善夜家のオメガ

みこと

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葉月

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「マジで言ってんの?」

「ああ。」

大英博物館を観光した二人はホテルの前に居た。葉月が泊まっているホテルだ。せっかくだからとハイクラスのホテルに泊まっている。もちろん善夜のお金で。
日も暮れてきたのでホテルに戻ろうとした葉月はサイードの言葉に唖然とした。
彼は葉月の部屋に泊めて欲しいと言い出したのだ。

「何であんたを泊めないといけないんだよ。自分でなんとかしてよ。」

「ダメだ。カードを使えば居場所がバレるし現金は持っていない。頼むから葉月の部屋に泊めてくれ。」

「無理無理!絶対に無理っ!」

「じゃあ俺に野宿しろってのか?」

「うん。」

迷いなく答える葉月にサイードは渋い顔をする。

「おまえな…。俺がどうなっても良いのか?」

「…うん。」

「おいっ!」

「いや、まぁ、それは冗談だとして…。僕、オメガだし…。サイードはアルファだろ?」

葉月はもごもごと口ごもる。
そんな葉月の言葉をサイードは鼻で笑った。

「それは大丈夫だ。おまえに手を出すことなんてない。俺はオメガが苦手だし、強力な抑制剤を飲んでいる。オメガのフェロモンなんて感じないはずだ。」

あのパーティーに来ていたので身元は確かだ。
それにもしサイードに何かあったらやはり後味が悪い。
昼間、助けた時点で乗りかかった船だ。

「…分かったよ。」

必死なサイードに葉月は渋々その提案を受け入れた。




「何だ、ベッドルームは二つあるじゃないか。」

「まあね。」

葉月の滞在している部屋は2ベットルームのジュニアスイートだ。

「メインベットルームは僕が使うからそっちはサイードね。」

「ああ。助かるよ。」

サイードはほっとしたように息を吐く。

「ねぇ、いつまで逃げるつもり?僕、あと四日で日本に帰るんけど。」

「え?あ、ああ。そうなのか。はっきりとは分からないが、俺の側近がプライベートジェットでこっちに向かっている。そいつと会えれば大丈夫なんだ。だからそれまでは…。」

「今までどうしてたの?」

「ロンドンへはあのパーティーに出席するために来た。まぁそれが罠だったみたいだがな。昨日、滞在していたホテルに待ち伏せされて襲われた。何とか逃げ出したから何も持って来ていないんだ。金も、身分証も。」

がっくりしたように項垂れてソファーに座る。
どうやら本当に狙われていて命の危機だったらしい。
何故命を狙われるような事態に陥っているのだろう。
それにサイードは何者なのか。
葉月はいろいろ聞きたいことはあったがあまりにも憔悴しているサイードに聞くのも酷な気がした。
まあ、何とかなるだろう。
元来葉月は楽観的で逞しい性格だ。
それにもう乗ってしまった船から降りるのも面倒だ。
その側近とやらに会えるまで付き合うことにした。

「そっか。まあ、何というか…大変だね。でもこういう時は美味しいものを食べて考えないようにすることだよ。ほらっ!」

葉月がルームサービスのメニュー手に取りをサイードに見せる。

「おまえな…。」

呆れたように葉月を見るサイードだが、ぐーっと腹の虫が鳴った。

「あ…。」

「ぶっ、あははは。」

それを聞いた葉月が吹き出すとサイードは気まずそうにする。

「ほら、何か食べようよ。日本食は好き?お寿司があるよ。」

サイードの隣に座り楽しそうにメニューを捲る。
命の危機だというのに…。
無邪気に笑う葉月を見てサイードは張り詰めた心の糸がふわりと弛むような気持ちになった。

二人はルームサービスでいろいろ頼み、お腹いっぱい食べた。話も弾み楽しい時間を過ごすことが出来た。
サイードはオメガは嫌いだ。
葉月もそれを知っているはずなのに全く気にしていないようだ。さっぱりとした性格で、頭も良い。英語の発音は完璧だ。それにあんな酷いことを言ったサイードに手を差し伸べる優しさ。
こんなオメガは初めてだ。
サイードがじっと葉月を見ているとそれに気づいた彼と目が合う。
サイードの心臓がドクンと跳ねた。

「何?どうしたの?」

「え?あ、いや、」

「??」

上手く返事ができずサイードはソファーから立ち上がる。

「えっと、そうだ!シャワー浴びてくるから。」

そう言い残してバスルームに逃げ込んだ。



サイードがシャワーからあがると部屋からふわりと良い匂いがした。
まるで暖かな陽だまりのような匂いだ。サイードを優しく包み込んでくれてとても安心する。
何の匂いだろうと思いながらリビングに行くと葉月が誰かと電話してした。

「うん、うん。そう。あはは。良かったじゃん…」

楽しそうに笑うその顔は優しく穏やかでまるで聖母マリアのようだ。
サイードに気がついた葉月がにこりと微笑んで通話を終了した。

「もう出たの?僕もシャワー浴びよう。」

「ああ。えっと、誰に電話してたんだ?」

あんな優しい顔で話す相手が気になる。

「ん?弟だよ。」

「弟?」

「そ。双子の弟。もう番いがいるんだ。しかも相手は運命だよ。あと兄もいる。二人とも本当に手がかかって…」

困ったように話すがその顔は嬉しそうだ。
きっと兄弟想いなんだろう。
一見気が強そうだがやはり優しいのだ。
嬉しそうに兄弟のことを話す葉月にサイードは胸が温かくなった。
そして陽だまりのように安心する匂い。
それを吸い込むと身体中の血がドクンと騒ぐ。
今までに味わったことのない不思議な感覚だ。
このままここに二人で居てはまずい気がする。

「じ、じゃあ俺はもう寝るから。」

サイードはそう言って自分の寝室に入った。
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