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葉月
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「今日はナショナル・ギャラリーか。」
「うん。あと四日しかないからね。弾丸観光だよ。」
「そうだな。」
あと四日。あと四日で葉月とはお別れだ。そう考えると何だか胸がモヤモヤする。
葉月とは気が合うし何よりも素の自分で居られる。
オメガに対してこんな気持ちになったのは初めてだ。
サイードの国では未だバース差別が根強く息づいている。
もちろん頂点はアルファ。その中でもサイードを含めた上位アルファが権力を握っている。
次にベータ、そして最下層がオメガだ。
サイードもそれが当たり前だと思っていた。
世界は今、バースの平等化に向かいプロモートしている。
皆平等の社会。特にオメガの人権保護はどこの国でも謳われている。
しかしその本当の理由はアルファとオメガの間に産まれた子どもはアルファの確率が高くなると分かったからだ。
年々アルファは産まれずらくなっていて、アルファの後継が欲しいアルファたちが挙ってオメガを番いにするようになった。
さらに近年の研究結果ではアルファから大事にされ愛された幸せなオメガがアルファを産む傾向にあるということもわかってきた。
ただオメガを孕ませれば良いわけではない。オメガを大事にし、アルファ自身もそのオメガに愛されなければならない。
そういった背景もあってオメガの地位も少しづつ上がっていった。
サイードの国は天然資源とレアメタルの産出国として有名だ。それらは国を潤し、世界で最も裕福な国といわれている。
国自体が裕福なのでどうしてもアルファの後継が必要なわけではない。なのでオメガを娶る必要もないのだ。
そのせいでアグニア王国には昔からの根強いアルファ至上主義が残っている。
王族は皆アルファ。そしてサイードはアグニア王国の王位継承順位第一位の皇子なのだ。
「うわーっ!すごい人だね。」
「だな。今週はゴッホの特別企画展があるみたいだ。」
「楽しみ!」
特別企画展のためいつもより人が多い。
そのおかげでサイードも目立つことなく行動できた。
真剣な顔で絵画に魅入る葉月をチラチラと盗み見る。
本当に楽しそうだ。その顔を見るだけで不思議と幸せな気持ちになれた。
「あ、危ない…。」
小さな子どもが葉月にぶつかって転んだ。
「大丈夫?ケガはない?」
葉月が手を差し伸べてその子どもを起こす。
「うん!僕泣かないよ!」
「そっか。えらいね。」
葉月が優しく微笑みかけ頭を撫でる。
その時ふわりと優しく甘い匂いがサイードの鼻を掠めた。
昨夜、シャワーから上がった時に香った匂いだ。
まるで陽だまりのように暖かく優しい包み込むような匂い。
子どもに話しかける葉月からふわふわと漂っている。
葉月は昨夜、弟と電話をしていた。
「そうか…」
葉月から香る匂いは葉月が持つ優しさの匂いだ。
誰かを慈しみ愛情を注ぐときに香る葉月のフェロモンなのだ。
走り寄ってきた母親らしき人に子どもを手渡すと。ふっとその匂いが消えた。
「葉月は優しいんだな。」
「へ?」
「子どもが好きなのか?」
「うーん、どうだろう。手が掛かる相手をほっとけ無いだけだよ。」
そう言って微笑む葉月からサイードは目が離せなかった。
そのあとも二人は楽しく観光して周りホテルに戻った。
レストランでたらふく食べ、たくさん話し、あっという間に時間が過ぎていった。
「じゃあ、もう寝るから。おやすみ。」
「うん。おやすみ。」
部屋で二人きりになると落ち着かないのでサイードは早々にベッドルームに籠った。
ワイドベッドに寝転がって悶々とする。
葉月が帰るまであと三日。側近のアーシムがそろそろこちらに来るはずだ。
アーシムと国に帰る。自分の命を狙ってきた奴らのことは分かっている。叔父のクタイバとその支援者だ。
王位継承権順位一位のサイードが居なくなればクタイバが王位を継承することになる。サイードには弟もいるがまだ幼すぎる。
