善夜家のオメガ

みこと

文字の大きさ
上 下
77 / 110
葉月

4

しおりを挟む
「今日はナショナル・ギャラリーか。」

「うん。あと四日しかないからね。弾丸観光だよ。」

「そうだな。」

あと四日。あと四日で葉月とはお別れだ。そう考えると何だか胸がモヤモヤする。
葉月とは気が合うし何よりも素の自分で居られる。
オメガに対してこんな気持ちになったのは初めてだ。

サイードの国では未だバース差別が根強く息づいている。
もちろん頂点はアルファ。その中でもサイードを含めた上位アルファが権力を握っている。
次にベータ、そして最下層がオメガだ。
サイードもそれが当たり前だと思っていた。
世界は今、バースの平等化に向かいプロモートしている。
皆平等の社会。特にオメガの人権保護はどこの国でも謳われている。
しかしその本当の理由はアルファとオメガの間に産まれた子どもはアルファの確率が高くなると分かったからだ。
年々アルファは産まれずらくなっていて、アルファの後継が欲しいアルファたちが挙ってオメガを番いにするようになった。
さらに近年の研究結果ではアルファから大事にされ愛された幸せなオメガがアルファを産む傾向にあるということもわかってきた。
ただオメガを孕ませれば良いわけではない。オメガを大事にし、アルファ自身もそのオメガに愛されなければならない。
そういった背景もあってオメガの地位も少しづつ上がっていった。



サイードの国は天然資源とレアメタルの産出国として有名だ。それらは国を潤し、世界で最も裕福な国といわれている。
国自体が裕福なのでどうしてもアルファの後継が必要なわけではない。なのでオメガを娶る必要もないのだ。
そのせいでアグニア王国には昔からの根強いアルファ至上主義が残っている。
王族は皆アルファ。そしてサイードはアグニア王国の王位継承順位第一位の皇子なのだ。 


「うわーっ!すごい人だね。」

「だな。今週はゴッホの特別企画展があるみたいだ。」

「楽しみ!」

特別企画展のためいつもより人が多い。
そのおかげでサイードも目立つことなく行動できた。
真剣な顔で絵画に魅入る葉月をチラチラと盗み見る。
本当に楽しそうだ。その顔を見るだけで不思議と幸せな気持ちになれた。

「あ、危ない…。」

小さな子どもが葉月にぶつかって転んだ。

「大丈夫?ケガはない?」

葉月が手を差し伸べてその子どもを起こす。

「うん!僕泣かないよ!」

「そっか。えらいね。」

葉月が優しく微笑みかけ頭を撫でる。
その時ふわりと優しく甘い匂いがサイードの鼻を掠めた。
昨夜、シャワーから上がった時に香った匂いだ。
まるで陽だまりのように暖かく優しい包み込むような匂い。
子どもに話しかける葉月からふわふわと漂っている。
葉月は昨夜、弟と電話をしていた。

「そうか…」

葉月から香る匂いは葉月が持つ優しさの匂いだ。
誰かを慈しみ愛情を注ぐときに香る葉月のフェロモンなのだ。
走り寄ってきた母親らしき人に子どもを手渡すと。ふっとその匂いが消えた。

「葉月は優しいんだな。」

「へ?」

「子どもが好きなのか?」

「うーん、どうだろう。手が掛かる相手をほっとけ無いだけだよ。」

そう言って微笑む葉月からサイードは目が離せなかった。
そのあとも二人は楽しく観光して周りホテルに戻った。
レストランでたらふく食べ、たくさん話し、あっという間に時間が過ぎていった。



「じゃあ、もう寝るから。おやすみ。」

「うん。おやすみ。」

部屋で二人きりになると落ち着かないのでサイードは早々にベッドルームに籠った。
ワイドベッドに寝転がって悶々とする。
葉月が帰るまであと三日。側近のアーシムがそろそろこちらに来るはずだ。
アーシムと国に帰る。自分の命を狙ってきた奴らのことは分かっている。叔父のクタイバとその支援者だ。
王位継承権順位一位のサイードが居なくなればクタイバが王位を継承することになる。サイードには弟もいるがまだ幼すぎる。
サイードの父のファールークの病が分かりアメリカの病院で手術をし療養している。
クタイバは王位を略奪する好機だと思っているらしい。
だが実際、手術は成功し、ファールークは元気だ。
もしかしたらサイードを亡き者にした後、ファールークに手をかけるつもりでいるのかもしれない。
クタイバにはよからぬ者たちとの黒い噂もある。
早急に王位を手に入れ、アグニアの資金を我が物としたいのだろう。
しかし何故、サイードがロンドンのパーティーに出席する事を知っていたのだろうか。
そう考えるとあのパーティーの招待状すら怪しい。オメガ嫌いのサイードに届いた事がおかしいのだ。
早く国に帰って対策を取らないと…。

「はぁ…。あと四日か。」

自国の問題について考えなければならないのに、何故か葉月の事ばかり考えてしまう。
あの優しく暖かいフェロモン…。あんなフェロモンを放つオメガに会った事がない。サイードも抑制剤を飲んでいるのに、葉月のフェロモンを感じる。
サイードの知るオメガは皆まとわりつくようなフェロモンばかりだ。
早くアーシムと合流しなければと思う反面、もう少しこの時間を過ごしたいと思ってしまう。

「ダメだ。オメガはダメだ。」

サイードは自分の気持ちを振り払うように頭を振りベッドに潜り込んだ。





「うん。楽しいよ。そっちは?え?健人のやつ…。相変わらずだな。」

詩月と電話で今日の報告をし合っている。

『まあね。でもさ、一人で観光なんて怖くない?』

「それがさ、一人じゃないんだ。」

葉月は昨日からのことを報告する。

『えーーっ!大丈夫なの?その人。』

「うーん、変な人じゃないと思う。あのパーティーに来てた人だからね。それに見放して死んじゃったら寝覚が悪いし。」

『本当に葉月は困った人を放って置けないよね。』

詩月が呆れた声を出す。

「そんなことないけど…。」

『そうだよ。だってその人アルファなんでしょ?何かあったら。』

「あ、ないない。それはない。オメガ、嫌いだから。」

『えーーーっ!何それ。』

「ね。思い出すとムカつくわ~。」

そのあと二人は散々アルファの文句を言って電話を切った。

しおりを挟む
感想 122

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

処理中です...