善夜家のオメガ

みこと

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葉月

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「まずいな。崩れるのも時間の問題だ。アーシム、走れるか?」

「はい。行きましょう。」

葉月を抱き上げたまま塔を出ようとするサイードを葉月が引き留めた。

「待って!コリンさんは?」

コリンはサイードの威嚇フェロモンをもろに浴びてまだ倒れている。他の男たちも同様だ。

「このままじゃコリンさんたちが危ないよ。はやく起こしてあげて。」

「いや、しかし…。」

「サイード、お願い。どんなに悪いことをしても死ぬのは償いじゃない。生きて償わないと。生きて自分の罪と向き合わないと…。」

「葉月…分かった。立てるか?」

葉月が頷くとサイードはそっと地面下ろした。
そしてコリンの元へと近づく。

「コリン、起きろ。ここはもうダメだ。早く逃げるぞっ!」

サイードの声でフェロモンの呪縛が解けた男たちが一斉に逃げ出す。しかしコリンは動かなかった。

「お情けか?どうせ死ぬんだ。ここで終わらせてくれ。」

「ダメだ。おまえにはやらなければいけないことがある。ほら、行くぞ。」

差し伸べたサイードの手をコリンが振り払う。天井からピシッと嫌な音が聞こえた。

「早くしろ、コリン。」

「うるさいっ!もう良いんだ。もう、もう…。」

コリンの目から涙が溢れた。

「サイードっ!危ない!」

「殿下っ!」

ガコンという鈍い音とともに、サイードとコリンがいる真上の天井が抜けて、大きな石の塊が二人に向かって落ちてくる。
それを見た葉月がサイードに向かって駆け出した。

「あっ!」

砂煙の立ち込める合間に葉月には見えた。
間一髪のところでコリンがサイードを突き飛ばしたのだ。その直後、サイードとコリンがいた場所に大きな石や瓦礫が落ちて来る。
サイードは勢いよく地面に転がったが、そのおかげで瓦礫の下敷きにならずにすんだ。
コリンは…。

「コリンさんっ!」

砂煙をかき分けて葉月がコリンの元へと走るがそこにはもうコリンの姿はなく、瓦礫の山だけだった。

「コリンさんっ!どこ⁉︎」

葉月が必死で声をかける。サイードとアーシムも駆け寄るがコリンの返事はない。
天井からはパラパラと小さな瓦礫が降ってきていた。ミシミシと壁や天井が嫌な音をあげる。

「葉月様、ダメです。私たちも危険です。」

「でもコリンさんがっ!」

涙声で振り返る葉月をサイードが担ぎ上げた。

「行くぞっ!」

葉月はコリンを呼び続けるがその声だけが虚しく響いていた。
三人が塔の外に出た数秒後、また大きな音ともに塔が崩れ落ちる。砂煙が辺りを覆い、ここへ来た時とは全く違う景色になっていた。

「サイードっ!サイードっ!…コリンさんは…?」

サイードが小さく首を横に振る。それを見た葉月が声を上げて泣き出した。
それからしばらくしてアーシムが手配していた者たちが集まってきた。現場を確認したり救助を呼んだりと皆がバタバタと動いている。
葉月たち三人はただそれを呆然と眺め立ち尽くしていた。






城に戻ったサイードが陣頭指揮をとりコリンの件やグリーンモスクの解体、撤去作業を行なっている。
それ以外にもサワブハーディーの事業などサイードには仕事が山積みだった。
日中は仕事から離れることが出来ないため、葉月にはアーシムがついて世話をしていた。

「コリンさん、本当はサイードのことが好きだったのかもね…。最初はやましい気持ちで近付いたけど、一緒にいるうちに好きになった。でもそれに気づいた時にはもう後戻りできなくなって…。」

「…そうだとしても彼のしたことは許されることではありません。殿下を騙し、危険な目に遭わせたのですから。」

「うん…そうだね。そうだよね…。そういえば、証拠、たくさん出てきたんだってね。」

コリンの部屋からはサイードの暗殺計画やそれにクタイバが関わっていた証拠が十分過ぎるほど出てきた。
学生時代のサイードとコリンのアルバムの中に小さなSDカードが見つかったのだ。それにはクタイバが言い逃れ出来ない決定的な証拠がたくさん残っていた。
コリンはその証拠でクタイバを脅そうとしていた。しかし本当は自分に何かあった時にサイードが気付くようにそこに隠しておいたのかもしれない。コリンが居なくなった今、その真相は闇の中だ。






「サイード、おかえり。」

「ただいま。」

疲れ切った顔のサイードを葉月が笑顔で出迎える。
サイードが両手を広げると葉月がそっとその胸に顔を埋めた。

「疲れた…。おまえの顔ばかり目に浮かんで…早く会いたかった。」

「うん。お疲れ様。サイード、こっちに来て。」

「ん?」

葉月がサイードをソファーに座らせる。そしてその前に立ち、サイードの頭を優しく抱きしめた。

「葉月…ありがとう。ああ…本当に癒されるな。」

サイードの頭を優しく撫でてくれる。それに葉月からはあの優しくて温かいフェロモンが溢れサイードを包み込む。

「うぅっ…」

サイードは心の底から安堵し、自然と涙が流れる。
本当に疲れていた。身体だけでなく心も。
葉月にはそれが分かっていたので、こうして優しくフェロモンで癒してくれているのだ。

「コリンさんのこと、大丈夫?」

「ああ。だいぶ前から怪しいと思っていたんだ。ミクシームを、アーシムの弟だが、そいつをコリンに付けていたんだ。こちらが疑っていることがバレないように俺もコリンに気のある素振りをしていた。」

コリンを特別扱いしているように見せかけて、サイードたちも彼を探っていたのだ。

「そっか。でも昔は友達だったんだろ?」

「学生の頃はな。気の合うやつだと思っていたんだ。でも違った。…みんなそうだ。コリンだけじゃない。俺がアグニアの王子だと分かった途端態度を変える。」

「みんなじゃないよ。僕は違う。アーシムさんだって、ずっとサイードの側にいるじゃないか。」

「そうだな。」

サイードは葉月の優しいフェロモンに包まれてしばらく泣いた。彼は人前で泣くことは許されない。アグニアを背負う王子なのだから。
でも葉月の前なら…。
友や親族に裏切られ、サイードの傷付いた心は葉月のフェロモンで少しづつ癒されていった。
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