サイードの父のファールークの病が分かりアメリカの病院で手術をし療養している。
クタイバは王位を略奪する好機だと思っているらしい。
だが実際、手術は成功し、ファールークは元気だ。
もしかしたらサイードを亡き者にした後、ファールークに手をかけるつもりでいるのかもしれない。
クタイバにはよからぬ者たちとの黒い噂もある。
早急に王位を手に入れ、アグニアの資金を我が物としたいのだろう。
しかし何故、サイードがロンドンのパーティーに出席する事を知っていたのだろうか。
そう考えるとあのパーティーの招待状すら怪しい。オメガ嫌いのサイードに届いた事がおかしいのだ。
早く国に帰って対策を取らないと…。
「はぁ…。あと四日か。」
自国の問題について考えなければならないのに、何故か葉月の事ばかり考えてしまう。
あの優しく暖かいフェロモン…。あんなフェロモンを放つオメガに会った事がない。サイードも抑制剤を飲んでいるのに、葉月のフェロモンを感じる。
サイードの知るオメガは皆まとわりつくようなフェロモンばかりだ。
早くアーシムと合流しなければと思う反面、もう少しこの時間を過ごしたいと思ってしまう。
「ダメだ。オメガはダメだ。」
サイードは自分の気持ちを振り払うように頭を振りベッドに潜り込んだ。
「うん。楽しいよ。そっちは?え?健人のやつ…。相変わらずだな。」
詩月と電話で今日の報告をし合っている。
『まあね。でもさ、一人で観光なんて怖くない?』
「それがさ、一人じゃないんだ。」
葉月は昨日からのことを報告する。
『えーーっ!大丈夫なの?その人。』
「うーん、変な人じゃないと思う。あのパーティーに来てた人だからね。それに見放して死んじゃったら寝覚が悪いし。」
『本当に葉月は困った人を放って置けないよね。』
詩月が呆れた声を出す。
「そんなことないけど…。」
『そうだよ。だってその人アルファなんでしょ?何かあったら。』
「あ、ないない。それはない。オメガ、嫌いだから。」
『えーーーっ!何それ。』
「ね。思い出すとムカつくわ~。」
そのあと二人は散々アルファの文句を言って電話を切った。
「うん。あと四日しかないからね。弾丸観光だよ。」
「そうだな。」
あと四日。あと四日で葉月とはお別れだ。そう考えると何だか胸がモヤモヤする。
葉月とは気が合うし何よりも素の自分で居られる。
オメガに対してこんな気持ちになったのは初めてだ。
サイードの国では未だバース差別が根強く息づいている。
もちろん頂点はアルファ。その中でもサイードを含めた上位アルファが権力を握っている。
次にベータ、そして最下層がオメガだ。
サイードもそれが当たり前だと思っていた。
世界は今、バースの平等化に向かいプロモートしている。
皆平等の社会。特にオメガの人権保護はどこの国でも謳われている。
しかしその本当の理由はアルファとオメガの間に産まれた子どもはアルファの確率が高くなると分かったからだ。
年々アルファは産まれずらくなっていて、アルファの後継が欲しいアルファたちが挙ってオメガを番いにするようになった。
さらに近年の研究結果ではアルファから大事にされ愛された幸せなオメガがアルファを産む傾向にあるということもわかってきた。
ただオメガを孕ませれば良いわけではない。オメガを大事にし、アルファ自身もそのオメガに愛されなければならない。
そういった背景もあってオメガの地位も少しづつ上がっていった。
サイードの国は天然資源とレアメタルの産出国として有名だ。それらは国を潤し、世界で最も裕福な国といわれている。
国自体が裕福なのでどうしてもアルファの後継が必要なわけではない。なのでオメガを娶る必要もないのだ。
そのせいでアグニア王国には昔からの根強いアルファ至上主義が残っている。
王族は皆アルファ。そしてサイードはアグニア王国の王位継承順位第一位の皇子なのだ。
「うわーっ!すごい人だね。」
「だな。今週はゴッホの特別企画展があるみたいだ。」
「楽しみ!」
特別企画展のためいつもより人が多い。
そのおかげでサイードも目立つことなく行動できた。
真剣な顔で絵画に魅入る葉月をチラチラと盗み見る。
本当に楽しそうだ。その顔を見るだけで不思議と幸せな気持ちになれた。
「あ、危ない…。」
小さな子どもが葉月にぶつかって転んだ。
「大丈夫?ケガはない?」
葉月が手を差し伸べてその子どもを起こす。
「うん!僕泣かないよ!」
「そっか。えらいね。」
葉月が優しく微笑みかけ頭を撫でる。
その時ふわりと優しく甘い匂いがサイードの鼻を掠めた。
昨夜、シャワーから上がった時に香った匂いだ。
まるで陽だまりのように暖かく優しい包み込むような匂い。
子どもに話しかける葉月からふわふわと漂っている。
葉月は昨夜、弟と電話をしていた。
「そうか…」
葉月から香る匂いは葉月が持つ優しさの匂いだ。
誰かを慈しみ愛情を注ぐときに香る葉月のフェロモンなのだ。
走り寄ってきた母親らしき人に子どもを手渡すと。ふっとその匂いが消えた。
「葉月は優しいんだな。」
「へ?」
「子どもが好きなのか?」
「うーん、どうだろう。手が掛かる相手をほっとけ無いだけだよ。」
そう言って微笑む葉月からサイードは目が離せなかった。
そのあとも二人は楽しく観光して周りホテルに戻った。
レストランでたらふく食べ、たくさん話し、あっという間に時間が過ぎていった。
「じゃあ、もう寝るから。おやすみ。」
「うん。おやすみ。」
部屋で二人きりになると落ち着かないのでサイードは早々にベッドルームに籠った。
ワイドベッドに寝転がって悶々とする。
葉月が帰るまであと三日。側近のアーシムがそろそろこちらに来るはずだ。
アーシムと国に帰る。自分の命を狙ってきた奴らのことは分かっている。叔父のクタイバとその支援者だ。
王位継承権順位一位のサイードが居なくなればクタイバが王位を継承することになる。サイードには弟もいるがまだ幼すぎる。
サイードの父のファールークの病が分かりアメリカの病院で手術をし療養している。
クタイバは王位を略奪する好機だと思っているらしい。
だが実際、手術は成功し、ファールークは元気だ。
もしかしたらサイードを亡き者にした後、ファールークに手をかけるつもりでいるのかもしれない。
クタイバにはよからぬ者たちとの黒い噂もある。
早急に王位を手に入れ、アグニアの資金を我が物としたいのだろう。
しかし何故、サイードがロンドンのパーティーに出席する事を知っていたのだろうか。
そう考えるとあのパーティーの招待状すら怪しい。オメガ嫌いのサイードに届いた事がおかしいのだ。
早く国に帰って対策を取らないと…。
「はぁ…。あと四日か。」
自国の問題について考えなければならないのに、何故か葉月の事ばかり考えてしまう。
あの優しく暖かいフェロモン…。あんなフェロモンを放つオメガに会った事がない。サイードも抑制剤を飲んでいるのに、葉月のフェロモンを感じる。
サイードの知るオメガは皆まとわりつくようなフェロモンばかりだ。
早くアーシムと合流しなければと思う反面、もう少しこの時間を過ごしたいと思ってしまう。
「ダメだ。オメガはダメだ。」
サイードは自分の気持ちを振り払うように頭を振りベッドに潜り込んだ。
「うん。楽しいよ。そっちは?え?健人のやつ…。相変わらずだな。」
詩月と電話で今日の報告をし合っている。
『まあね。でもさ、一人で観光なんて怖くない?』
「それがさ、一人じゃないんだ。」
葉月は昨日からのことを報告する。
『えーーっ!大丈夫なの?その人。』
「うーん、変な人じゃないと思う。あのパーティーに来てた人だからね。それに見放して死んじゃったら寝覚が悪いし。」
『本当に葉月は困った人を放って置けないよね。』
詩月が呆れた声を出す。
「そんなことないけど…。」
『そうだよ。だってその人アルファなんでしょ?何かあったら。』
「あ、ないない。それはない。オメガ、嫌いだから。」
『えーーーっ!何それ。』
「ね。思い出すとムカつくわ~。」
そのあと二人は散々アルファの文句を言って電話を切った。
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