善夜家のオメガ

みこと

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奈緒

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その後の調査も難航し結局奈緒の行方は分からなかった。
アメリカは日本より厳重にプライバシーが保護されている。なのでなかなか調べられない。
奈緒の母親についても調べたが良く分からなかった。
奈緒の母の父、すなわち奈緒にとっては祖父に当たる人物を調べても娘である奈緒の母親は早くに結婚し、籍を抜けている。彼女自身も専業主婦でこれといった情報もない。幼少期は父親の仕事の関係でアメリカに住んでいたことがあったようだ。
結局何も分からないまま月日だけが流れた。
奈緒のいない大学生活は空虚な時間だった。取り憑かれたように必死になって探したり、諦めたりを繰り返す。
大学生活という人生で一番楽しいはずの時間の記憶はほとんどない。
奈緒を諦め、他の人と付き合ったこともあった。
だがそれこそ虚しいだけで余計に奈緒が恋しくなるだけだった。





「雪也、また別れたのか?」

「え?ああ、まあな。」

大学三年の夏、これで四人目だ。
どの相手もオメガ。スラリとして綺麗な男たちだった。

「奈緒か?」

「……。」

哲郎が哀れみの目で雪也を見る。奈緒の件で大喧嘩をしたが、大学に入りまた元のように戻った。
最初こそ小さな溝があった。しかし雪也が奈緒を真剣に思っていることを知った哲郎は奈緒を探すことを協力してくれるようにまでになった。
大学三年になり雪也が自暴自棄のように他のオメガと付き合ったり、別れたりを繰り返すのをただ何も言わずにそばで見ていた。
相手のオメガは皆どこか奈緒を彷彿とさせる者ばかりだった。スラリとした体躯、漆黒の瞳や髪、透き通るような白い肌。どのオメガもどこかしら奈緒と似ているところがあった。
しかし皆、二ヶ月と続かず別れてしまう。
哲郎には雪也のその行動が痛々しく映り、奈緒の連絡先を聞かなかったことを後悔したほどだ。

「奈緒が本当におまえの運命なら必ずまた会える。だがらそんな無意味なことするな。」

「そうだな…。」

そう言って遠くを見つめる雪也の瞳には何も映っていなかった。





「雪也、おまえ、院に進むって本当か?」

「ああ。白鳥さんに誘われた。」

大学三年の冬、皆は就活に勤しんでいる。
この不景気だ。なかなか希望の就職先からの内定はもらえず皆が四苦八苦していた。
哲郎は父親の会社の系列企業に就職が決まっていた。そこで何年か働き、父親のもとに戻ることになっている。
てっきり雪也も同じようにするのかと思っていたが、意外にも大学院への進学を決めた。
人工知能に興味を持ちその分野を勉強していたことは哲郎も知っていた。しかし大学院は分野の違う電子工学を研究する先輩のところへ行くと聞いて驚いていた。

「何でまた白鳥さんと…。」

「話を聞いてすごく興味が湧いたんだ。俺が勉強してきた人工知能工学の知識と技術が欲しいと言われた。親父と兄貴には反対されたよ。哲郎みたいに系列会社に行くように言われた。でも断った。どうしても大学院で研究してみたいことが出来たんだ。」

「そうか。まあ、やりたいことが見つかって良かったよ。」

哲郎は本心でそう思った。
雪也にとっては虚無の大学生活だった。
この三年、雪也が心の底から笑ったことを見たことがない。奈緒を忘れ、少しでも没頭できるものを見つけられて良かったのかもしれない。


大学院に進んだ雪也は研究に没頭した。
最初はそれを喜んでいた哲郎だが、あまりの入れ込みように少し心配になった。
大学院への進学とともに実家を出た雪也は両親にも顔を見せることはなかった。





「なぁ、哲郎。雪也に恋人が出来たの知ってるか?」

「え?マジで?」

哲郎が社会人二年目の秋だった。
偶然会った昭彦から驚くべきことを耳にした。

「ああ。見たってやつが何人かいる。桜ヶ丘駅の前で二人で居たって。べったりくっついて歩いてたらしいよ。」

哲郎は社会人になってから忙しくなり、なかなか雪也と会う機会がなかった。
しかし数週間前に雪也の兄と仕事先で会う機会があった。
雪也の兄は雪也を心配していた。家にも寄り付かず、電話やメールも返事がない。
どうしているか分からないと言って困り果てていた。
そう言うことか…。
恋人か。
あれだけ奈緒に執着していたが、とうとう新しい恋人を見つけたのだ。
辛かった分、今の恋人との時間が幸せでたまらないのだ。

「良かったな。あいつずっと塞ぎ込んでたろ?」

「そうだな。」

これで良かったのかもしれない。
雪也のあまりの必死さに哲郎も本当に二人は運命かもしれないと思っていた。
しかし違ったのだ。雪也は別の相手を見つけた。
あの執着の苦しみから解放される。
これで良かったのだ…。
新しい恋人のこと、それ以外にも積もる話もある。雪也に連絡しよう、そう思っていたが仕事が忙しくそのままになっていた。
そんな哲郎にある人物が現れたのだ。

「中務くん?」

「あ、はい。」

いきなり職場に現れた男に見覚えがあった。しかし思い出せない。
哲郎たちより数個歳上だろうか。落ち着いた雰囲気の男だ。

「えっと…。」

「急にすまない。大学の後輩に君がここで働いていると聞いて。白鳥だ。」

白鳥。
随分前に雪也を通じて数回会ったことがあるだけだ。
その頃よりぐっと落ち着き、雰囲気が違っていたので分からなかった。
確か、雪也を大学院に誘った男。
何故自分のところに?
哲郎はその男を訝しげに見つめた。

「不審がるのも仕方ない。今日は君に聞きたいことがあって来たんだ。」

「俺に…ですか?」

「ああ。最近成島とは連絡を取ってるか?」

「雪也?」

ここ数ヶ月連絡を取っていない。だいぶ前にメッセージを送ったが返信がなかったことを思い出した。

「いえ。」

「そうか。君なら知ってると思ったんだが…。」

白鳥は明らかに落胆した表情だ。雪也に何かあったのだろうか。雪也は白鳥に誘われて彼の研究室にいるはずだ。むしろ、哲郎よりも白鳥の方が雪也に近いはず。

「雪也がどうしたんですか?」

「それが…。」

ここ数週間、雪也と連絡が取れないと言って困り果てていた。正確には数ヶ月前から自宅に篭り雪也との連絡はメールや電話でしていたと言う。
頼んだ仕事や論文もきちんと期限までには仕上げてきた。
それが数週間前から全く音沙汰がない。

「何かあったんじゃないかと思って…。」

心配そうな白鳥の言葉に哲郎は妙な胸騒ぎを覚えた。

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