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第一章

~6~

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♦ライネル



兄様は優秀だ。
明るく社交的、物事をはっきりと言う性格で
勉強は苦手だとサボろうとしたり、かと思えば家庭教師から出された課題は提出日時をきちんと守る
特別優秀と言う訳ではない、普通だ。
親が国の重要人物であるということを除けば本当にどこにでもいるような人間だ。
僕も兄様も

お母様に兄様が将来この国の王となると聞いたときも、僕はその事の責任の重さを良くわかってはいなくて
ただなんとなく、弟として出来る事をしようと、兄様を支えようと
そんな事をぼんやりと思っていたし、今でもそんな曖昧でぼんやりした感覚のままでいる
将来とか、大人になったらとか、今の僕には″今ここ″だけで精一杯で、先の事だって″こうなったら良いのにな″と思う理想はあるけれど、必ず思い通りになる理想の未来なんて来る訳ないとわかっていて

なんとなく、今日も明日もその次の日もぼんやりと生きていくんだろうな。
と、そんな事ばっかり考えていた



兄様がその人の事を意識している事に気付いたのはすぐだった。
お母様に今日会った黒髪の女性について知りたいのだと浮ついた顔をさせて質問をしていた。たった一回会っただけの人にそこまで熱心になれるものなのかな?と思わなくもなかったけど、僕は少し兄様の事を羨ましく思った。
兄様には未来が見えている
国王となった自分。
誰かと結婚して添い遂げる自分。
子供を育て、歳をとっていく自分。

今の僕にはそのどれも想像すら出来ないでいるから





その日、その時
僕は家庭教師から出された課題の為学院の図書室に来ていた。
学院は『学ぶ意思のある者全ては皆平等』の精神を掲げているだけあり様々な年齢の人達が図書室にいた。
生徒ではない人の利用者も多く居るが、驚くべきは年齢に関わらず入学出来る為ご年配の方が集まって本を読んでいたり、個人が利用出来る貸し部屋で勉強会等を行っていたりするのが日常風景だという所

課題内容である、『魔法の力を使わずに人の暮らしを良くする方法』について調べるため、港町の研究について書かれた本を読んでいた。
王都やその周辺の町では魔法を扱える人が多く居るのに対し、王都から離れた町では魔法を扱える人が少ない。この謎は結構前から調べられているけれど未だにわからないままでいる。
その為か港町では様々な研究がされており、便利な道具等が多く造られている。
その中にある蒸気船という物の記述を読んでいる最中だった



「それに興味があるのかな?」

「・・・・・え」

「少年、君はそれに興味があるのだろう?」

「・・・・・・・・」

「ついてきたまえ」


突然話かけられた
話かけてきた人はこの国唯一の黒髪の持ち主で、呆気に取られた僕はただなんとなくついて行っていた

彼女が貸し部屋に入っていくのをついていくと、そこには若い複数人の男女や四十代半ばくらいの男性が何名かと十数人程が集まって、部屋の中央に寄せられた机に広げた紙を覗きこんでいたり、紙に何かを書いていたりと
何かに熱心に取り組んでいる様子だった。

「諸君、内部の設計図案と最初の変電の仮構想を持ってきたぞ」

「流石ですミーシャ様!」
「マジですか!」
「見せて下さいっ!」

「あれ、ミーシャ様そっちの人は?」

一時いっときの同士だ。諸君らの資料を見せてやれ」


「こんにちはー」
「君も電力に興味があるのかな?」

「え、いや・・・課題の調べ物をしていたら彼女に声をかけられて」

「ミーシャ様が呼んできたんなら大丈夫っしょ」
「まずこれ見て」
「俺らここでちょっと躓いててさー」
「ミーシャ様マジ優秀。でも全部教えてはくれないんだよなぁ」

気安かった。
服装からしても言葉遣いからしても平民とわかる人達が揃って『僕』に対して敬語の一つも使わない
きっと僕が第二王子だとわかっていないからだろうとは思うけど、唯一僕を知っているだろう人は中央の机に手に持っていた資料を広げていた
僕はまた、なんとなくでその人達の中に参加していた。

「わかるかね?発電所で作られる電力の電圧を複数回変電していく必要がある」

「間に作っていく、そういう施設か送電自体に仕組ませるか」
「受け取る側に装置をつけては?」
「そうなると規模がどのくらいになるかだな」

彼女が先導し、彼等がそれについて行っている。いや、追い掛けているようだった。
彼女は簡単な構想を提出し、彼等の意見を纏め形にしていた。
全てを教える事はせず、時折助言を挟み、彼等の意見を静かに眺めている。
まるでそれは教育者のようだった。

