉体を持っていると言うに、実に勿体ない
それが我が身であれば早々に自害しているだろうとは思うも、私は今はただの人間
老衰してこの世界から去るのみ
もし、もしも、本当に有り得ないけれど、
こいつが私の死後、転生した先に私の前に現れたなら、
その時はまた雇ってやっても良いかもしれない
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