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「あの道を通るのか…。」
俊哉は友人との待ち合わせのため桜ヶ丘駅で降りた。待ち合わせ場所のカフェは駅から少し歩いた場所にある。
一番の近道はゲームセンター前の通りだ。しかし俊哉はあの道が苦手だった。人は多いし、何度も声をかけられうんざりする。
だが他の道ではかなり遠回りになってしまう。
面倒だなと思いながらゲームセンター前の通りに入った。
「え…?」
その通りに入った途端身体がぞわりとした。
引き返そうかと思ったが、身体が言うことを聞かない。むしろその通りの奥に引っ張られるように誘う。
俊哉は一歩一歩歩き出した。
胸が苦しい…。
身体が熱くなり、血が逆流するような感覚だ。
「はぁ、はぁ…。」
その通りを進むごとに息が荒くなる。
それでも足を止めることが出来ない。
「うっ!」
鼻腔をくすぐる甘い香りがする。ずっと嗅いでいたい匂いだ。
思い切り吸い込むとさらに身体が熱くなった。
その香りはゲームセンターの前で強くなる。そこから香っているようだ。
立ち止まり香りの元を探る。そしてふと目に止まった男に釘付けになった。
黒い髪に大きな黒い瞳。
オメガだ。
地面に落ちた小さなぬいぐるみを拾って袋に入れている。
楽しそうなその顔から目が離せない。
食い入るように見つめていた俊哉の心臓がドクンと音を立てた。
それと同時にブワッと俊哉自身の身体から何がが広がったのが分かった。
フェロモンだ。俊哉の意思に関係なくアルファのフェロモンが溢れ出したのだ。
ぬいぐるみを拾っていたオメガが驚いたように目を見開く。
手から袋が落ち、小さなぬいぐるみが散らばった。何かを探すように辺りを見渡し俊哉と目が合う。
バチン!
目が合った瞬間、確かに音がした。
オメガが胸を押さえて膝をつく。俊哉が一歩間踏み出そうとすると違う男が二人近づいた。一人はアルファでもう一人はオメガだ。
「あっ!」
アルファと俊哉の目が合う。
知っている男だ。ついこの間、俊哉を呼び出した隣のクラスのアルファ。
俊哉が固まって動けないでいるとそのアルファたちは倒れたオメガを抱き上げ連れて行ってしまった。
「俊哉!」
どのくらいそこに立っていたのだろうか。俊哉は自分を呼ぶ声にハッと我に帰る。
「どうしたんだ?そんな顔して。」
「…。」
声をかけていたのは待ち合わせていた友人の一人の聡志だ。
「悪い、俺もちょっと遅れた。徹たち、待ってるな。俊哉?どうしたんだ?」
聡志は歩き出したが、俊哉はそこから動かないままだ。そんな俊哉を怪訝な顔で振り返る。
「聡志、俺帰る。ごめん、みんなに言っといて。」
表情の抜けた俊哉が、聡志が行こうとする反対方向へ歩き出した。
「え?おい、俊哉?どうしたんだ?具合でも悪いのか?」
聡志が声をかけるが、それに振り返ることなく俊哉が人混みに消えていった。
「あら、俊哉さん。おかえりなさい。今日は遅くなるんじゃなかったの?」
「…ただいま。」
どうやって帰ってきたのか分からない。
母の麗子が声をかけるが虚な顔で返事をして部屋にこもってしまった。
ドサッとベッドに転がり込む。
胸に手を当てると早鐘のようにドキドキしていた。
目を閉じるとあのオメガの顔が浮かぶ。
嬉しそうにぬいぐるみを袋にしまっていた。
ぎゅーっと胸が締め付けられる。
オメガ…。
彼はオメガだ。
ハッとして飛び起きた。
あのアルファ、確か五十嵐と言っていたアルファは俊哉がオメガとマッチングしたことを知っていた。
「まさかあのオメガ…。」
ベッドから飛び降り、クローゼットの奥を引っ掻き回した。
マッチング通知。
この間二度目の通知が来ていたが、封を開けることもせずその辺に置いておいたのだ。
