74 / 110
葉月
1
しおりを挟む
「はぁ、疲れた…。外人のアルファってすごい押しが強い…。」
ホテルのパウダールームで顔を洗い、乱暴に蝶ネクタイを外す。
葉月は姉の美月とパーティーに来ていた。ロンドンの某ホテルで開かれているアルファとオメガの集団見合いのようなパーティー。
アルファは皆、名家や富豪の子息ばかりだ。オメガもそれ相応の者でないと招待されない。
選ばれし者の集まり。
美月のコネで招待券を手に入れた。
やむ得ない理由でこのパーティーに出席したが、葉月にはあまり興味のないパーティーだ。
アルファたちは自信過剰で、オメガは皆媚びを売るのに必死だった。
一歩引いて見るその様子はあまりにも滑稽だ。
『ピロン』
胸ポケットのスマホが鳴った。
詩月からだ。北海道旅行中の彼は行く先々の観光名所や食べた物を送ってくれる。その写真には必ず健人が写り込んでいた。
「あいつ。わざとだろ…。」
カニとイクラがこれでもかと乗ったどんぶりとそれを横から食べようとする健人。
函館山の景色。自撮りする詩月にべったりくっついている健人。
二人は本当に幸せそうだ。この間、番いになり健人の両親とともに健人父親の実家に顔見せに行っている。
健人は三歳の頃から詩月に惚れている。その想いは全くブレず今でも詩月一筋だ。
それもそのはず、二人は運命の番いなのだ。
従兄弟の奈緒によって証明されている。どうやって証明されたのかはあえて聞かないが…。
「帰ろ…。」
明日は大英博物館に行く予定だ。むしろこちらが本当の目的。親の金でたっぷり観光しようと決めていた。
葉月が顔を上げると誰かが入ってくる気配がした。
おそらくアルファだろう。フェロモンに敏感な葉月には分かる。声をかけられたら面倒だと思い、奥にあった個室に隠れた。
「サイード、良いオメガ居たか?」
「ふんっ!居るわけないだろ。あんな下品な種族。」
「おまえなぁ。相変わらずお堅いな。どれも皆んなかわいかったじゃないか。俺はあのミシェルが良いな。カリーナも悪くない。アジアの彼も良かった。」
「どっちでもいい。どれも変わらんだろ。」
どうやら今日のパーティーに出席していいアルファだ。一人は嬉々としているが、もう一人はオメガが嫌いらしい。
「あぁ、おまえにはコリンがいるもんな。」
「…。」
「アルファで男同士だからな…。お父上は?」
「ダメに決まってるだろ。聞くまでもない。まあオメガよりはマシかもな。」
オメガ嫌いの男は心に決めた人がいるらしい。だがそれは許されない恋のようだ。
狭い場所で葉月が身体を動かずと立てかけてあった掃除用具がガタンと音を立てて倒れてしまった。
「誰だ!誰かいるのか?」
葉月の方に近づいてくる足音がする。隠れても無駄だと悟った葉月は扉を開けて外に出た。
「あっ!君、アジアの美人!」
「隠れて盗み聞きか。所詮オメガだ。薄汚い。」
やや浅黒い肌で彫りの深い男、おそらく中東系だろう。葉月を軽蔑するような目で見下ろす。
「サイード、失礼だろ?」
「こいつに言葉が分かるわけない。」
完全に葉月のことを馬鹿にしている。葉月は語学が得意だ。英語にフランス語、ドイツ語と中国語が少し。
二人の会話は英語だ。もちろん葉月には理解できている。
「…。」
何も言わない葉月にサイードと呼ばれた男がふんと、鼻で笑った。
「ほらな?分かってないだろ?アルファに寄生する薄汚い…」
「薄汚いのはどっち?」
「え?」
サイードが葉月の言葉に驚く。
「知りもしない相手に、失礼な言葉を吐く君の方が汚いんじゃない?それと、その英語、なまってるから直した方がいいよ。」
「なっ!」
「それと、オメガが皆んなアルファに寄生したいと思ったら大間違い。特に君みたいなアルファなんてこっちから願い下げだね。」
怒りで震えるサイードの横を澄ました表情で通り過ぎてパウダールームの外に出た。後ろで何か言っていたが振り返らずそのままホテルを後にした。
「本当、最悪っ!」
サイードを思い出してイラつきながらベッドに寝転がる。
スマホを見ると美月から連絡が入っていた。
「あ、しまった。ムカついて美月に何も言わずに出てきちゃった。」
