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葉月
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「美しい森だな。」
「ええ。妖精の森と言われるだけあります。もう少し周辺を整備し、交通の利便性を良くすれば観光客はもっと増えるはずです。」
カラムに案内されてサワブハーディーの南の地区を見て回る。妖精の森と呼ばれる美しい森を抜け、さらに奥へと進むと急に土地が開けた。そこは太古の昔にタイムスリップしたような場所だ。
アッバース朝時代の建造物が残っており、美しいイスラム建築のモスクやミナレットが手付かずになっている。
「修繕すれば観光名所になるな。」
「ええ。今は専門家やこういった建築物の愛好家が来ますが、利便性が悪いので一般人はあまり来ません。この手前のサワブマディーナまでは良く来るのですが。」
サワブマディーナは金製品で有名な町だ。金が好きなアラブ人たちがこぞって買い物に来る。数年前にテレビやSNSで紹介され、海外からも人が来るようになった。
さらにサワブハーディーまで来ると金の採掘量が桁外れに多かった時代に建てられた黄金の城があり、その周辺に妖精の森、女神の泉と呼ばれる美しい自然がある。
交通路が整っているのはここまでで、ここから先は車がないと来ることが出来ない。
「ここを観光の中心にしよう。」
サイードは改めてこの地に無限の可能性を感じることが出来た。
その後もカラムが経営するホテルをいくつか見て周り、ホテルの様子や経営状況を確認する。
当初ホテルは、金製品を買いに来る者たちをターゲットに建てられたものだったが、黄金の城が注目されるようになってからは観光客の利用が増え、常に満室だと言っていた。
ターゲットが富裕層だけあって豪華な造りのホテルが多い。
カラムはアルファで三十代前半とまだ若いが、大変頭も良く経営手腕に長けている。カラムの父は金製品を扱う商人で手広く商売をしていた。カラムの代になり観光業に手を広げ、さらに事業を拡大し、今やこの辺りの地域で一番の権力を持っている。
サイードはカラムの家に招待され、今後の話をすることになった。
今日初めて会っただけでカラムという男が信頼のおける男だと実感した。
サワブハーディーの今後の展望について熱く語っていると、部屋の外が騒がしくなりドアが開いた。
「お父様~!」
「お父様、おかえりなさぁい。」
かわいらしい子どもが二人部屋に入ってきてカラムの足に飛びつく。
「こら、おまえたち。ここに来てはだめだと言ったたろう?こちらにいらっしゃるのはサイード殿下だ。恐れ多いぞ。殿下、ご無礼をお許し下さい。」
カラムが恐縮し頭を下げた。二人の子どもはそれでも嬉しそうにカラムにまとわりついている。
「いや、気にするな。子どものすることだ。」
サイードはその子どもたちに既視感を覚えた。
きゃっきゃっと楽しそうにはしゃぐ子ども。おそらく双子だろう。艶やかな顔に上質なカンドゥーラ。
以前サワブハーディーに来た際に見た双子だ。
カラムのことをお父様と呼んでいる。
以前見たときに一緒にいたのはオメガだ。そちらはパパと呼んでいた。
カラムの伴侶はオメガ?
カラムは父親の話はするが、自分の家族の話はほとんどしなかった。子どもがいることも今知った。
「カラム。もしかしておまえの伴侶はオメガか?」
サイードの言葉にカラムの顔色が変わる。おそらくオメガの伴侶を知られたくないのだろう。アグニアはオメガ差別が根強く残る。
そしてサイードはその国の王子。
「嫌な意味で聞いているのではない。この双子を以前見かけたことがある。そのとき一緒にいたのがオメガだった。パパと呼んでいた。」
「…はい。」
カラムの声が固くなる。
大事にかわいがられている双子。上質な装飾品を身に纏ったオメガ。おそらくカラムは家族をとても愛している。オメガの伴侶を大事にしているのだ。サイードも今ならその気持ちが分かる。なのでカラムの緊張を解くように真摯に伝えた。
「カラム。私の恋人もオメガだ。」
「え?」
カラムが瞠目する。
「私の愛おしい人はオメガだ。おまえもそうなのであろう?」
「殿下、それは…。」
「もちろん公表していない。しかし私は彼を伴侶としてこの国に迎え入れたい。この国のオメガへの偏見や差別をなくし、オメガが生きやすい世界を作りたい。」
カラムはサイードの言葉に目を潤ませる。
そして大きく頷いた。
「殿下の仰る通り、私の妻はオメガです。隠しているわけではないのですが、公にもしていません。それはこの国のオメガに対する考え方のせいです。」
今度はサイードが大きく頷く。
「カラムの大事な人なのだな?」
「はい。自分の命よりも。ナージフ、ハーディ、パパを呼んでおいで。」
「「はーい。」」
カラムの言葉に双子は元気よく返事をし、競うように部屋を出ていった。
「事業を拡大したのは妻のためです。父に妻を認めてもらうため、私は実績が必要だった。観光業のヒントをくれたのは妻です。」
カラムとその妻の出会いは今から十五年前だ。カラムはアメリカの大学に進学し、そこで妻のレイと出会った。二人は引き寄せられるように恋に落ち交際を重ねた。しかしカラムの父は交際を認めず、二人は駆け落ち同然で一緒になったのだ。
数年前にカラムの父が体調を崩し、ずっと疎遠だった母から連絡をもらいカラムと父は再開する。
すっかり弱った父を支えたかったが、やはり彼はオメガの嫁を頑なに認めなかった。カラムはそんな父に事業を拡大し、利益を得ることができたらレイを家族として受け入れるよう提示した。
すっかり身体も弱り、カラムしか頼れない父は渋々その提案を了承した。
それからのカラムは持ち前の頭脳と類稀なる経営手腕を発揮し、あっという間に利益を上げ成功を収めた。これにはカラムの父もレイを認めざるを得なかった。
「そういう事か。カラム、私もそうだ。葉月を、私の愛おしい人を父に、国に認めてもらいたいのだ。この事業の成功はアグニアの運命を変えるはずだ。」
「はい。父や母はレイを認めています。子どもたちのこともとてもかわいがってくれています。殿下の仰る通り、この国の全ての人たちにレイを、オメガを認めてもらいたい。殿下、必ずやり遂げましょう。」
二人は固く握手を交わし事業の成功を誓った。
「ええ。妖精の森と言われるだけあります。もう少し周辺を整備し、交通の利便性を良くすれば観光客はもっと増えるはずです。」
カラムに案内されてサワブハーディーの南の地区を見て回る。妖精の森と呼ばれる美しい森を抜け、さらに奥へと進むと急に土地が開けた。そこは太古の昔にタイムスリップしたような場所だ。
アッバース朝時代の建造物が残っており、美しいイスラム建築のモスクやミナレットが手付かずになっている。
「修繕すれば観光名所になるな。」
「ええ。今は専門家やこういった建築物の愛好家が来ますが、利便性が悪いので一般人はあまり来ません。この手前のサワブマディーナまでは良く来るのですが。」
サワブマディーナは金製品で有名な町だ。金が好きなアラブ人たちがこぞって買い物に来る。数年前にテレビやSNSで紹介され、海外からも人が来るようになった。
さらにサワブハーディーまで来ると金の採掘量が桁外れに多かった時代に建てられた黄金の城があり、その周辺に妖精の森、女神の泉と呼ばれる美しい自然がある。
交通路が整っているのはここまでで、ここから先は車がないと来ることが出来ない。
「ここを観光の中心にしよう。」
サイードは改めてこの地に無限の可能性を感じることが出来た。
その後もカラムが経営するホテルをいくつか見て周り、ホテルの様子や経営状況を確認する。
当初ホテルは、金製品を買いに来る者たちをターゲットに建てられたものだったが、黄金の城が注目されるようになってからは観光客の利用が増え、常に満室だと言っていた。
ターゲットが富裕層だけあって豪華な造りのホテルが多い。
カラムはアルファで三十代前半とまだ若いが、大変頭も良く経営手腕に長けている。カラムの父は金製品を扱う商人で手広く商売をしていた。カラムの代になり観光業に手を広げ、さらに事業を拡大し、今やこの辺りの地域で一番の権力を持っている。
サイードはカラムの家に招待され、今後の話をすることになった。
今日初めて会っただけでカラムという男が信頼のおける男だと実感した。
サワブハーディーの今後の展望について熱く語っていると、部屋の外が騒がしくなりドアが開いた。
「お父様~!」
「お父様、おかえりなさぁい。」
かわいらしい子どもが二人部屋に入ってきてカラムの足に飛びつく。
「こら、おまえたち。ここに来てはだめだと言ったたろう?こちらにいらっしゃるのはサイード殿下だ。恐れ多いぞ。殿下、ご無礼をお許し下さい。」
カラムが恐縮し頭を下げた。二人の子どもはそれでも嬉しそうにカラムにまとわりついている。
「いや、気にするな。子どものすることだ。」
サイードはその子どもたちに既視感を覚えた。
きゃっきゃっと楽しそうにはしゃぐ子ども。おそらく双子だろう。艶やかな顔に上質なカンドゥーラ。
以前サワブハーディーに来た際に見た双子だ。
カラムのことをお父様と呼んでいる。
以前見たときに一緒にいたのはオメガだ。そちらはパパと呼んでいた。
カラムの伴侶はオメガ?
カラムは父親の話はするが、自分の家族の話はほとんどしなかった。子どもがいることも今知った。
「カラム。もしかしておまえの伴侶はオメガか?」
サイードの言葉にカラムの顔色が変わる。おそらくオメガの伴侶を知られたくないのだろう。アグニアはオメガ差別が根強く残る。
そしてサイードはその国の王子。
「嫌な意味で聞いているのではない。この双子を以前見かけたことがある。そのとき一緒にいたのがオメガだった。パパと呼んでいた。」
「…はい。」
カラムの声が固くなる。
大事にかわいがられている双子。上質な装飾品を身に纏ったオメガ。おそらくカラムは家族をとても愛している。オメガの伴侶を大事にしているのだ。サイードも今ならその気持ちが分かる。なのでカラムの緊張を解くように真摯に伝えた。
「カラム。私の恋人もオメガだ。」
「え?」
カラムが瞠目する。
「私の愛おしい人はオメガだ。おまえもそうなのであろう?」
「殿下、それは…。」
「もちろん公表していない。しかし私は彼を伴侶としてこの国に迎え入れたい。この国のオメガへの偏見や差別をなくし、オメガが生きやすい世界を作りたい。」
カラムはサイードの言葉に目を潤ませる。
そして大きく頷いた。
「殿下の仰る通り、私の妻はオメガです。隠しているわけではないのですが、公にもしていません。それはこの国のオメガに対する考え方のせいです。」
今度はサイードが大きく頷く。
「カラムの大事な人なのだな?」
「はい。自分の命よりも。ナージフ、ハーディ、パパを呼んでおいで。」
「「はーい。」」
カラムの言葉に双子は元気よく返事をし、競うように部屋を出ていった。
「事業を拡大したのは妻のためです。父に妻を認めてもらうため、私は実績が必要だった。観光業のヒントをくれたのは妻です。」
カラムとその妻の出会いは今から十五年前だ。カラムはアメリカの大学に進学し、そこで妻のレイと出会った。二人は引き寄せられるように恋に落ち交際を重ねた。しかしカラムの父は交際を認めず、二人は駆け落ち同然で一緒になったのだ。
数年前にカラムの父が体調を崩し、ずっと疎遠だった母から連絡をもらいカラムと父は再開する。
すっかり弱った父を支えたかったが、やはり彼はオメガの嫁を頑なに認めなかった。カラムはそんな父に事業を拡大し、利益を得ることができたらレイを家族として受け入れるよう提示した。
すっかり身体も弱り、カラムしか頼れない父は渋々その提案を了承した。
それからのカラムは持ち前の頭脳と類稀なる経営手腕を発揮し、あっという間に利益を上げ成功を収めた。これにはカラムの父もレイを認めざるを得なかった。
「そういう事か。カラム、私もそうだ。葉月を、私の愛おしい人を父に、国に認めてもらいたいのだ。この事業の成功はアグニアの運命を変えるはずだ。」
「はい。父や母はレイを認めています。子どもたちのこともとてもかわいがってくれています。殿下の仰る通り、この国の全ての人たちにレイを、オメガを認めてもらいたい。殿下、必ずやり遂げましょう。」
二人は固く握手を交わし事業の成功を誓った。
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