読まなくなった本や、不要になった雑誌と一緒にしてまとめて捨てようとした通知。
俊哉はそれを必死で探した。
「…ない。捨てたのかも。いや、待てよ。」
部屋を飛び出し三階の納戸に繋がる階段を登る。
ドアを開けると広々とした部屋があり、家族の不要なものを保管してあった。
納戸とは思えない広い部屋だ。
その奥に本が置かれている一画がある。
母方の祖父はかなり名の知れた小説家だ。
そのせいか麗子は本を捨てることが出来ない。子どもたちの小学生の頃の教科書まで取っておいてある。書物を大事にする祖父の影響だろう。年に一度訪れる軽井沢の祖父の家は図書館のような書庫があった。
「あ!あった!」
積まれた本の間にピンクの封筒を見つけた。この愛来たマッチング通知だ。
潤は震える手でそのピンクの通知の封を切る。
中から一枚の紙が出てきた。
『マッチング解除のお知らせ。
以前、貴殿とマッチングした山科律様とのマッチングを解除します。一度解除されたマッチングは復活することはありません…』
「マッチング解除…。山科律…。」
あのオメガの顔が浮かぶ。四年前に来たマッチング通知も開けることすらしなかった。
俊哉の一族はオメガ嫌いだ。
バース平等の時代なので大っぴらには口にしないが、その考えは根強く残っている。そしてそれは世間の人たちも暗黙の了解の事実。
一昨年オメガと結婚した叔父は一族からかなり嫌味を言われた。しかし運命だという二人は長い間愛を育み結ばれたのだ。
純愛を貫いた二人に世間の目は温かかった。その翌年の総選挙では叔父が出馬した党派が異例の勝利を収めている。一条の一族はそれ以降、叔父を責めたり嘲ることはしなくなった。
『マッチング解除のお知らせ。』
俊哉はそれをもう一度じっくり読むとぐらりと眩暈がした。咄嗟に近くの本棚に手をかけると、本棚が大きく揺れてたくさんの本が下に落ちる。その本の間に先ほど見たピンクの封筒が見えた。
「これはっ!」
消印は四年前だ。
捨てたと思っていたが、先ほどの通知と同じように本の間に挟まっていたのだ。
それを手に取り恐る恐る封を開けた。
俊哉は友人との待ち合わせのため桜ヶ丘駅で降りた。待ち合わせ場所のカフェは駅から少し歩いた場所にある。
一番の近道はゲームセンター前の通りだ。しかし俊哉はあの道が苦手だった。人は多いし、何度も声をかけられうんざりする。
だが他の道ではかなり遠回りになってしまう。
面倒だなと思いながらゲームセンター前の通りに入った。
「え…?」
その通りに入った途端身体がぞわりとした。
引き返そうかと思ったが、身体が言うことを聞かない。むしろその通りの奥に引っ張られるように誘う。
俊哉は一歩一歩歩き出した。
胸が苦しい…。
身体が熱くなり、血が逆流するような感覚だ。
「はぁ、はぁ…。」
その通りを進むごとに息が荒くなる。
それでも足を止めることが出来ない。
「うっ!」
鼻腔をくすぐる甘い香りがする。ずっと嗅いでいたい匂いだ。
思い切り吸い込むとさらに身体が熱くなった。
その香りはゲームセンターの前で強くなる。そこから香っているようだ。
立ち止まり香りの元を探る。そしてふと目に止まった男に釘付けになった。
黒い髪に大きな黒い瞳。
オメガだ。
地面に落ちた小さなぬいぐるみを拾って袋に入れている。
楽しそうなその顔から目が離せない。
食い入るように見つめていた俊哉の心臓がドクンと音を立てた。
それと同時にブワッと俊哉自身の身体から何がが広がったのが分かった。
フェロモンだ。俊哉の意思に関係なくアルファのフェロモンが溢れ出したのだ。
ぬいぐるみを拾っていたオメガが驚いたように目を見開く。
手から袋が落ち、小さなぬいぐるみが散らばった。何かを探すように辺りを見渡し俊哉と目が合う。
バチン!