彼等の研究は僕の想像を超えた大きなものだった。
それこそ国を巻き込みかねない大きな研究



正直ワクワクした
時間も忘れて没頭した
楽しかった






「ふぅ・・・・」

「おつかれさん、飲む?」

「あ、ありがとうございます。オトノーさん」

「んな堅苦しくなくったっていい、オトって呼んでくれや」


喋りすぎで疲れてしまった僕に一目で安物とわかる分厚くて大きいカップに温くなった紅茶を渡してくれたのはこの中でも年上と思われる無精髭が特徴の男性だった

「そんな、年上相手に・・」

「それ言ったら、ここに居る連中はあんたに傅かなきゃならんって事になるぞ」

「え、あ、気付いていたんですか?」

「若いもんは知らんが、俺とそこのおっさんらはな。俺これでも多少有名人よ?」

「・・・ミーシャ嬢は」

「あー、知っててあえてって気がすんなぁ」



「・・・すごいですね。
あれ、本当に実現させるつもりなんですか?そうなったら、それこそ歴史に残るような・・・」

「まぁな、まだちゃんと形になってねぇし、問題点だってある。完成にゃ20年以上はかかるかもなぁ」

「・・・そんなに
僕には、想像も出来ません。

僕は、中途半端です。
将来の夢とか、目標とかもなくて
・・・ただなんとなくその日を過ごしていて・・そのまま、体だけ大人になっていくような・・・そんな、そんなで・・・
・・・・皆さんが、羨ましいんです。
こうやって、何かに夢中になって、目的があって、未来を見据えてるような」

「あー、あんた今何歳だっけ?」

「・・六歳になりました」

「六歳!かぁぁあーーっ!
俺がそんくらいの時はんな事考えた事もねえわ!
船から魚盗んでは針金つっこんだり、銅板くすねたりしては近所の頑固ジジイにゲンコツくらうような悪ガキだったぜ?
それが今じゃ王宮から褒賞を貰う程の研究者だ。
子供の頃の俺は大人んなった俺がこうなるだなんて欠片も考えちゃいなかったろうよ」

「・・・・」

「未来なんか見据えちゃいねーよ
つーか未来がわかる奴なんかいねーだろ
俺らだってこの計画がここまでデカい話になるだなんて思っちゃいなかったんだからな」

「・・・・」

「そこのおっさんと俺はな、電球と電池ってのを研究して作ってな
それを長持ちさせれねーかなって話し合いしてたんだわ
そこにミーシャ様がな、運動エネルギーを電力エネルギーに変換出来れば半永久的に電気の供給が出来るかもって話しかけてきて、気付いたらこれだ。
なぁんで堰堤を作ったり送電所作ったりだの規模のデッカイ事になってんだって呆れちまうよ」

「・・・え、ミーシャ嬢が?」

「そ、足向けて寝れねーわ。実は俺より歳上なんでねーのって何度も思ったよ
それに俺は実現しようがしまいが別にいーんだよ」

「え、」

「こーゆーのはさ、楽しんでなんぼだろ
俺らが無理でも若いもんだっている。
俺らの代で出来なくても、若い世代の奴らが出来る事だってある。
なんもしなくっても歳はとってくんだ。今を楽しめよ。
若さゆえの誤ちも、若気の至りも、ガキだけの特権だ。
そーゆー辛かった事とか恥ずかしい思い出を、笑って『こんな事あったな』って言えるようになったらそん時大人になったなってようやく思えるもんだ。
そんなしょぼくれた顔すんな、背伸びしてる暇あんなら目の前のもんに全力で楽しむ余裕くらいあんだろ?」


「うん・・・・うん」

大人の人に囲まれているミーシャ嬢はとても自然体だ。
僕みたいに大人のフリをしている訳でも、背伸びをしているようにも見えない
当たり前のように周りの人と接している

そうか、僕は背伸びしてたのかもしれないな
なんて

未だに僕は将来の夢も、目的も持たないままぼんやり生きているけれど
それでも少しだけ、今を楽しもうって思えるようになった。
少しだけ、気持ちが楽になれたような気がした。


恋とか愛とかまだ良くわからない僕だけれど
彼女の事を憧れる気持ちは確かだった。


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