面倒だな、と思いながら美月に折り返すと案の定怒っている。適当に謝りながら電話を切った。
何もしてないとイライラするのでスマホで明日の予定を立てる。
大英博物館は一日では見きれない。
エジプトのミイラやギリシャの彫刻。アステカの双頭の蛇、ロゼッタストーン。想像するだけでウキウキしてくる。
葉月はさっきのアルファのことも忘れて、明日のことを考えていた。
ホテルからハイヤーで大英博物館に向かう。地下鉄や電車も考えたが、一人では危険だと言われて諦めた。
大英博物館の少し手前で降ろしてもらう。歩きながら街を眺めたい。
「うわー、すごい人。」
たくさんの観光客でごった返している。
アルファやオメガもいる。フェロモンに敏感な葉月はそれだけで酔いそうだ。
「そうだっ!」
葉月は鞄から薬を取り出した。
奈緒にもらったフェロモンを感じなくなる薬。極秘で研究中の薬だ。正確には感じる力が鈍くなると言っていた。それを持っていた水で流し込む。
「よし、これでフェロモン酔いしないぞ!」
周りを散策しながら歩く。かわいいカフェや土産物屋、雑貨屋など着くまでに一日が終わってしまいそうだ。
「あ、あれかわいい!」
雑貨屋の軒先にアヌビスがプリントされたTシャツが飾ってあるのが見えた。葉月がそこを目指して歩くといきなり路地から出てきた男にぶつかる。
「痛っ!」
「あっ、すまない…。」
その男はふらつく葉月を支えたかと思ったら急に抱き付いてきた。
大きな身体を縮めて華奢な葉月の身体に隠れるように路地の影に隠れる。
「ちょっと…。」
「しっ、追われてるんだ。このままで頼む。」
「え?」
葉月が固まっていると何人かの男が路地を通り過ぎた。
言葉は分からないが誰かを探しているようだ。葉月の方に顔を埋める男をチラリと見る。
追われているのは本当らしい。その男の額にはうっすらと汗が滲んでいる。
葉月は肩にかけていたストールをふわりとその男にかけて隠した。
ホテルのパウダールームで顔を洗い、乱暴に蝶ネクタイを外す。
葉月は姉の美月とパーティーに来ていた。ロンドンの某ホテルで開かれているアルファとオメガの集団見合いのようなパーティー。
アルファは皆、名家や富豪の子息ばかりだ。オメガもそれ相応の者でないと招待されない。
選ばれし者の集まり。
美月のコネで招待券を手に入れた。
やむ得ない理由でこのパーティーに出席したが、葉月にはあまり興味のないパーティーだ。
アルファたちは自信過剰で、オメガは皆媚びを売るのに必死だった。
一歩引いて見るその様子はあまりにも滑稽だ。
『ピロン』
胸ポケットのスマホが鳴った。
詩月からだ。北海道旅行中の彼は行く先々の観光名所や食べた物を送ってくれる。その写真には必ず健人が写り込んでいた。
「あいつ。わざとだろ…。」
カニとイクラがこれでもかと乗ったどんぶりとそれを横から食べようとする健人。
函館山の景色。自撮りする詩月にべったりくっついている健人。
二人は本当に幸せそうだ。この間、番いになり健人の両親とともに健人父親の実家に顔見せに行っている。
健人は三歳の頃から詩月に惚れている。その想いは全くブレず今でも詩月一筋だ。
それもそのはず、二人は運命の番いなのだ。
従兄弟の奈緒によって証明されている。どうやって証明されたのかはあえて聞かないが…。
「帰ろ…。」
明日は大英博物館に行く予定だ。むしろこちらが本当の目的。親の金でたっぷり観光しようと決めていた。
葉月が顔を上げると誰かが入ってくる気配がした。
おそらくアルファだろう。フェロモンに敏感な葉月には分かる。声をかけられたら面倒だと思い、奥にあった個室に隠れた。
「サイード、良いオメガ居たか?」
「ふんっ!居るわけないだろ。あんな下品な種族。」
「おまえなぁ。相変わらずお堅いな。どれも皆んなかわいかったじゃないか。俺はあのミシェルが良いな。カリーナも悪くない。アジアの彼も良かった。」
「どっちでもいい。どれも変わらんだろ。」
どうやら今日のパーティーに出席していいアルファだ。一人は嬉々としているが、もう一人はオメガが嫌いらしい。
「あぁ、おまえにはコリンがいるもんな。」