目が合った瞬間、確かに音がした。
オメガが胸を押さえて膝をつく。俊哉が一歩間踏み出そうとすると違う男が二人近づいた。一人はアルファでもう一人はオメガだ。
「あっ!」
アルファと俊哉の目が合う。
知っている男だ。ついこの間、俊哉を呼び出した隣のクラスのアルファ。
俊哉が固まって動けないでいるとそのアルファたちは倒れたオメガを抱き上げ連れて行ってしまった。
「俊哉!」
どのくらいそこに立っていたのだろうか。俊哉は自分を呼ぶ声にハッと我に帰る。
「どうしたんだ?そんな顔して。」
「…。」
声をかけていたのは待ち合わせていた友人の一人の聡志だ。
「悪い、俺もちょっと遅れた。徹たち、待ってるな。俊哉?どうしたんだ?」
聡志は歩き出したが、俊哉はそこから動かないままだ。そんな俊哉を怪訝な顔で振り返る。
「聡志、俺帰る。ごめん、みんなに言っといて。」
表情の抜けた俊哉が、聡志が行こうとする反対方向へ歩き出した。
「え?おい、俊哉?どうしたんだ?具合でも悪いのか?」
聡志が声をかけるが、それに振り返ることなく俊哉が人混みに消えていった。
「あら、俊哉さん。おかえりなさい。今日は遅くなるんじゃなかったの?」
「…ただいま。」
どうやって帰ってきたのか分からない。
母の麗子が声をかけるが虚な顔で返事をして部屋にこもってしまった。
ドサッとベッドに転がり込む。
胸に手を当てると早鐘のようにドキドキしていた。
目を閉じるとあのオメガの顔が浮かぶ。
嬉しそうにぬいぐるみを袋にしまっていた。
ぎゅーっと胸が締め付けられる。
オメガ…。
彼はオメガだ。
ハッとして飛び起きた。
あのアルファ、確か五十嵐と言っていたアルファは俊哉がオメガとマッチングしたことを知っていた。
「まさかあのオメガ…。」
ベッドから飛び降り、クローゼットの奥を引っ掻き回した。
マッチング通知。
この間二度目の通知が来ていたが、封を開けることもせずその辺に置いておいたのだ。
読まなくなった本や、不要になった雑誌と一緒にしてまとめて捨てようとした通知。
俊哉はそれを必死で探した。
「…ない。捨てたのかも。いや、待てよ。」
部屋を飛び出し三階の納戸に繋がる階段を登る。
ドアを開けると広々とした部屋があり、家族の不要なものを保管してあった。
納戸とは思えない広い部屋だ。
その奥に本が置かれている一画がある。
母方の祖父はかなり名の知れた小説家だ。
そのせいか麗子は本を捨てることが出来ない。子どもたちの小学生の頃の教科書まで取っておいてある。書物を大事にする祖父の影響だろう。年に一度訪れる軽井沢の祖父の家は図書館のような書庫があった。
「あ!あった!」
積まれた本の間にピンクの封筒を見つけた。この愛来たマッチング通知だ。
潤は震える手でそのピンクの通知の封を切る。
中から一枚の紙が出てきた。
『マッチング解除のお知らせ。
以前、貴殿とマッチングした山科律様とのマッチングを解除します。一度解除されたマッチングは復活することはありません…』
「マッチング解除…。山科律…。」
あのオメガの顔が浮かぶ。四年前に来たマッチング通知も開けることすらしなかった。
俊哉の一族はオメガ嫌いだ。
バース平等の時代なので大っぴらには口にしないが、その考えは根強く残っている。そしてそれは世間の人たちも暗黙の了解の事実。
一昨年オメガと結婚した叔父は一族からかなり嫌味を言われた。しかし運命だという二人は長い間愛を育み結ばれたのだ。
純愛を貫いた二人に世間の目は温かかった。その翌年の総選挙では叔父が出馬した党派が異例の勝利を収めている。一条の一族はそれ以降、叔父を責めたり嘲ることはしなくなった。
『マッチング解除のお知らせ。』
俊哉はそれをもう一度じっくり読むとぐらりと眩暈がした。咄嗟に近くの本棚に手をかけると、本棚が大きく揺れてたくさんの本が下に落ちる。その本の間に先ほど見たピンクの封筒が見えた。
「これはっ!」
消印は四年前だ。
捨てたと思っていたが、先ほどの通知と同じように本の間に挟まっていたのだ。
それを手に取り恐る恐る封を開けた。
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