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第一章

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国境の町ハボルド
サズワイト王国の東端にあるこの町は隣国との貿易が盛んである。
しかし隣国から渡る品々は海を渡った品物とは違い珍しい物は無く、目新しい物も新発見も無い
贅沢は出来ないがそれなりに生活するには困らない程度の
パッとしない、目立つ所のない慎ましやかな町と言えるだろう


領地を抜け、途中から徒歩に切り替えて二日程
私とルークは国境である谷を目前としていた。



「はぁ~・・・・・・・・すげぇな」

目を見開き呆然とするのは当然だろう
私もここまでとは予想だにしなかった

隣国との国境である谷
広くて深い。と言葉にするには簡単だが
対岸までの距離も、深さも途方もない程ある。
向こう側、おそらく隣国の者の姿が小さく、顔は勿論服の色すら認識しづらい程の距離
深さに至っては、近くに寄って覗きこめばまさに底無し、太陽が真上にあるにも関わらず闇に覆われている。

そんな谷に渡る数本のロープと、ロープを滑る滑車には木箱が複数乗った大きなカゴのような物
この長い長いロープを使った貿易光景は事前情報を持っていても驚愕に値する。


「すげぇ、ほんとにすげぇ」

「そう何度も言わずともわかっている」

「お、見ろよ『大谷とハボルドの歴史』だってよ」


観光客向けに作られたのだろう簡易な地図とこの町の成り立ちが書かれた看板が立っている。
しかしどうにもそちらを目的とした者は見当たらず看板の前で立ち止まっているのは私とルークしかいない


「あら、珍しい、まさか観光?」

「おう、気侭な旅暮らしをしててな、寄ってみたんだわ」

「小さいさんを連れて大変ねぇ
あまり面白いものはないけどゆっくりしていってね」




「・・怪しまれてはいねぇみたいだな」

「そうだな」


私が産まれる前の時代なら実入りの怪しいその日暮らしのような旅人など賊の者と見られ燻しがられてもおかしくは無いのだが
昨今ではあまり珍しくもなく、簡易な屋台を引きながら行商を行う旅行商らしき人が町中に幾つか見られた
私達もまた持ち寄る荷物こそ少ないもののそういった類の人種だと思われたのだろう


「お前、顔キレーなのに服装だけで誤魔化せるもんなんだな」

「声も変える必要はあるだろうな」

「いや、こんくらいなら声変わり前ってんでなんとかなりそうなもんだがな」

「念には念を入れる」



この町に入る前、私は髪を短く切り服装も男性が好む色である紫や茶を使った服に着替えている
顔は流石に誤魔化し続けるには魔力が勿体ないのでハンチング帽のような帽子を深めに被っている
パッと見、ルークとは兄弟のように見えるだろう
因みに今のルークの見た目は十代後半から二十代前半といった所か


「どこ行くんだよ」

「向こうだ」


谷に沿って人の居ない方へと歩き続ける


「はぁ、すげぇな。底無しだ」

「そう見えるだけで底はあるさ」

「初めて来た癖になんでそーゆー事言えんだよ」

「地球の形態上有り得んからだ」







「さて、この辺で良いか」

「ん?何がだ?」

大分歩き、人の影など欠片も無い木々の生い茂った場所

「ルーク、私にしっかり掴まれ」

「はぁ?」

「速くしろ」

「いや、掴まれったって、何で」

「渡る」

「は?」

「さっさっとしろ、渡るぞ」

「渡る・・・・・おい、まさか」


二秒もせずに血の気が引いたかのような顔色になったルークを見て
察しの良さに感心するのと同時、愉快に思う。



「ああ、谷を渡る」

今の私は良い笑顔をしてる事だろう





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