善夜家のオメガ

みこと

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奈緒

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「成島が何処に住んでいるかも分からない。」

「実家には?」

「もちろん連絡を取った。だが、家族に教えてあった住所はすでに引き払っていたんだ。」

「え?」

哲郎は数ヶ月前に雪也の兄から言われたことを思い出した。雪也も成人した大の大人だ。家族に連絡しないこともあるだろう。哲郎だって仕事が忙しく、ほとんど実家に帰っていない。母からのメールも未返信のままだ。時間ができたら返信しよう。そう思ってだいぶ時間が経ってしまったこともある。なのであまり深刻に考えていなかったのだ。
しかし引っ越し先くらい教えるだろう。

「何か心当たりはありますか?」

「いや、研究に没頭していた頃はよく研究室にも来ていたんだ。寝る間も惜しんで研究のしていたのに、ここ数ヶ月で急に興味をなくしたようだ。」

哲郎もそれは知っている。大学院に進む時、嬉々としてその理由を語っていた。
少し怖いほどに…。

「雪也は何の研究を?」

「これは極秘なんだが…。」

口外しないと約束して白鳥から教えてもらった研究は哲郎には全く分からないものだった。

「その研究に雪也がどう関わっていたんですか?」

「成島には人工知能の分野で力を借りていた。あいつはものすごく優秀でとても助かっていたんだ。」

確かに雪也の専門分野だ。大学時代もそのような本をよく読んでいた。
哲郎も昭彦も説明してもらったがちんぷんかんぷんで、そんな二人に雪也が苦笑いしていたのを思い出す。
それを白鳥は分かりやすく説明してくれた。

「なるほど…。」

何となくだが、雪也や白鳥が研究開発していたことが理解出来た。
あんなに興味を持っていたのに何故急に興味をなくしたのだろうか。

「あ、そうだ。君はこの人を知ってるか?君が成島のことを知らないなら次はこの人にあたってみようかと…。」

白鳥が胸ポケットから取り出した一枚の写真を見て驚愕する。恐怖と困惑で背中にすーっと冷たい汗が流れる感触があった。

「こ、これは何処で?」

「成島が提供してくれた資料の一部だ。」

「他には?他に雪也が提供したものは?」

焦る気持ちを抑えて白鳥に尋ねる。
白鳥は鞄からさらに数枚の写真を取り出した。
写真は人物だけでなく風景だけのものもあった。
そのどれも哲郎が見たことのある場所。
たった数枚だが、雪也が何を求めていたのかすぐに分かった。
その中の一枚に哲郎の手が止まった。数年前に何度か訪れている。
しかしこれは最近のものだ。端に映るコンビニはここ数ヶ月のうちに出来たもので、元はクリーニング屋だった。何度かこの道を通ったときにコンビニに変わったんだな、と思っていた。そしてその横に写る黒い車。

哲郎はある答えに辿り着く。それはとてつもなく恐ろしい答えだった。
しかし散らばったピースが一つずつはまり、その答えは正解だと言ってくる。

「白鳥さん、俺に一つ心当たりがあります…。」

青ざめた顔でその写真を握りしめた。


哲郎はその日、半休をとりその写真の場所を訪れた。幸いにも午後は大きな会議や約束はなくあっさりと許可が降りた。
居ても立っても居られなかった。
哲郎自身がたどり着いた答え。
そうではないことを祈るばかりだ。
タクシーを降りてその建物に向かう。写真のとおり、クリーニング屋はコンビニになっていた。
最後に訪れたのは六、七年前か。建物は修繕をしたようでその頃と全く変わっていない。
五階建てのグレーとベージュの外壁、数十世帯が住むよくある分譲マンション。
かつて奈緒が彼の両親とともに住んでいたマンションだ。
玄関はオートロックになっている。
哲郎は持ってきた紙袋から、勤めている会社の運送部の知り合いに借りた紺色の上着を羽織り、同じ素材のキャップを目深に被った。

マンションのエントランスのオートロックに近づき深呼吸する。
『203』と押して呼び出しボタンに手を掛けた。
雪也が出ないことを祈りながら力を込めてボタンを押した。

「…はい。」

数秒経っただろうか。インターホンから聞こえる声に覚えがあった。哲郎が知っている声よりは覇気がなくぼんやりしている。しかしそれは間違いなく雪也の声だった。
何故…。
いや、分かっている。何故雪也がここに居るのか。
203号室は奈緒が住んでいた部屋だ。
白鳥が見せてくれた写真。
このマンションの住民用の駐車場に写っていた車。滅多に見ない車種。
リンカーン・ナビゲーター。
雪也の愛車だ。
今日も同じ場所に停まっていた。
ごくりと喉を鳴らし、声色を変える。

「お届け物で~す。」

わざと明るく溌剌とした声を出した。

「あ、ああ。管理人に預けておいてくれないか?」

やはり雪也だった。抑揚のない声だ。

「それが印鑑か必要でして。直接ご本人様渡しなんですよ~。」

小さなため息が聞こえた。
ぷつりとインターホンが切れる音がして自動扉が開く。そこを抜けてエレベーターを待つことなく階段で二階に昇る。
横並びのドアの203号室の前で足を止め、キャップを被り直した。
ドアの横のインターホンを押す手が震える。
白鳥の話やあの写真が頭の中でぐるぐると蘇る。
この中で雪也は…。
昭彦に聞いた雪也の恋人…。
全てのパーツがピタリと合わさる。
そうであって欲しくないことを祈りながら哲郎はインターホンを押した。
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