「…。」
「アルファで男同士だからな…。お父上は?」
「ダメに決まってるだろ。聞くまでもない。まあオメガよりはマシかもな。」
オメガ嫌いの男は心に決めた人がいるらしい。だがそれは許されない恋のようだ。
狭い場所で葉月が身体を動かずと立てかけてあった掃除用具がガタンと音を立てて倒れてしまった。
「誰だ!誰かいるのか?」
葉月の方に近づいてくる足音がする。隠れても無駄だと悟った葉月は扉を開けて外に出た。
「あっ!君、アジアの美人!」
「隠れて盗み聞きか。所詮オメガだ。薄汚い。」
やや浅黒い肌で彫りの深い男、おそらく中東系だろう。葉月を軽蔑するような目で見下ろす。
「サイード、失礼だろ?」
「こいつに言葉が分かるわけない。」
完全に葉月のことを馬鹿にしている。葉月は語学が得意だ。英語にフランス語、ドイツ語と中国語が少し。
二人の会話は英語だ。もちろん葉月には理解できている。
「…。」
何も言わない葉月にサイードと呼ばれた男がふんと、鼻で笑った。
「ほらな?分かってないだろ?アルファに寄生する薄汚い…」
「薄汚いのはどっち?」
「え?」
サイードが葉月の言葉に驚く。
「知りもしない相手に、失礼な言葉を吐く君の方が汚いんじゃない?それと、その英語、なまってるから直した方がいいよ。」
「なっ!」
「それと、オメガが皆んなアルファに寄生したいと思ったら大間違い。特に君みたいなアルファなんてこっちから願い下げだね。」
怒りで震えるサイードの横を澄ました表情で通り過ぎてパウダールームの外に出た。後ろで何か言っていたが振り返らずそのままホテルを後にした。
「本当、最悪っ!」
サイードを思い出してイラつきながらベッドに寝転がる。
スマホを見ると美月から連絡が入っていた。
「あ、しまった。ムカついて美月に何も言わずに出てきちゃった。」
面倒だな、と思いながら美月に折り返すと案の定怒っている。適当に謝りながら電話を切った。
何もしてないとイライラするのでスマホで明日の予定を立てる。
大英博物館は一日では見きれない。
エジプトのミイラやギリシャの彫刻。アステカの双頭の蛇、ロゼッタストーン。想像するだけでウキウキしてくる。
葉月はさっきのアルファのことも忘れて、明日のことを考えていた。
ホテルからハイヤーで大英博物館に向かう。地下鉄や電車も考えたが、一人では危険だと言われて諦めた。
大英博物館の少し手前で降ろしてもらう。歩きながら街を眺めたい。
「うわー、すごい人。」
たくさんの観光客でごった返している。
アルファやオメガもいる。フェロモンに敏感な葉月はそれだけで酔いそうだ。
「そうだっ!」
葉月は鞄から薬を取り出した。
奈緒にもらったフェロモンを感じなくなる薬。極秘で研究中の薬だ。正確には感じる力が鈍くなると言っていた。それを持っていた水で流し込む。
「よし、これでフェロモン酔いしないぞ!」
周りを散策しながら歩く。かわいいカフェや土産物屋、雑貨屋など着くまでに一日が終わってしまいそうだ。
「あ、あれかわいい!」
雑貨屋の軒先にアヌビスがプリントされたTシャツが飾ってあるのが見えた。葉月がそこを目指して歩くといきなり路地から出てきた男にぶつかる。
「痛っ!」
「あっ、すまない…。」
その男はふらつく葉月を支えたかと思ったら急に抱き付いてきた。
大きな身体を縮めて華奢な葉月の身体に隠れるように路地の影に隠れる。
「ちょっと…。」
「しっ、追われてるんだ。このままで頼む。」
「え?」
葉月が固まっていると何人かの男が路地を通り過ぎた。
言葉は分からないが誰かを探しているようだ。葉月の方に顔を埋める男をチラリと見る。
追われているのは本当らしい。その男の額にはうっすらと汗が滲んでいる。
葉月は肩にかけていたストールをふわりとその男にかけて隠した。
28
お気に入りに追加
1,710
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。


別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる