善夜家のオメガ

みこと

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葉月

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「葉月、元気ないな。」

「うん。ロンドンから帰ってから時々ぼーっとしてるんだ。」

サンルームのカウチに座ってぼんやりしている葉月を詩月と健人が物陰からじっと見ている。
葉月が予定より少し早くロンドンから戻って二週間、時々ぼんやりと窓の外を見ているのだ。
アグレッシブで活動的な葉月にはとても珍しい。休みの日には予定を組んで必ず出かけていたのに。
詩月が心配して声をかけるが決まって『何でもないよ。』と笑うだけだった。

「何してるの?」

「うわっ!」

「佑月っ。驚かさないでよ。」

こそこそしている二人の後ろから佑月が声をかけた。
二人は驚いて飛び上がった。

「ごめん。何してるのかなーって。」

「うん。葉月の様子がおかしいんだ。」

「え?」

「ぼーっとして考え事をしてる。」

「そう…。」

じっと葉月の方を見つめていた佑月がすんっと鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。

「アルファの匂いがする…。それに葉月の匂いが変わったね。」

「え?ウソ…。アルファ?」

「うん。葉月のフェロモンと混じり合ってすごく良い匂いになってる。相性が良いアルファだね。まるで詩月と健人だ。」

にこりと微笑んで詩月と健人を見る。
普段はぼーっとしている佑月だが、時々不思議なことを言う。そしてそれはいつも当たっていた、
これが善夜の長男の力かなのか。

「葉月なら大丈夫だよ。すぐに元気になる。」

そう言って佑月は出ていった。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


アーシムはチラリとサイードを見る。またあのハンカチで口と鼻を覆っていた。
この数週間アーシムはサイードがそうやっている姿を何度も目撃している。こっそりと人目につかないようにしているが、四六時中側にいるアーシムには隠し通せていなかった。
最初は具合でも悪いのかと思っていた。しかしどうも違うようだ。すんすんと鼻を鳴らして恍惚とした表情を浮かべていた。
顔を覆うハンカチはいつも同じだ。淡い水色のハンカチ。サイードがそのような物を持っているのも初めて見た。
しかし、ここ数日は頻繁にその仕草を見せている。そして決まってがっかりと肩を落とすのだ。
さらに最近、サイードが憔悴している。
疲れが溜まっているのだろう。アーシムが何度も休むよう促すが、首を横に振って公務に打ち込んでいた。
クタイバの件でもほとんど進展が見られなかった。彼は巧妙に証拠を消してしまっていた。

「アーシム。次の仕事をくれ。」

「はい、殿下。でも少し休まれた方が…。そろそろ国王様をもこちらに戻られるようですし。」

「いい。そうだとしても少しでも父上の負担を減らしたい。」

国王のファールークの手術は成功し、順調に回復していると聞いていた。しかし中々帰国しない。体調に何か問題でもあるのだろうか。サイードが心配して連絡しても『大丈夫だ』と答えるだけだった。
アーシムが書類の束をサイードに渡そうとすると、大臣のディヤーブが入って来て二人は二言三言話をすると部屋を出ていった。
彼は王宮の改装工事の責任者だ。ファールークの帰国前に彼が安全に療養できるよう城の改装を行っている。そのことについての打ち合わせか何がだろう。
ディヤーブは忠実な家臣だ。彼に全てを任せても問題ない。しかしサイードは最後は自分の目で確認する慎重さだ。アーシムにはサイードが仕事に没頭して余計なことを考えないようしているとしか思えなかった。

アーシムが書類の束をサイードの机の上に置くと床に何が落ちているのが見えた。
それはサイードがいつも持っているハンカチだった。
アーシムはそれを拾い上げる。
近くで見るとうっすらと汚れていた。数週間毎日持っていて洗っている様子はなかった。
ふと見るとハンカチの端に何か刺繍がしてあった。
ネイビーのそれはローマ字のようだ。

『Hazuki』

「ハ、ズ、キ…これはっ、」

何げなく読み上げたアーシムは驚いてもう一度そのハンカチを見つめる。Hazukiはおそらく葉月のことだ。
葉月が忘れていったものか、サイードにあげたものなのかは不明だがサイードはこのハンカチを大事に持っていた。
アーシムは自分の頭を抱えた。
何故サイードがこのハンカチの匂いを嗅いでいたのか、そしてここ数日元気がないのが分かった。
ハンカチに残る葉月の匂いを嗅ぎ、そしてそれが薄れてきているのだ。

「はぁ、どうしたものか。」

ここ数週間がむしゃらに働くサイードを心配していたが、原因はこれだったのだ。
大きくため息をついたアーシムはすぐに今やるべきことに取り掛かった。



「アーシム!」

大臣と出ていってから数時間後、サイードが慌てて部屋に戻って来た。

「どうかされましたか?」

「あ、え、その、私の落とし物がなかったか?」

サイードが言いにくそうに口ごもる。落とし物はあのハンカチだろう。アーシムには分かっていたが、敢えてしらばっくれてみた。

「殿下の落とし物ですか?何を落とされたんですか?」

「え?あ、た、大したものではないんだ。…ハンカチみたいな…」

「ハンカチですか?ハンカチならたくさんお持ちでしょう。侍女に新しいものを持って来させます。」

「いや、違う。ハンカチだが…それだけじゃなく、」

いつもの勢いが全くなく、もごもごとハッキリしない。そんなサイードは初めて見た。いつもは堂々として自信たっぷりの男だ。
面白くなったアーシムはもう少しこれを続けようと思った。

「ハンカチじゃないんですか?」

「ハンカチだ!」

「ハンカチくらい落としてもどうってことないでしょう。新しものを…」

「それじゃダメなんだ!ハンカチだけど、その…。」

結局アーシムは三十分ほどそのやり取りをしてサイードを揶揄っていた。
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